続・怪盗宅配便 〜続・つづきのつづきのつづきで終わり〜

 はじめは、よくわからない女だと思った。
 こっちを避けているかと思えば、急に寄り付くようになってきた。
 はっきり言って、鬱陶しかった。
 でも、いつの間にか、俺はよく笑うようになっていた。
 きっと、お前のおかげなんだ。
 なあ、かすみ。
 俺は、俺はな・・・

「そう熱くならないでよ。そんなに、あのお姫様が大事?」
 ころころ笑うクレムゾンに、宅配便は頭に血を上らせた。
「うるせえ!!さっさとかすみを返しやがれ!!この愉快犯!!」
 叫ぶ宅配便に、彼女は笑うのを止めた。そして、真剣な顔付きで、静かな声で、こう言った。
「ねえ、あなたは何で、怪盗なんてやってるの?」
「・・・何?」
 はじめは、何を聞かれているのか、さっぱりわからなかった。
 答えない宅配便に、クレムゾンはなおも言葉を綴っていく。
「知ってるわ。あなた、警察に復讐するために、こんなことやってるんですってね?けど、むなしくないの?結局、逮捕するのは警察なのよ?あなたは結局、憎い相手の片棒を担いでいるだけ。
 それとも何?世のため人のためって言いたいの?それこそ単なる自己満足ね。何の利益のもならない、ましてや、自分の正体通報するかもしれない、自分勝手な奴等なんかに、どうして奉仕なんてしなくちゃいけないの?」
「・・・・」
 一体なんなのだろうと、宅配便は眉をしかめた。
 人を傷つけ平気な顔している奴、かすみを攫ったわけのわからない奴が、今度は何をしようとこんなことを言うのか?
「奉仕だのなんだのなんて、考えたことないね。所詮復讐なんて自己満足だよ。死んだ人間の意向なんて、もうわからないんだからな。別に善人になりたくてやってるわけじゃない」
 そう、善人顔したいわけじゃない。
 世間がどういおうと、それは自己満足以外の、何ものでもないのだ。
 たとえ、それ以外に、押さえ込めない怒りのやり場がなかったとしても。
「・・・・・やっぱり、思った通り。あなたと私は似てるわ」
「は?」
 宅配便は、耳を疑った。
 自分とこの愉快犯、どこが似ているというのか。
「私もね、その自己満足の復讐をしているのよ。
 誰も助けてくれない世間に、ね」
 クレムゾンは、淡々と話し始めた。

