ユーレイ乗っ取り事件 
              
                     黎明きらら

――――ここ星陵高校では、ある噂が生徒の間に広まっていた。この噂は、冗談のようで、本当に事実だったりしてしまうのであった。
「ねぇねぇ、聞いた?こないだの校舎の話」
「知ってる。ユーレイが出たやつでしょ。まさか、あんなところだけに出るなんてねぇ」
 そう、星陵校文芸部の部室にユーレイが出たのだ。真上には体育教官室、まわりには壁一枚を隔てて他の部室がたくさんあるというのに、そこだけ出たのだ。しかも、たくさん。
 その日、文芸部の部員は、次の部誌の割り振りを決めるために会合を開いていた。まあはっきりいえば会合というのはおおげさな言葉で、内容としては、わいわい騒ぎながら適当に決めていくということだけなのだが。しかし、その、割り振りをやっている最中のことだった。
「じゃあ、ここのところ誰がやってくれるの?」
「私が書きます。そのくらいだったら書けるから」
「誰?今部員以外いないはずなんだけど。どういうこと?」
 この部長の一言で、部室は一気にパニックに陥ってしまった。みわたすと、どう考えても総部員の倍はいる。部室の中が満員なのだ。しかも、どこからか冷気が漂ってきていて、暑いどころか、寒いくらいなのだ。
「ねぇ、私にも作品書かせてよ……。……いいでしょう……」
 そして、そのたくさんの不審人物たちが、その躰を空気に吸い込ませていきながら、口々にこう言いながら消えていったというのだ。普通なら、ウソに違いないと言われるはずだが、あまりの騒ぎに、体育教官室の教師や他のクラブの部員たちが注意をしようとドアを開けた瞬間、ユーレイを見てしまったのだ。教師は口々に、「気のせいだ」と言ったが、生徒たちの方はそんなことは全く気にしない。文芸部のユーレイ事件は、あっという間に生徒たちの知るところとなってしまった。もちろん、文芸部員たちは顧問に呼び出されて、しかられたのだが、しかられた方は釈然としない。それもそうだ。大量のユーレイが出れば騒いでしまうのが普通だし、勝手に出てきて、勝手に消えていったユーレイのことで怒られるというのは納得しない。しかも、部員は全てペンネームで作品を出し、他の生徒には、全く部員が誰なのか知られていないはずなのにどこから聞き付けたのか、彼女たちにユーレイ事件のことを聞きにくる生徒たちが後を絶たないので
ある。文芸部の神秘性は壊されるわ、関係ないことで怒られるわ、全くいいことがないのだ。そこで、部員たちは放課後の教室で(やっぱりユーレイは恐いので)対応を考えることになった。
「でもさ、どうするのよ。ユーレイに金輪際出てこないでって言ったって聞き入れてくれるわけないだろうしさ」
「祈祷師とかでも呼んでみたら?『いいよね』に出てるパラモシとかさ。意外と効き目あるかもよ」
「こういう時こそ陰陽師!!今でも京都に土御門家の末裔の方がいらっしゃるって聞くし、来ていただく価値アリ!!」
「あんた本当に陰陽師が好きなのねぇ。特にあの安倍晴明系。あんたミーハーだから、マンガに出てくる安倍晴明とか土御門有匡とか美形だし、だから好きなんじゃないの?」
「ちがうもん!!きっと実際の安倍晴明様はおきれいで、とってもお優しい方なんだもん」
「何を敬語で断定的に……。あんたは平安時代の生き残りか」
「はっ!!」
「変な漫才やるんじゃないわよ」
「い、一番最後だけ漫才したんだよ。でも、ほ・・・・・・!!」
 この部員が言葉に詰まったのも無理はない。再びあのユーレイたちが現れたのだ。部員たちは口々に「どっかいってよ!!」などと騒ぐのだが、ユーレイたちは聞いている様子もなく、ただ部長に紙の束を渡すと再び帰って行った。今回は誰にも知られることなくすんだのだが、問題は、紙を渡された部長である。消えるまではずっと目を大きく見開いていたのだが、消えてしまうと気が抜けたのか、その場で気絶してしまったのである。
 しばらくすると部長は目を覚まし、落ち着いたところを見計らって部員全員でその原稿を読むことになった。一応普通の紙に何かが書いてある。そこまでは分かる。しかし、何が書かれているのかが分からないのである。文字と言えば文字なのだろうが、記号とでも言うべきものがそこには並べられていた。
「これって、文字、だよねぇ。なんて読むのかな」
「ヘタすれば私たち呪われかねないわよ。だって相手のほうが多勢でしかもユーレイなんですもの」
「でも読み方が分からないんだからどうしようもないじゃん」
「こうこうと……」
「「それはもういいって」」
「みんなで言わなくても〜」
 しかし、この時部員たちは、自分たちがどれだけ大変なものをユーレイから渡されたのか、全く気づいていなかったのだ。
 それからしばらくの間は、文芸部の部室にも、他の校舎にも、ユーレイが出た様子は全くなかった。そのため、生徒たちはだんだんとユーレイの噂話をしなくなった。
――――だが、しかし。

