六、

まるで生まれて初めて食べるかの様に、その子はお汁粉を食べていた。熱さに驚き、白玉を喉につめて、目を
白黒させている。あんなに大事そうに抱えていたつづらも、棚の上にほったらかされていた。
 ふと私は、中身をこっそり見てやろうと思い立った。ソッと棚に飛び乗って、つづらを押した。
―いったい、何が入っているのだろうか…?―
ようやくその子は、空になった椀を机に置いた。そうして、思い出した様に振り返り、今にも落下しそうな
つづらに気が付く。少し遅かった、つづらの蓋が開いてしまう…。
 中からは、小さなつづらに詰まっていたとは思えない程の、色とりどりの枯葉が洪水の様に溢れ出した。
風に巻かれて、店の中に何十枚もの枯葉が舞い上がった。
―開けてはいけないものを、開けてしまった。―
と、後悔した時にはもう遅く、枯葉は増え続けながら乱舞している。電球の明かりが消えた。
『君は、一体何だい…?』
井尾田氏が枯葉の中で、落ち着いた声で尋ねた。
その子は何も答えずに、つづらを背負い、風の様に店の中から飛び出していった。駆け出す後姿に、黄色いしっぽ
のようなものを、私と井尾田氏は見た。枯葉の嵐は、その子と一緒に店の外へ、吹き出して行ってしまった。

 あわてて井尾田氏と同じく、店の前に飛び出したが、もうあとかたも姿は無い。枯葉が二、三枚舞っているだけ
であった。
人のいない商店街は薄暗く、たそがれ時であるのに、あたかも眠りに落ちたかの様な静けさである。
『あ、これは。』
井尾田氏の足元に、何かたくさん落ちている。それは、柘榴やアケビ、栗や鮎などの、秋の山の食物であった。
『これは、すごいねぇ。萩の花房まであるよ。けど、どうして僕にくれたのだろう…?』
柘榴の赤い実が、鈍く輝いている。井尾田氏は、あの不思議な子どもが、なぜこんな贈り物を残していったのかを
考えていた。萩の花が、夕暮れの冷たい風に揺れている。