作  桐川  蒼

                  戸惑いの道中

 都から出て、しばらくになるが、伽羅<きゃら>はいつになく不機嫌だった。銀狼<ぎんろう>は、そんな飼主の機嫌を伺うように、上目遣いに伽羅を見上げた。
「これのどこが旅だってのよ!」
 そう、ここは都からほどなく離れた街道だった。人が往来するこの場所が、都の近くというのが伽羅にとっては不満だった。
「だって、旅と言えば、諸国の放浪でしょ!?なのにどうして都の周りをぶらぶらしなきゃならないのよ!」
 ぶつぶつと、不満を隣でぶちまけられる閂角<せんかく>は、聞き飽きているので、相手にしようとすらしない。それがまた、伽羅のイライラが増えるという悪循環を生んでいた。
 山の中では、閂角くらいしか話す相手もいないので、鬱憤を晴らす手段もない。妹と離れるときは、今にも泣きそうな顔をしてたくせに。頭の中でそう、考えると無性に腹が立ってきた。旅に一緒に出て、三日になると言うのにもかかわらず、ほとんど必要事項以外は話したこともない。初日など、本当は、口がないのでは……と、思ったこともある。
「ね、銀狼。どうしてこんなやつと旅をしなきゃならないのかしら」
 ほとんど独り言のように、銀狼の頭をなでながら、伽羅は呟いた。
 銀狼は、その手の感触に、気持ちよさそうに目を細める。
「いい加減にしろよ、伽羅。愚痴も度が過ぎると嫌がらせだ」
 こんな不毛なやり取りにいい加減終止符を打ちたい閂角は、早口にそう言い捨てた。
「天皇様も、こんな男よりも、掩乱様をたびに出されたほうがよかったんじゃないの?口ばっかりじゃない。本当に実力があるとは思えないわ」
 嫌味をたっぷり込められていたが、閂角は黙ったまま、真新しかった地図に目を落とした。
「本当にこの場所で合っているのか?」
 何度目を通したところで、地図の表記が変わるわけがないとは分かっていても、伽羅の相手をするよりは、幾分か、気が紛れる。
 銀狼のぼさぼさした毛の感触が、袴を通して伝わってくる。その感触に驚き、銀狼の方を振り向くと、銀狼の丸い、金の瞳が、閂角を真摯に見つめていた。
 その目は、何かを訴えていると言うのが、動物の言いたいことは分からない閂角でも分かった。
「分かったよ。分かったから、そんな目で見るなよ」
 閂角の言葉を理解したかどうかは分からないが、銀狼は、体を反転させて、伽羅のほうへと、軽やかな足取りで向かっていく。
「本当に、ここに七宝はあるのか?」
 伽羅の言葉ではないが、閂角にも分からない。これから、こんな息苦しい旅が続くことを思うと、ため息しか出てこなかった。