 ある日のこと。文芸部の部長は忘れ物を取りに行くため、自分たちの部屋に向かっていた。そして、屋内に入ろうとしたときだった。突如、目の前にブラックホールのようなものが出現した。そしてそれは瞬く間にまわりを飲み込んで行き、星陵高校は、あっという間に暗闇の中に包み込まれてしまった。部長が不安な気持ちになっていると、他の部室のドアが開き、人が顔を出した。――――ところが、その人物をよく見ると、微かに向こう側の景色が透けて見えているのが分かったとたん、部長は叫んでいた。すると、そのユーレイは、顔を引っ込めるどころか全身を出し、他のところからも次々とユーレイが顔を出し始めたのだ。部長はあの世のものから逃げ、この世のものに出会うためそこから逃げ出した。そしてしばらく逃げ回っていると、同じように走っている部員たちと次々とぶつかった。部員は全員そろったものの、他の生徒は全く見当たらない。存在しているのは自分たちとユーレイのみだった。
「ひょっとしてさ、これって、この高校がユーレイに乗っ取られたっていうことじゃない?」
「人質は誰よ?それに目的が何か分かんないじゃない」
「人質は、恐らく私たちね。どうやら校内には、幽霊以外は私たちしかいないようだし。目的は、ひょっといたら、あの原稿に書いてあるんじゃないのかしら」
「だから何かいてあるのか分かんないんだって」
「実は私の知り合いに、文字の一部だけ見せてみたのよ。そしたら梵語だって言うのよ」
 梵語は、サンスクリット語というもので、チベットの古い寺院の壁などに書かれ、古いものは言霊という霊力をもつという。じつはユーレイに渡された原稿は、梵語で、書かれていたのだ。そしてその内容は、確かに小説が書かれていたのだが、それは、ユーレイが出てきたシーンに始まり、これから起こる事がそっくりそのまま書かれているのだ。そう、梵語は言霊を、他の文字よりも強く持つのである。それで、今回のことが起きたのかもしれない。――――だが一方、他の学校関係者はというと。

「いったいここはどこなんだ?さっきまで職員室にいたというのに。……生徒がいるじゃないか!!みんなだいじょうぶか?」
「はい、だいじょうぶですけど……。ここ、どこですか?」
「わからん。いったい何があったんだか……」
 その頃、他の教師や残っていた生徒は、ユーレイの力にあっという間に別の場所へとはじき飛ばされていた。その場所は、星陵高校から遠く離れた京都、昔、死者を火葬した鳥辺野というところに時と時空を越えて飛ばされていた。しばらくたって、そこにいた生徒たちに傷などがあるかどうか調べた後、一人の教師が場所の特定をするために出かけて行った。
「ねぇ、あたしたちどーなってんの?」
「分かんないよ。第一先生たちがパニクってるんだから」
「て、ゆーか、今、いつなの?何か妙にムカシっぽい服装した人が通って行ったんだけど」
その時、出かけていた教師が帰ってきた。心なしか、その教師の顔は青ざめているようだった。生徒たちがいるところにつくなり、「ここは平安時代だ」と言い放った。
「ここは平安時代だ。鳥辺野というところらしい。どうやら、私たちは時間と空間を飛ばされてしまったようだ」
その瞬間、生徒たちの間からいっせいにさざめきが漏れ始めた。なかには泣き出してしまったり、気を失ってしまう生徒もいたりで、生徒たちはすぐにパニック状態に陥った。
しかし、騒ぐ余裕はなかった。何しろ、平安時代の火葬場に、突如変な格好をしたものたちが集団で現れたのだ。この時代の人達が怪しまないはずがない。もう連絡が回ったのか、武官たちが武器を持ってこちら側に駆けて来たのだ。口々に、「おまえたちは誰だ」などといっている。騒いでいる場合などではなかったのだ。
「どうする。私が事情を話したところで理解してもらえるとは思えんし。逃げたところで他の場所にも連絡が回っている可能性は十分にある」
 そう言って、教師たちが話し合っている間にも、武官たちはだんだんと近づいてきてい
る。そして―――― 。

「ねぇ、どーする?ユーレイとのバトルの仕方なんてあたしたち分かんないよ」
 ちょうどその頃、文芸部の部員たちもまた危機にさらされていた。彼女たちはユーレイに囲まれ、捕らえられようとしているのだった。これまであちこちを逃げ惑ったが、当然のごとくそこには湧き出でるように出てくるユーレイしかおらず、この世のものは誰ひとりとして見つからなかった。
「とりあえず、みんなバラバラに逃げて―――― 」
「そんなことしたら、余計に捕まるんじゃない?」
「そうだけど―――― 」


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