作  桐川  蒼

                烏<からす>


「まさか、あいつが出てくるなんてな」
「あいつって?」
 伽羅<きゃら>に、自分のこぼした独り言が聞こえていたらしく、聞かれたことに、閂角<せんかく>は、困惑したようだった。
「なによ、七宝のことに関係あるんでしょ?あんたの過去なんて聞きたくないけど、七宝と関係があるなら別よ」
 口ではそんな風に言ってはいるが、本当は聞きたくて仕方がなかった。深刻な顔をして、唇をへの字に曲げさせる閂角の「あの方」と言うものの事を。
「くだらない話だ。お前に聞かせるようなことじゃない」
 何度もしつこく迫る伽羅から逃れながら、閂角は、ため息をついた。
 人に軽々と、しかも旅の同行者、兼、監視役(と、言っても、伽羅は隠しているつもりらしいが)に、話せる内容ではない。
「それよりも、七宝だ。それを探すほうが先決だろう?な、銀狼<ぎんろう>」
 銀狼は、閂角に同意を求められたが、瞼をきゅっと閉じ、応える事はなかった。
「まあ、幸い、運び屋の存在はわかってるんだしな」
 錫杖をおもむろに振り、木の枝に止まる黒いものを指した。
「なんだ、気づいておったか?まだ気づかれてちゃないと思ったが」
 伽羅は、驚いたように、木の枝から降りてきた、一見普通の何処にでもいる烏を凝視した。まさか、人の言葉をしゃべる烏がいたとは思えなかったのだ。
「な、何で烏が……いくら烏の頭が良いからって、人の言葉までしゃべるものなの?」
「桔梗もしゃべってたろう?九尾の狐が。妖怪は人の召喚にも応じられるんだ。言葉がしゃべられないわけがないだろう」
「その通り。そこの兄さんはまだましさね」
 烏は嘲り笑うと、漆黒の翼を広げ、木々の上から二人と一匹の姿を眺めた。
「おい、烏。お前、何処に七宝を持っていった?」
 その言葉に、烏は呆れたようだった。が、楽しそうにも見えた。
「素直に教えると思っちょるか?思っちゃないじゃろう。どうしてそんな無意味なことを訊く」
 しばらく考え込むように、手を顎に当てた閂角を、伽羅が後ろからどついた。
「無意味?どこがよ。あんたも、あんな化け鳥の言葉にいちいち反応してんじゃないの!手がかりはしらみつぶしって事よ!」
 伽羅は意気込み、一息で言い終えると、烏の止まっている木を睨み付けた。
「分かりやすいうつけものよ。面白いな」
 烏が、引きつったような笑いをするのがいい加減気に障って仕方のない伽羅は、銀狼の尻を軽く叩いた。
 銀狼は、他のものには目もくれず、一目散に烏のいる木まで走り、その勢いで烏の止まっている枝まで登った。が、銀狼が登りきる間には、すでに烏は空を舞っていた。
「バカな主人を持つと、大変だの」
 赤い目が、銀狼に同情の眼差しをむけた。
「誰がバカですって!?」
 烏の言葉に、眉を吊り上げ、頭から湯気を出さんばかりに怒りを露にするので、見かねた閂角が口を挟んだ。
「伽羅、お前も反応し過ぎだ。烏の思うつぼだぞ」
「全くだ」と、言わんばかりに銀狼も尾を振り、頷くようなしぐさを見せた。
 銀狼にまで言われ、「主人としての威厳を見せなきゃね」とでも思ったらしく、珍しく素直に引き下がった。
「さて、余興はここまで出終わりだ。本題に入ろうか?」
 閂角は、先ほどまでの顔とは違い、険しい表情に変わった。その様子を見るなり、嘲りながら地上の様子を見ていた烏の雰囲気も変わった。
「七宝はここにはもうない、これで良いのか?」
 烏はそういったが、閂角は、首を縦に振らなかった。
「こんな不毛な話は終わりだ。持ってるんだろう?七宝。烏の習性を知らずに、運び屋なんか頼むわけがないからな」
 身構えた閂角の瞳を睨む様に凝視し、烏は烏の鳴声に戻り、一声鳴いた。