            桔梗と宋十

 まだ、薄暗いものの、日が出ていると言うのに、鬱葱とした、木々に囲まれた山賊のねぐらは、遠目からは決して分からないので、山賊達がたまる条件の一つを満たしていた。もう一つは、都や、街道にほどなく近いことだ。山賊にはもってこいのこの場所は、山賊達の間でも、縄張り争いが行われるほどの場所だ。
 そんな激戦区を勝利し、頭と言う立場に立っている男がいた。
「ほー。なかなかの上物だな。七宝の中でも、極上もののようだな」
 盗んできた七宝を、顎に手を当てながら、まじまじと見つめる巨漢の男に、艶やかな紅を付けた、この場所にいるのに不似合いな、若い女が近づいた。
「あら、綺麗ね。あの方があんなに怒るものだから、どんな物かと思っていたけど。並みの輝石よりももっと素敵ね……」
 女は、七宝の一つに触れようとしたが、一瞬身体を縮ませ、身をよじった。驚いた男は、女の顔を覗き込んだ。
 女の顔は、蒼白で、身体が、痙攣しているように、がたがたと震えていた。
「どうした?桔梗<ききょう>。顔色が優れないぞ」
「何でも、ないわ……それ、それを近づけないで。お願い」
 桔梗は、肩を上下させながら、絞り出したような声で懇願した。そんな桔梗の様子を怪訝に思いながらも、男はそれ以上は追及せず、七宝を、紫の絹の布袋にしまった。
「ありがとう、宋十<そうじゅう>」
 桔梗は、平静を装っていたが、七宝を見る目には、明らかな恐れが見て取れた。
「無理をするな。……それと、あの方の話は止めろ。もう、あいつの話は聞きたくない……」
 宋十の腕が伸び、桔梗の身体を抱きしめた。
「ええ。私達の役目が終わる頃には」
 笑顔で返事をして見せたが、宋十には、役目と言う言葉が引っかかって仕方がなかった。
 しかしそんな時間は、そんなに長くは続かなかった。
 男達の声が響き、ねぐらに、手下の一人が駆け込んできた。
「大変です、頭!あいつら、峠の奴らがまた来やがりました!」
 桔梗との時間を邪魔された宋十は、不機嫌そうな顔で手下を迎えたが、峠と言う言葉を聞くや否や、表情を変えた。
「そうかい、ご苦労だったな。少し休んでろ。桔梗、行ってくる」
 宋十が、桔梗を抱き寄せると、桔梗は眉をひそませた。
「早く帰ってきてね」
 しおらしく言う帰郷を見つめ、宋十は、足早にねぐらを後にした。
 宋十の姿、そしてねぐらに響く足音が消えると、桔梗はねぐらの奥へと姿を消した。

