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静寂の君

新・参・者 作

2

カイは、闇の中に立っていた。
まわりは、無機質で寡黙な金属のビル群である。地面も土ではない。
今日の昼間、ハーティーの所で感じた自然はここにはいっさい無い。いや、この世界の何処にも無いだろう。
無機質な金属でできたこの都市、ドゥームの外にはただ砂漠が広がるのみだからだ。
「…あいつ…。来るかな。」
そう呟いていた。
「まあ、ララさんからの情報だから合っているとは思うけれど…」
独り言である。このところ、独り言が多くなった。
「………寒いな。」
ぎゅっ、と両腕を身体に回す。吐く息も白い。
「いくら『自然環境を再現する』といっても、冬の寒さまで再現する必要もないのに…。」
カイはそんな事をぼやいていた。
ここに、今夜『静寂の君』が現れる。知り合いからその情報を入手したのだ。
後ろの、ドーム状の建物の中にいる人物。ドゥーム北部地区長官が、『静寂の君』の狙いらしい。
だがカイにとってそんなことは余り関係のないことであった。
彼にとって、重要なのは『静寂の君』が現れるか現れないか、それだけなのだから。
カイは、じっと前をむいていた。辺りには、数人の武装した人間が見える。
おそらく雇われた護衛だろう。そのなかには、カイを訝しげな目で見る人間もいたがカイは無視することにした。
「おい。」
一番近くにいた、一人の男が声をかけてきた。
カイは黙ってそちらを向く。
「ボウヤ、なにしてんだい?」
その男は、初めからややからかう様な口調でカイに話しかけてきた。
「…別に何でも良いだろう。」
ぶっきらぼうにカイは応対する。
男はいまいましげに舌打ちすると、カイに対する興味を失ったのか自分の武器の手入れをはじめた。
(銃…か。)
カイは心の中で苦笑せざるを得なかった。『静寂の君』相手では銃は何の役にも立たない。
すべての機械が動かなくなってしまうからだ。
それなのに銃を持ってきているということは、今日自分が相手にするのが『静寂の君』であることを知らないか、
明らかに甘く見ているということだ。
カイは背中に手を回すと、背負っていた剣を抜いた。
鈍い光を放つ金属製の剣である。最も、ただの剣ではない。
カイは、柄についているスイッチを入れた。ウィィィ―――………ンと、小さな起動音が響き、起動ランプがオンになった。
それとともに、刃はうっすらと赤い光を放ち始める。
レイザーブレード。詳しい原理は知らないが、刃をエネルギーでコーティングすることによって、
そこらへんの金属なら易々と切り裂いてしまう。最も、白兵戦にしか用いることのできない時代後れの武器なのだが。
カイはその剣をかまえた。じっと目を閉じ、呼吸を落ち着かせる。そうしながら、しばらく思いをめぐらせる。
ハーティーに言われた事がある。今は文明の黄昏なのだと。滅びるのは宿命だと。
カイにはよく分からなかった。カイは、このドゥームから外に出た事は無い。
少なくとも、ドゥームの中だけを見る限りでは人々は活気に満ちていて、忙しく動き回っている。
工場では工業用ロボットが休み無く働き続け、人々の生活を支えている。
けれどここ最近、ドゥームでは犯罪が多発しつつある。治安が悪くなっているのだろうか。
ハーティーは、これも滅びの前兆だ、と言っている。
続けて、ハーティーのことを考えた。彼女にはとてもお世話になった。
彼女も傭兵で、カイはしばらく彼女の家に居候していたこともある。その頃だっただろうか。
ハーティーが、左腕と、相棒であり最愛の人を失って帰って来たのは―
それ以来、彼女はあの小さなシェルターの中に、昔の自然を再現して、毎日を過ごしている。
この三年、彼女があそこから出たのを見た事が無い。
彼女は―
ふと、カイは我に返った。
目を開けた。剣から放たれる赤い光が、一瞬揺らいだ気がしたからである。
その揺らぎは徐々に大きくなり、肉眼でも確認できる様になった。
赤い光は明滅し、刃は力を失っていく。そして、遂に剣は沈黙した。
赤い光は消え失せ、剣は何の働きもしなくなった。
やつが近づいているのだ。
カイの表情が緊迫した。カイの持つ、例の『スグレ物』である板も動かない。
側の電灯が突然消える。先程の男も、自分の銃のスイッチが消えてしまったので慌てている。
『静寂の君』が近づいている。そうはっきりと分かった。
奴の周りでは全ての機械が沈黙してしまう。カイのレイザーブレードもまた然り、だ。
だがこの剣は、本来の機能とは別に普通の金属の刃も取り付けられている。
これを使えば、奴に攻撃を仕掛けることも可能だ。
不意に、空気が変わった。全身に気配が突き刺さる。
闇の中で、赤い布が閃いた。その次の瞬間、鈍い打撃音と、男のうめき声が聞こえた。
カイから一番遠いところにいた人間がその場に倒れている。その側、一人の人間が立っている。
全身を覆う真紅のマントとフードに身を包み、そのわずかな隙間から銀の長髪と、凍える様な瞳が覗いている。
『静寂の君』。それが奴の名前だ。

 

 

 