「あの方の言った通りの人間のようじゃな。……七宝は確かに持っておる。が、素直に渡すわけがなかろう?」
「実力行使か」
 暗黙の了解だった。閂角が呟くのと同時に、ついさっきまで閂角が立っていた場所に、烏は羽根を投げつけた。羽根と言っても、ただの羽根ではなかった。鉄のように鋭く、鋭く、黒々とした、まさに手裏剣のようなものだ。それを、閂角は難なくよけては見たが、反撃することは出来なかった。
「ほう、ただの人間よりはましじゃな。この黒羽根をよけるたぁな。じゃが、このままでは、お前は手を出せまい?」
 烏がまた、嘲笑しようとした時、烏の目の前に火が広がっていた。
「な、何じゃ!?」
 驚きを隠せない烏の目に、不適に笑い、札を手にした伽羅の姿が映った。
「さっきまで、大きな顔させてたけど、ここからはそうはいかないわ。閂角はどうか知らないけど、私は、あんたが空を飛んでいたって成敗できるんだから!」
 ついさっきまで、威厳も何もなかった伽羅に、自信が見えた。確か、伽羅は符術が使えていた。それを思う存分使えるというのが、伽羅の、萎えかけていた、どこから出ているのか分からない、妙な自信を復活させたようだ。
「ほう、符術を使うものとはな。長生きはしてみるものじゃ。ただ、この烏には、符術師の相手はちと辛い」
 烏は、札の火によって焼け焦げた羽を見つめ、独り言のように呟き、木の割れ目に隠していた、金色に輝く七宝をくちばしで取りだし、閂角の目の前で、自分の口よりも大きな七宝を、閂角の目の前でゆっくりと、七宝の一つ、金を飲み込んだ。
 その様子を「何もならないだろうと」楽観していた閂角だったが、烏の身体に起こった変化を見るや否や、楽観した自分が嫌に情けなく思えた。
 翼を大きく、目一杯広げ、空に向かって、悲鳴のような一声で鳴き、骨格が変わっているのか、静かなはずのこの辺りに、骨が何度も折れるような奇妙で、無気味な音が響くと、辺りにいた山鳥達が、異変に気が付いたのか、四方八方、散りじりに逃げていく。
 さっきまで、自信満万だった伽羅でさえ、寒気を感じるほどの邪気に顔をしかめ、不気味な変貌を遂げようとしている無防備な烏に、火の札を投げつけた。
 バリンッッッ
 烏に投げつけたはずの札が、烏に当たることなく、壁のようなものに弾かれた。
「結界!?そんな、これ七宝の力だったの?国の乱の気を晴らせる物じゃなかったの!?」
 叫ぶ伽羅に、珍しく閂角が答えた。
「だからあんな儀式をやらなきゃよかったんだ。わざわざご丁寧に、七宝の場所を妖怪に教えてるんだ。あんなもの、ただの飾りならよかったのに」
 悔しいのか、唇をかんだ。その言葉に、伽羅はひどく驚いたようだった。
「それって、どう言うことなの?七宝って、いったい何なの」
 動揺する伽羅に、くぐっもった声に変わった烏が楽しそうに答えた。
「七宝が何か?それは妖怪を強くもできる、魔性の宝じゃ。乱の気も晴らすことは出来るが、わざわざそんなことをさせるわけがあるまい?」
「全く、どうでも良いことをべらべらとしゃべる烏だな。図体もずいぶん大きくなったじゃないか」
 閂角の言うように、七宝を取りこんだ烏は、身体が大きくなり、烏の持つ邪気も、いっそう大きくなった。
「いい身体じゃろう?おぬし達は運が良い。この形態を初めて見られたのだから」
 烏は翼を広げ、飛翔すると、辺りに突風が起こり、巻き起こった砂嵐に、二人は法衣で砂を避けた。が、同時に烏の羽根が放たれた。変身前よりも威力が強い、それに、放たれた羽根の速さも驚くべきものだ。
「面白くないな。さっさと片付けさせてもらおう。伽羅、お前も手伝ってもらうぞ。銀狼もだ」