                    捕縛

 風がそよぎ、木々が揺れた。銀狼の毛もなびいて、銀狼は気持ちよさそうに目を細める。
 が、しばらくして、銀狼は低い声で、突然唸った。その様子に、伽羅もただならぬものを感じたらしく、銀狼の警戒している場所に、目を向けた。
「……叫び声がしないか?」
「え?ああ、そうね」
 伽羅は聞こえていなかったが、聞こえたように答えた。
 一方、銀狼はそれをはっきりと分かるらしく、警戒を解こうとはしなかった。
 人が通るので、ある程度舗装されているはずの街道に、遠くで土煙が上がった。それは、徐々に近づいてくる。
「いったん、身を隠したほうがよさそうだな。どうやら縄張り争いらしいな」
 閂角は、そう言うなり、道の脇に身を寄せ、銀狼も、伽羅の着物の裾を引き「そうしろ」とばかりに促した。
 姿を隠し終わった頃、近づいてくるものが何か、肉眼でもようやく捉えられるようになっていた。
 閂角の予想を裏切らず、それは、山賊の集団だった。しかも、縄張り争いをしていたので、皆、殺気立っている。こんな状況に、下手に手を出せば、袋叩きでは済まないだろう。
 二人は、息を潜めて、この集団が立ち去るのを待っていた。
 銀狼も、このときばかりは警戒し、毛を逆立てているが、唸りはせず、草むらの中で気配を殺していた。
「ぁ、あいつ!?」
 伽羅は、思わず見覚えのある顔を見つけて絶句した。
 儀式の邪魔をした上、七宝を盗んでいったという男の似顔絵と、全く同じ顔を見つけたからだ。
 伽羅は、なんとも言えない興奮を押さえるのに苦労した。何処からか沸いてくるこの高揚感が堪らなかった。宮中にいたのでは、一生味わうことのできない経験だ。
この時だけは旅に出てよかったと思う、現金な伽羅であった。
「おい、何か声がしなかったか?」
 耳ざとい、山賊の一人が、そう言うのが耳に入った。声がでかいので、離れているこの場所からでも聞こえる。
「さあ?俺には聞こえなかったぞ?聞き間違いじゃないか?」
 その答えが不満なのか、男は、しきりに辺りを見回していた。閂角は、嫌な予感がした。この予感が当たってしまうことが、空しい。
「……見つかってしまったのなら仕方ないわよ。出て行ってやろうじゃない」
 妙な自身を持っている伽羅は、仁王立ちで木陰から出ようとするのを、閂角は必死で止めようとしたが無駄だった。その前に見つかってしまったのだ。
「なんだ!?あのふざけた奴らは」
 罵声が飛び、散らばっていた山賊たちが、徐々に集まってきた。当然の事だが、皆、殺気立っている。目を怒らせ、手には各々の得物を手にしている辺り、話だけで分かってくれそうな相手には見えない。
「おい、女がいるぞ」
 品定めするように、伽羅を眺めていた男と、不意に伽羅は目が合った。その時、何とも言えない悪寒を覚えた。「怖い」この時ばかりはそう思った。
「な、なによ」
 おどおどしている事など悟られないように、伽羅は必死で虚勢を張った。
 そんな様子の伽羅を見て、山賊は、珍しい玩具でも見つけたかのように、物珍しいという、好奇の目を向けた。
「こうなったら仕方ないか」
 諦めたように息をつくと、閂角は、山賊たちの視界から、伽羅を隠すように立った。
銀狼も、いつでも襲い掛かれるように、牙を剥き、低い声で唸り、威嚇していた。
「やめろ、銀狼。火に油を注ぐようなものだ」
 銀狼は、その言葉が不満なのか、鼻を押し付けて抗議をしたが、閂角の目を見るなり、ふてくされるように、尻尾を垂らした。
「良い仔だ」
 頭をなでられ、銀狼は少しだけ機嫌を直したようだった。
「ほう、どういうつもりだ?そんな所でこそこそとこっちの様子をうかがっているなんてな。見るからに怪しい奴らが」
 吐き捨てるように呟いた男は、周りの様子からして、リーダーのような存在の人物らしい。つまりは頭か。そんなことを、どこか、他人のように傍観していた。
「お前、そこで何してるんだ?」
 山賊の頭にそう尋ねられ、閂角は、別に隠す必要もないと思ったのか、伽羅が止める隙もなく、ぺらぺらと、話した。
「七宝、知らないか?それを探しているんだ。それがなければ困るんだ」
「七宝?」
 男の顔色が、一気に変わった。
「それを探しているってのか?ご苦労なことだな」
「ああ、知っているなら教えてほしい。七宝は何処だ?」
 男の語調が変わったが、閂角は怯むことはなかった。
 こんなことは自慢にもならないが、閂角は、旅をしていることもあってか、何度も山賊に遭遇しているだけあって、凄まれるのには馴れていた。
「いい度胸だ。教えてやろう、俺が持っている。あれを取り返しに来たと言うことは、都の役人か。都からほとんど出てこない役人どもが、ご苦労なことだな」
 その言葉には、明らかに嫌味が込められていた。
「そうか。なら話は早い。あれを返して欲しい」
「簡単に返すと思うか?重罪人になるのを覚悟で奪ってきたんだ。ハイ、そうですか。で、返すと思うか?」
「思わないね」
 巨漢の男に、そう言葉を返した。
「なら、諦めて、とっとと都に帰るんだな。今ごろ母親が泣いてるはずだ」
 その言葉に、周りにいた山族達は一斉に笑い始めた。
「うるさいっ!さっきから黙って聞いてれば、あんた達の所為で、こんな事になってんのよ!ごちゃごちゃ言ってないで、七宝を返しなさいよ、このぬっすと!」
 今まで黙ってきていたのが不思議なくらいだった。伽羅が、口火を切ったように喋り捲った。あまりのやかましさに、周囲のものは耳を塞いだ。
「うるせえ、小娘だ。その口、聞けないようにしてやろうか」
 山賊の一人がにじり寄り、伽羅はあとずさった。
「捕まえろ」
 頭からその言葉が出ると、しばらくして、目隠しをされ、縛り上げられた二人の姿があった。銀狼は、そのどさくさに紛れ、どこかに消えていた。
「はーなーせー」
 恨めしげな伽羅の声が、森の木々に吸い込まれた。