その場に居た全ての人間の視線が、奴に集中する。
当の本人はというと、周りにはいっさい殺気を放たず、しかしそこにいるだけで周りを圧倒させていた。
一歩、静寂の君が前へ踏み出す。赤いマントは、明るいところであれば目立つが、暗い所では闇に紛れてしまう。
その次の瞬間、静寂の君が地を蹴った。そのまま、一番手近に居た男に向かって突進する。
その男は、静寂の君の姿を捕らえることもできなかっただろう。
ただ、自分が狙われているだけは分かったのか、手に持っていた銃を撃とうとした。
最も、静寂の君の周りでは機械は動かない。
カチリ、と引き金を引く音は聞こえたが、銃から放たれるべき光弾の輝きは無い。
静寂の君は、そのまま男の右手に回り込む。そして、静寂の君の肘が男の脇腹を強打する。
鈍い音が響き、男はその場に倒れ伏す。その間、一秒というところだろう。カイ達は微動だにできなかった。
残ったのは、カイを除く五人。彼らに対して、静寂の君は向かい合う。
この状況には耐えきらなければならない。耐えきれない者は飛び出して死ぬか、恐怖に震えるかどちらかしかない。
一人の男が、咆哮を上げながら、動かなくなった銃を棍棒のように持って、突進した。
彼は耐えきれなかったのだ。目の前で見せつけられた圧倒的な力に対する恐怖に、だ。
一人が動くと、周りの人間たちも一斉に動いた。皆、恐怖に突き動かされていた。
襲いかかってきた男たちを、静寂の君は何の容赦も無く叩きつぶした。
男たちの攻撃を、まるで舞う様にかわし、顎を蹴り上げ、頬骨をえぐり、脚をへし折り、肋骨を砕いた。
すべて一撃必殺。男たちは身動き一つできない。死んではいないだろうが、重症だ。
ふと、カイが横を見ると、一人の男が腰を抜かしていた。その男は、なにやら奇声を発しながら逃げ去ってしまった。
同じ恐怖に耐えきれないのであれば、あの男の様に逃げてしまうのが懸命だな。カイはそう思った。
カイ自身は、自分が恐怖に耐えきれているのかは分からなかった。そんなこと、分かる必要もない。
カイは剣をかまえた。静寂の君は、ゆっくりと歩み寄ってくる。
三度目、静寂の君と戦うのは三度目だ。一度目は、恐怖の余り身動き一つできなかった。
二度目は、一撃で意識を失った。三度目の正直。どこかで聞いたことのある言葉だ。
静寂の君を睨み付ける。そいつの瞳は、まるで何の感情も無い様だ。
わずかな隙間から覗いている顔は、非常に端正な顔立ちだ。…かえってそれがカイの恐怖をあおるのだが。
何故か戦おうとしている。自分は静寂の君と話がしたかっただけかもしれないのに―
カイはイヤリングを軽く弾いた。キーン…と澄んだ音が響きわたる。
静寂の君が地を蹴った。カイは、剣をかまえ直した。

 

 

 

「せぃ!!」
カイは怒号と共に、剣を横殴りに叩きつけた。静寂の君は、それを見越していたかの様に易々とかわす。
そこへ再び斬撃。剣の切っ先が静寂の君に襲いかかる。
甲高い、金属と金属がぶつかる音が響いた。カイの剣を受け止めたのは静寂の君の右肘、
マントの下にプロテクターでも仕込んでいるのだろう。
カイは舌打ちしながら剣を引き、剣を振るわんとした。しかし―
襲いかかって来たのは烈風。その直後、カイの顔面に、静寂の君の右足が直撃した。
「ぐ…。」
カイは態勢を建て直しながら剣をかまえる。今、静寂の君が放った蹴り。
カイにはまったくその姿を捕らえる事が出来ていなかった。口元を拭った。少し血が出ている。
静寂の君は、余裕のつもりなのかじっとカイを見ている。
カイは再び斬撃を放つ。銀の剣閃が空気を切り裂いて、静寂の君へと迫る。
しかし静寂の君は、なんと真上に跳躍してその一撃をかわした。おそるべき身体能力である。
そのまま落下しつつ―物理的には不可能なはずだが―反動をつけ、空中で回転しながらカイの顎を蹴り上げた。
カイの身体が大きくのけぞる。
しかし、カイとて翻弄されるままではなかった。着地した直後の静寂の君めがけて剣をつき出す。
それは静寂の君の眼前で受け止められた。静寂の君の左手が、剣の切っ先をつかんでいる。
カイは力を振り絞るが、剣はびくともしない。なんという膂力か。
静寂の君は汗一つかかずに、剣の切っ先を封じながら、なんら感情も持ち合わせていない瞳をカイに向けている。
直後―。静寂の君は剣を解放した。しかし、カイに再び剣を振るう暇はなかった。耳朶を打つ烈風。
静寂の君の拳が、カイに襲いかかった。
間一髪、カイは首をひねってかわす。拳がかすめていった右頬が熱い。
そのまま静寂の君の回し蹴り。カイはとっさに右脇腹に直撃しそうになったその一撃を、
剣の腹で受け止めその衝撃を軽減する。
しかし、金属の剣越しにもかかわらず、その衝撃はカイにくぐもったうめき声を上げさせた。
金属でできた剣を蹴ったにもかかわらず、静寂の君は痛みすら感じていない様だ。間髪を置かずに飛び蹴りを放つ。
常のカイならばかわすこともできただろう。だが先ほどの衝撃はカイの動きを緩慢にしていた。カイの回避行動は鈍い。
その静寂の君が放った飛び蹴りが、カイの胸板を強打する。のけぞるカイに、続けて手刀がその右肩にすい込まれた。
ゴキリ、と嫌な音と共に、カイの身体に激痛が走った。思わず剣をとりおとし、片膝を突く。
信じがたい事だが、静寂の君の手刀は、カイの右肩の骨を一撃で砕いてしまった様なのだ。もはやカイに戦闘能力はない。
カイの激痛に歪む顔を、静寂の君はじっと見つめる。まるで観察しているかの様に、だ。
カイはゆっくりと立ち上がった。その左手に剣は握られている。
しかし、右肩の激痛のために意識を保つのが精一杯の様だ。
カイの視界がぼやける。そこに、静寂の君の一撃が襲いかかる。
目の前が真っ暗になった。

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