 その言葉に不満そうな伽羅だったが「仕方ない、手伝うか。七宝のために」と、考え、懐から札を出し、烏に構えた。銀狼も身体を前かがみにし、風に飛ばされないように地面に爪を立て、砂嵐を何とかやり過ごしていた。
「伽羅、銀狼の足元に風を起こせるか」
「で、出来るけど……」
「頼む、やってくれ。銀狼、烏にくらいついてくれよ」
 銀狼が、それに一声鳴いて答えた。
「無駄だ。何を考えている?その狼がくる前に、何度でも逃げられるぞ」
 烏の言葉を無視し、閂角は銀狼に合図を送った。
 銀狼はわけがわからないようで、尻尾をゆっくりと振り、振り向いたが、閂角の目を凝視すると、正面を向き、烏の元へと駆け、爪を立てながら木を駆け登った。
「もう、わけわかんないけど『風よ、銀狼の元で巻き起これ!』」
 伽羅は、札を持ちながら、混乱気味に唱えると、銀狼から逃れようと、飛行高度を上げた烏は、赤い目を収縮させた。
 木からその身を離し、勢いよく木を蹴り、烏の元へと飛んだ銀狼だったが、烏が避けたため、銀狼は烏に触れることも出来なかったが、タイミングよく伽羅が起こした突風により、銀狼の身体が宙を舞い、烏の元へたどり着いた銀狼は烏に牙を突き立てた。
「ギヤアアアアアアッッッ!!」
 烏の身体に走った熱く、鋭い痛みに、絶叫を上げずにはいられなかった。羽ばたくことを忘れ、下降していく烏を待っていたのは閂角だった。
「七宝、回収させてもらうぜ」
 閂角が、用意周到に、錫杖に仕込んだ刀、神刀を抜き、銀狼に乗られたままで、うまく羽ばたくことの出来ない烏を容赦なく袈裟切りに切り捨てた。
 烏の体が、金色の光に包まれたかと思うと、絶命した烏の身体から、七宝が落ちた。
「烏の血に塗れても、七宝は輝くもんなんだな」
 拾い上げた閂角は、堪らないと言う表情で、地に落ちた烏を見つめた。
「殺生はしないんじゃなかったの?」
 伽羅の言葉に、閂角は無表情に答えた。
「そうだな。しないのが掟なのにな。どうしてだろう。祓い師は、妖怪は殺していいなんてな。お前も知らなかったわけじゃないだろう」
「そうだね……」
 閂角は、木の根元に穴を掘り始めた。なかなか穴が掘れないので、見るに見かねた銀狼も掘り始めた。狼ですら手伝っているのにその飼主が手伝わないと言うのは、ばつが悪かったらしい。伽羅も、何も言わず掘った。
「次、どこに行くの?」
 烏の葬儀も終わった伽羅の何気ない言葉に、閂角はこう言った。
「お前は都に帰れ」
 思いもしなかった言葉に、伽羅は、頭の中が真っ白になった。
「ど、どう言うことよ。ねえ、どう言うことか、はっきり言って見なさいよ」 
 震える声で、必死に虚勢を張る、伽羅に、閂角はため息を一つついて答えた。
「お前が足手まといだ、なんて言うことはないが、七宝がある今じゃ、ただ危険なだけだ。都の箱入り祓い師には危険過ぎる」
 その言葉を聞くや否や、伽羅の目から熱い何かが流れた。
 祓い師としての実力ではなく、経験だけで閂角が自分を都に返そうとしていることに腹が立った。
「だったら、私の経験不足の解消に、連れていってよ、この旅に。七宝を取り返すまで、私は都に帰らないって決めたから」
 伽羅の濡れた瞳に、決意の炎が燃えていた。
「死ぬかもしれないのに、お前を心配する家族がいるだろう?」
「いないわよ。源平の戦乱に巻き込まれて死んだもの」
 嘘はなかった。伽羅がそう言うと、閂角が諦めたように、伽羅に、背を向け呟いた。
「……分かった。勝手にしろよ。俺はお前がどうなっても知らないが、お前の経験不足は、少しぐらいなら補ってやるから」
「当たり前でしょ!これからよろしくね!」
 伽羅は、満面の、屈託のない笑顔を浮かべた。銀狼がそれに合わせて、一声吠えた。
 こうして、本当の意味での七宝奪還の旅は、今、始まったのであった。

 残りの七宝       後六個