「最初は、親に見捨てられた。毎日いじめられたわ。あいつ等にとって、子供はストレス解消のサンドバックでしかなかったの。その後は、近所の子達。善悪の区別のない子供は、世間を気にする大人より残酷よね。うちの親は、見えるところに痕なんてつけなかったもの。毎日毎日泣いては許しを請うて、それでもダメだった。周りの大人たちも、見て見ぬふり。もしかしたら、本当に知らなかったのかもね。それだけ、人と人との結びつきって薄いのよ。
私のことだけじゃなく、私が親を刺して逃げても、誰も気がつきやしなかったんだから」
「・・・なん・・だって?」
「それは私の過去に驚いてくれてるの?それとも、私がやったこと?」
「・・・・・」
 宅配便は答えられなかった。ただ、わからなかった。
 こいつは何故、そんなことを俺に話してくるのだろうか?
 ここは教会。懺悔のつもりなのだろうか?
 クレムゾンは、ポケットから、何かを取り出した。鈍い光を放つそれは、彼女が宅配便を刺した、あの折りたたみ式のナイフだった。
「何度も何度も、これを使ってね。あとは地下室に捨てた。ニュースになってないから、まだあるんじゃないかしら。もうあれかあら10年もたつのに、誰も気がつきやしない」
 ククク、とクレムゾンは笑う。
 それを、宅配便は、信じられないものを見たような目で見つめていた。
 クレムゾンは、ナイフを出したりしまったりしながら遊んでいる。カシャカシャという音だけが、教会中に響いた。
「金に困って、これ使ってある家を襲って、ようやくわかったの。何であいつ等は私にあんなことしたのか。
 やられた奴の痛みなんて、奴等にはわからなかったのよ」
 ナイフで遊ぶのを止める。静寂が訪れた。
「刺しても切っても、私は何の痛みも感じない。親のときは混乱してたけど、こういうわけだったんだと思ったわ」
「だから・・・今までこうして切りつけてきたっていうのか?」
 震えた声で言う宅配便に、クレムゾンは、鼻で笑う。
「復讐よ。世間に知らしめてやるの。今まで無視し続けてきた、私の存在を。傷つけて、恐怖を与えて。私の強さを思い知らせてやるの・・・」
「ちがうな」
 さっきまでとは違う、はっきりした声で否定する宅配便を、クレムゾンはにらみつけた。
 宅配便は、まっすぐそれを見据えて、言葉を続ける。
「てめえは誰かに気づいてほしいんだよ。己自身ですら見失っちまった『自分』という存在を」
 静かで、凛とした声。顔に血が上っていくのが、クレムゾン自身にもわかった。
「勝手なこと言わないでよ!!あんたなんかにわかるもんですか!!」
「ああ、わかんないね!何考えて行動してんのか、俺にはてんでさっぱりさ!だから、今俺の言ってることは、単なる推測に過ぎない!お前はさ、こうすることで、自分を保とうとしてるんだ!そうでもしねえと、生きていけねえから」
 わかってる。これは、俺自身に言ってることだ。
 似てるといったのは、てめえなんだから。
 悟ったような宅配便に、クレムソンはますます激怒した。
「うるさい!!」
「人間って奴はさ、死にたいなんて簡単に言ったり、簡単に他人殺したりするけど、生きることに関して、一番執着してる奴等だと思ってる。自殺するなんて、よっぽどのことだ。てめえは俺に昔の話して、何かを得たかったんだろう。生きていくために。
 ・・・けどな、似てたって所詮他人。俺には俺の、てめえにはてめえのいき方がある。わかるわけねえだろ!自分をわかってねえ奴に、他人にわかれって言うほうが無理なんだよ!!」
「黙れ!!」
 ナイフを握り占め、クレムゾンは宅配便に踊りかかった。
 何とか、それをぎりぎりでかわす。が、
「くう!!」
 傷が痛んだ。
 包帯をきつく縛りなおしてきたが、無駄だったようだ。
 血がにじみ始めていた。
(・・・まずいなあ・・・)
 などと考えている間に。
「!!」
 気づいたときには、もう遅い。(って言うか、こんなときに考え事するな)
「もらった!!」
 ナイフが、宅配便の目前に迫る。
 その瞬間。
 ブシュウ!!
「!!」
 白い煙が、クレムゾンを襲った。
「な、なんだ!?」
 一緒にとばっちりを食らった宅配便は、ゲホゲホと咳き込んだ。
「大丈夫ですか、信君」
 耳を、疑った。だが、すぐにそれが空耳でないことに気づいた。
 煙がはれ、いつの間にか自分の隣にいた人物に、焦点をあわせる。
「か、かすみ?」
 そこには、消火器を持って笑っているかすみがいた。
 無事だったのか、と言おうとして、やめた。
 彼女の両手首には縄のあとがあり、わずかに血が流れているのが、目に入ったのだ。
 かすみの手をとって、宅配便はやさしく言う。
「無茶をするなよ。俺が助けてやったのに」
「それがイヤだったんですの」
 手を振りほどいて、かすみは言う。
 え!?という顔をした彼に、彼女はいつもの、やさしい笑顔を向ける。
「私、とらわれのお姫様なんて、まっぴらごめんですわ」
 キッパリ言い切ったかすみに、宅配便は一瞬あっけらかんとしたが、
「・・・ぷっ」
 と吹き出し、笑い始めた。かすみも、それにつられて笑い出す。
 と。
 カツッ!!
 足元に、何かが突き刺さった。鈍く光る、金属の牙。
 見れば、先ほどまで咳き込んでいたクレムゾンが、恐ろしい形相で、こちらをにらんでいた。
「・・・あんたたちは、傷つけるだけじゃ済まさない。殺してやる!!」
 とっさに、かすみを後ろに隠す宅配便。だが、かすみは「大丈夫」と、自分から彼の後ろから、前の出た。そのまま、クレムソンのほうへと向かっていく。
「お、おい、かすみ」
 と、慌てて彼女を追いかけた。が、途中でその足が止まる。
 かすみは、なおもにらみつけてくるクレムゾンの前に立ち、
 パシィッ!!
 一瞬、何が起こったのか、わからなかった。
 頬に張り手を食らったのだとわかったクレムゾンは、キッとかすみをにらみつけた。
「な、何するのよ!!」
 もう、彼女はひるまなかった。相手を見据えたまま、静かに言い放つ。
「あなたに切りつけられた方々は、これよりもっと痛い思いをされたんですのよ」
 一瞬の、沈黙。宅配便は、息を呑んだ。
 目を見開き、こちらを見ていたクレムゾンだったが、すこしうつむいたかと思うと、
「・・・っフフ、フフフフ・・・アハハハハハ・・・!!」
 急に笑い出した。その目に、涙をにじませて。
 教会中に、クレムゾン、いや、結の笑い声だけが響き渡った。