          七宝をめぐる戦い

 目隠しを取られ、初めに見たものは、大きな洞穴だった。
「ここは……」
 言わずと知れた、山賊のねぐらだった。
「こいつらは?」
 こんな所にいるわけのない、女の声が聞こえ、閂角は、眉根を寄せた。
「ああ、七宝を取り返しに来た、都の役人どもだ」
 頭は、二人を指し、歯を見せ笑った。
 女、桔梗は、縛られたままの二人に目を遣り、驚いたのか、目を丸くした。
「……こいつらは都の役人なんかじゃないわ」
 桔梗は、少し青ざめたように呟いた。
「よく分かったな」
 閂角が、上目遣いに睨み付けると、桔梗は、閂角から、すぐ目を逸らし、ねぐらのほうへと、急ぎ足で向って行った。
「どうした桔梗?」
「別に、何もないの。ただ、少し疲れただけよ」
 我ながら、下手な嘘だと思ったが、桔梗は、冷や汗が出るのを感じながら、あの二人から離れた。
「あの女は?」
 閂角の言葉に、頭はニヤニヤと鼻の下を伸ばしながら答えた。
「俺の女だ。上玉だろう?桔梗のような女は、俺は今までに見たことがないな」
「なるほど。あれだけの美人だ。俺も見たことがないな」
 そう、言ったのと同時に、縄の切れる鈍い音がした。
 頭は、驚いたように閂角を見つめ、何を思ったか、笑い始めた。
「面白いやつだ。縄抜けが出来るなら、すぐにでもすればいいだろう」
  「頭、こいつ、どうしますか」そんな言葉が飛び交い、「宋十様、命令を」と言う、手下達もいた。が、宋十は、その声に、何も答えようとしなかった。
「さて、錫杖もそうだが、七宝も返してもらおうか。ここまで連れて来てもらっておいて、おめおめと、何もせずに帰るつもりはないいんでな」
 何か言いたげな、伽羅の様子を一瞥すると、閂角は、伽羅を縛っていた縄を解いた。
「銀狼を呼んでくれ」
 閂角は、縄を解きながら、耳元でそう呟いた。
 伽羅は、気が進まなそうだったが、「縄を解いてもらったんだし」と、借りを返すつもりで、指笛を吹いた。
 指笛が、辺りに響き、やまびことなって、反響してきた。
「何のつもりか知らんが、あんな啖呵を切っておいて、無事でいられると思っているのか?」
 殺気立つ山賊達をよそに、閂角は、宋十一人を指差し挑戦的に睨み付けた。
「そんなことは思ってないさ。返り討ちにされるのが落ちだからな。だからこうしよう。お前も男なら、一対一で戦わないか?お前が勝つなら、俺は引き下がる」
「ほう、俺が万が一負ければ七宝を渡せと言うことか?……面白い、いいだろう。得物はどうする」
「錫杖で」
 宋十は頷き、手下に顎で「持って来い」と、指示した。
 手下は、渋った様子だったが、すぐに持ってきた。
「いいか。倒れたほうが負けだ」
 閂角の言葉に、宋十は、意外だとばかりに何か言おうとして、金魚のように、口をパクパクさせた。
「どちらかが死ぬまでやるものだと思ったが?」
「残念だが、無駄な殺生は禁止されているんでな」
 閂角は錫杖を受け取り、構えながら、真顔で答えた。
「ま、いいだろう。合図だ」
 宋十は、山刀を抜き、鞘を放り投げた。
 鞘が地面に落ち、乾いた音を立てた瞬間、二人は共に動いた。
「あいつ、本当に大丈夫なの!?」
 伽羅は、自分が入り込めそうな雰囲気ではなかったので、かいわに、入れなかったが、事の成り行きが不安でならなかった。閂角は、やけに自信たっぷりだが、宋十と閂角の体格の差は歴然としている。筋肉の引き締まった、頑強な肉体を持つ宋十。それに対して、ひょろりとした痩躯で、身体の線ですら薄い閂角。比べると、大木対竹くらいの差もある。
 そんな、不利な状況でも、余裕を持っている閂角の様子を、渋面になりながら、伽羅は様子を傍観していた。
「おい、防戦のままで、お前の体が持つと思うのか?」
「さてね。そんなに脆い身体じゃないんでね」
