三,
商店街に着くと,豆腐屋の親父が自転車で走って来た。
ラッパを持って,威勢がいい。
「おはようっ、井尾田さん。帰りに寄ってくんな。油揚げ安くしとくよっ。」
井尾田氏は笑ってうなずき,手をふった。
親父は、やたらとラッパを吹き鳴らしながら、角の帽子屋を曲がり、
自転車を暴走させ,行ってしまった。
国木田古書店のシャッターを開けて、ひなた臭いのれんをかける。
狭い通路に、所狭しと並べられた本。上を見上げれば今にも崩れてきそうだ。
「いくら掃除しても,ほこりっぽいよ、ここは。」
棚の上の招き猫や、蜘蛛の巣のはった造花に、はたきをかけながら
井尾田氏は言った。彼は整理整頓が下手で,彼なりの努力はみられる
のだが、掃除をやり始めると却って周囲が散らかっていった。
こっちは、ほこりが鼻に入って、くしゃみが止まらない。涙まで出てくる
始末である。こんなときに限って、井尾田氏は何も気づいてはくれない。
たまらない気持ちで外へ出た。