「あんた達のこと、言わないでおいてあげるわ」
 そう言って、彼女は、教会を包囲した警察に自首していった。2人は、彼女に教えてもらった抜け道かえら逃げ、捕まらなかった。
 今も警察がやってこないところを見ると、本当に言ってはいないようだ。
「すべてを知るのは、マリア様だけってか?」
 病院の屋上で、信はポツリとつぶやいた。
 あの後、慌てて着替えて病院に帰ると、草山と医者にこっぴどく説教され、牧矢のいやみを言われ、響には「俺の出番・・・」と泣かつかれた。木下は・・・そういや出てないや。どうしてたんだろ、今回。
 と、まあ、自業自得とはいえ、散々だったのだ。
 あれから一週間がたつ。傷もそろそろ治りかけてきている。
 結の供述で、両親の遺体は発見されたらしい。そして彼女は、新しい少年法のもと、裁かれることになる。今は、その裁判の真っ最中だ。
「『他にもやりようがある』なんて、客観的に見てる人にしか言えませんわよね。本人には、これしか方法がなかったんですもの。
 でも、しょうがないのかもしれませんわ。そういう人の多い世の中なんですもの」
と、かすみは新聞を広げながら言った。そこには『大強盗は17歳女子。驚くべき彼女の正体。広がる少年犯罪』という見出しと共に、近所の人のリポートだの、評論家の考えだのが何ページにも渡って書き連ねてあった。
 そう、その真実を何もわかっていない大人たちが。
 彼女は、世間に自分を認めさせるつもりで、やっていたのだろう。しかし、こういうやり方では、きっと、誰にもわかってもらえないのだ。これは一時の話題づくりであり、時間がたてば忘れられる。それに直接関わったもの以外は。はっきり言って、こういうことは関わっていない者のほうが、圧倒的に多いのが事実。
 そんなものである。世の中は、思ったより広いものだから。
 今後彼女がどういう道を歩むのか。今はまだわからないが、変わってくれるといい、そう思う。
「・・・なあ、かすみ」
 ふと、信が口を開いた。『なんです?』と、視線は新聞に向けたままで、彼女は答えた。
「俺、怪盗やめようと思う」
「え?」
 かすみは視線を上げた。信は、やけにすっきりした顔で、続けていく。
「なんかさ、今回のことで、いろんなこと考えた。するとさ、あいつの言ったとおり、なんか空しくなっちまってさ」
「・・・そんな、信君」
「親父さんたちには、悪いと思ってる。けど・・・」
「けど?」
 信は、かすみのほうに視線を向けた。彼女も、じっとこっちをみている。
 視線が合わさった。
「俺は、もうお前を危険な目に合わせたくない」
 風が流れる。
 一瞬、あっけに取られたかすみだが、すぐにふっと笑いかけた。
「大丈夫ですわよ。私のことなら、お気になさらず。これでも裏に生きてる女ですのよ?」
「違う」
 信は言った。かすみはきょとんとして、それでも笑みは浮かべたまま、彼を見つめる。
 そうなんだ。いつも、この笑顔に救われた。あの時、あんなえらそうなことが言えたのは、彼女のおかげなのだ。
 だからこそ、失いたくない。
 何とか恥ずかしいのを押えて、思い切って、思いを言葉にのせようと、
「俺は・・・お前が・・・」
 乗せようと・・・・した、のだ。
 だが、こういう場面、何もないはずがない。
「信―――!!!」
 見舞いにきたクラスメイトに、呼ばれた。大声で。この大事な場面で。
「・・・・・・」
 出鼻をくじかれ、信は、すっかりやる気を失ってしまった。そのままその場にうなだれる。
「どうされました?信君」
「・・・・いや、なんでもない・・・」
「信―!!何してんだー!!」
「あー!!わかった!!今行く!!!」
(西兜(同じクラスメイト)め、退院したら覚えてろ!!)
 そう言って、信は屋上の入り口へと向かっていった。
 かすみは、彼が何を言おうとしたのかわからなかったが、相変わらず、やさしい笑顔をうかべ、彼の背中を追いかけるのだった。

 信の決心は、変わらなかった。
 その後、とある警察の不祥事事件を暴いた。それきり、
 ――――――――――怪盗宅配便は、行方をくらませた。

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