 軽口を叩いているが、実際は、必死に宋十の一撃を錫杖で防ぐたび、腕が震えた。力任せに山刀を振るってくるので、洗練された技とは、お世辞でも言えないものだが、その力は凄まじいものだった。衝撃の際に受け流しをしなければ、次の一撃を受けることすら出来ないだろう。
 しかし、そんな様子は見せず、淡々と受け流しては向かってこない閂角の杖さばきに、宋十は痺れを切らせていた。
「いい加減にしろや。俺の山刀を受けるだけで、俺に勝てると思ってんのか!?」
 怒鳴る宋十に、閂角は表情を変えず、答えた。
「当たり前だろ、この機会を狙ってたんだから」
 その瞬間、狙い澄まされた一撃が、宋十の腹部めがけて放たれた。その一撃に気づいた宋十だが、山刀の刃を返してその抉り込むような一撃を避けようとしたが、気付いたときには、遅かった。
 宋十が力において、閂角に勝っていれば、閂角は技と頭が勝っていた。
「ぐううううっっっ」
 短い呻き声と共に、宋十の巨漢が、間髪をいれない閂角の足払いによって、地に付いた。
「俺の勝ちだな。七宝は返してもらおうか」
 さっきまでの無愛想な表情から一変し、白い歯を見せ、かすかに笑っているような表情を向けた。宋十は、唸りながら頷き、ねぐらを指すと、その後、地面に拳をぶつけ、負けた悔しさを紛らわせようとしていた。
「行くぞ、伽羅。……七宝を取り返すんだろう?」
「ぁ、当たり前じゃない!」
 あの戦いが、こんなあっけなく終わるものではないと思った伽羅だったが、案外あっけなく終わった。おかげで、閂角が本当は強いのかどうか、結局分からずじまいだった。
 茂みが揺れると、矢のように駆けて来た見慣れたシルエットが姿をようやく現した。銀狼だ。
「銀狼、ねぐらに行って来い」
 閂角がそう言うのと同時に、銀狼の身体は反射的に動いていた。何を言われるのかが分かっていたのか。
 と、ねぐらの前で、途端に走るのを止め、銀狼はねぐらに向かって、唸り、吠えた。その時の銀狼は、野生の本能に目覚め、獲物を狙う狩猟者のようだった。
「うるさいっ!!」
 銀狼は、短い鳴声を上げ、ねぐらの出入り口から吹っ飛ばされた。
 中から出てきたのは、美女、桔梗の姿をしてはいるものの、八つの房のような、黄金色の尻尾を持った化け狐だった。ひどく興奮しているらしく、尻尾の毛は総毛だっている。丸い、潤いのあった瞳は、細く、赤く収縮していた。
「桔梗!」
 操縦の声に、桔梗は地べたに這いつくばったままの男を見下すように、せせら笑った。「バカな男だ」桔梗の髪だと思っていたものが、何かがづれ、這うような音がすると、黒かった髪の色が、一気に黄金色の尻尾に変わっていた。蛇のようにとぐろを巻く尻尾に、宋十は何も言えなくなっていた。
「狐にバカされて、この国を闇から防ぐ七宝を盗むなんてバカな山賊だね。あたしのために盗む?あたしを愛してるって?所詮妖怪と人間さ。あたしはあんたの事なんか、何とも思っちゃないね。アハハハハ」
 愉快そうに笑う桔梗の姿が、人の形から、若い九尾の狐へと姿を変えた。
「そこの祓い師。残念だったね。ここにはもう七宝はないよ。今ごろ、散り散りに分けられているはずさ。探してみなよ、封真」
「どうして俺の昔の名を……」
 桔梗は、裂けたような口から、炎のような赤い舌を出し、それについては答えず、
「あの方が待ってるよ。あの場所でね」
 桔梗は笑い、煙のように姿を消した。その時、頭上から桔梗の声が聞こえた気がした。「また、会うことになるだろうね」と。
 閂角は、「あの方」と、桔梗が呼んだ者の事を思い、唇をかみ締めた。
 もうすぐ春だからか、生暖かい風が枯葉をどこかへと飛ばした。

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