冬至が近付いていた。ここ一ヶ月のうち、同じ時間に見上げる空の模様が、
朱と紫の縞から薄闇とひとつ星に代わった。
何気ない季節の変化に突然気付いた時、ひどく動揺する。
独り取り残されたような気分になるからだ。
それは、ノンナの帰ってきた日だった。
ノンナは、イープが小さい頃に飼っていた猫で、ある時からいつの間にかいなくなった。
いつものように、暗い夜道をイープは早足に帰ってきた。
彼の家の前で待っていたのは、ひょろりとした細い影だった。
今日がいつもと違うことは、ひとつに、イープの母親が
仕事で今日から一週間キュリアス島に行ったために、彼女が家にいないこと。
もうひとつは、アマナツが泊まりに来ることだ。
「遅いぞ」そう言って、アマナツは笑った。近寄ると、
ポーチの灯りで顔がはっきり確認できた。イープの吐く息と同じように、
アマナツのも白かった。今晩も寒い。
「悪い、練習が長引いて・・・」
「自分が誘ったくせに」そういうアマナツの口調に非難は込められていない。
「冬至が近いから、先生も張り切ってるんだ」
「君も、だろ?」
イープは鍵を開けながら振り返った。「まあね」
彼はノブを回して、ドアを開けた。その時、足元を何かがすり抜けて
行くのを感じ、ぞっと背中を振るわせた。
「あっ」アマナツはイープの後ろから、玄関の中にあるロビーを見やって、
小さく叫んだ。「あいつ、まだいた」
イープは首だけ振り返って後ろにいる友人を見つめ、前に向き直って
前方を見た。そこには、灰と白の島の猫がいた。
イープが何か言う前に、アマナツが、「オレが来る前からいたんだ。
門の柱の上に座っていたのを、一、二度追っ払ったんだよ。ホラ、
君は猫が嫌いだろう」と、弁解した。そして、ロビーの床にきちんと
座って、二人が家に入ってくるのを待っている。その猫を見て、
アマナツは、「ずうずうしい猫だなぁ」とつぶやいた。
イープも、もう一度侵入した猫を見た。中々玄関の敷居をまたがず、
ドアの前に立って立ち塞いでいる。たまりかねて後ろからアマナツが言った。
「もう一回、追っ払おうか?」
イープは、ゆっくり間を置いてから「いや」と短く答えた。
そしてもう一度、今度はしっかりと「いや、いいよ。中に入ろう」と言った。
アマナツは、イープが猫に向かって行く勇敢な行動に戸惑い、
すぐに彼の後に続いて家の中に入れなかった。
「おい、大丈夫かよ」
アマナツは、普段、この友人が猫を見るだけで顔をしかめて
顔をそむけたりたり、わざと避けて通り過ぎたりするのを知っている。
だから、いつもと違う事をする彼に、とっさに声を掛けた。