宵の暗闇 
              
黎明きらら

序章

――――ここに、一人の霊能者がいた。彼女の名は滄子。幼い時にその才能が目覚め、今では表の世界で活躍する事はないものの、裏の世界では、徐々に注目されつつある存在だった。彼女は、霊視できるだけでなく、呼び出してコミュニケーションを図ったりする事も可能なため、普段は、『亡き夫に会いたい』だとか、『幽霊が出没するので、どうにかしてほしい』などという依頼をこなしていた。だが、最近、各方面から、『私のところで専属に働いてほしい』という勧誘が増えていた。どうやら、彼女の祖先が役小角であるという噂がかなりの信憑性をもって語られているせいもあるからなのか、上層部の人間は自分の事を少し買いかぶっているらしい、と滄子は考えていた。もちろん、上層部の人間は、その噂だけで判断しているわけではなく、身辺調査をして判断を下しているわけだが。

 そして、リョウもまた、彼女に注目している人間の一人だった。彼も滄子と同じく霊能者なのだが、滄子とリョウは能力の性質が正反対だった。ちなみに霊能力は一般に、風・水・火・土の四つの属性に分類されており、滄子の能力は火、リョウの能力は風の属性をもっている。リョウは、以前から、裏の世界では名の知れた存在で、滄子が勧誘を受けるようになったのも、リョウが『見込みがある』と言い出したからだった。彼の能力は未来予知と夢見だが、もう一つ、重要な能力があった。それは、攻撃能力だ。やはり、誰かに襲われたという痕跡が残りにくいうえ、攻撃能力を持つ霊能者は少ないため、重宝がられるのだ。リョウはその能力をもって滄子の潜在能力を見極め、上層部の人間に知らせたのだ。ただ、リョウは噂の人物がいかなる者か調べよという依頼を受けて行なったのみで、自ら望んだわけでは
なくいささかの不満があったが。そして結局はその勧誘を断りきれずにリョウが報告をした会社の仕事に
就くことになった滄子と、そして彼女に何かと敵対するリョウの二人が織り成す物語が、今ここから
始まろうとしている―――――

第一章

 ある日、滄子はとある会社の会議室にいた。そこには、リョウの姿もあった。
「だから、先程からお断りしますと言ってるじゃないですか」
「そう言わずにお願いできませんかねぇ。お二人にこちらで働いていただければ非常に助かるんですが」
「お断りします。私は今までフリーでやって来ましたし、これからもそのつもりです」
「ま、俺はこいつがOKだって言うんならこっちも手伝ってやっても構わないがな。それにしても、なんでそんなに嫌  がるんだ?提携って形にすりゃいいじゃねぇか。少なくともフリーより儲かるぜ」
「そういう問題じゃありません。私は会社同士の争いなんかのために霊を呼び出したりしたくないんです」
 それでも、重役は引き下がらない。
「そうおっしゃらずに。なんとかお願いできませんかねぇ」
「一度やってみりゃいいじゃねぇか。一ヶ月やってみてそれでも嫌ならこの話はなかったことにすりゃいいだろ」
 滄子は、二人のしつこい勧誘に、なにか裏があるのではと疑い始めた。そもそも、リョウは自分で会社を経営していて(もちろん、表立って名乗ること難しいので、表向きは経営コンサルタントということになっているが)その会社のメンバーでチームを組んだり個人でしたり、会社の依頼に対応して会 社相手に仕事を行っているのだ。だから、自分の会社に滄子を引き込もうというのならともかく、この会社と自分を結びつけようとするのはいささか不自然だった。リョウも滄子の不信感を感じ取ったらしく、言葉を継いだ。
「おい、俺は別にこの会社とつるんでなんかいないからな。単にお前に社会勉強をさせてやろうと思ってるだけだ」
「なにが社会勉強ですか。社会勉強ならこの歳になるまで十分させていただいてます」
「ま、とにかくこの会社は一度目をつけたらしつこいことで有名だからな、ここでは断りきれても後でまたなんどもお前の所に行くだろうよ」
「……一つお聞きしてもいいですか?なぜそこまで私のことを気にするんです?」
「だから言ったろ。お前に社会勉強をさせてやろうと思ってるんだ」
 滄子は深い溜息を一つして、とうとうこの会社と一ヶ月だけの提携ということを条件に、契約することにした。もちろん、リョウも同じ契約をしたのである。
 滄子は家につくと、いつものように青一色の、何も置いていない部屋で精神集中を始めた。朝晩こうすることにより、霊とのコンタクトもとりやすく、能力を高めることが出来るのだ。
 しばらくすると、突如滄子の頭の中に凄まじい映像が飛び込んで来た。滄子ははっとして、すぐさま霊を呼び出し始めた。そして、その霊と共にどこかに外出したのだった。
 一体、彼女の見た映像とは何だったのだろうか。
 そして、どこに出掛けたのだろうか。



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