続・怪盗宅配便〜続・つづきのつづき〜

 どうしてこうも、イヤな予感と言うものは当たってしまうのだろうか?
 ぬぐってもぬぐっても止まらない涙をいまいましく思いながら、かすみは目の前で眠っている信を見た。
 あの後、ぐったりしている信を急いで着替えさせ(そのままだとばれる可能性があるので)ここ、救急病院に運んできたのだ。
 出血のわりには傷は浅く、応急処置もしてあったため、命に別状はないとのこと。
 一時期医者を目指し、大学も出た響(これでなんで罪犯すかな…)に感謝である。
 心電図の音だけが、部屋中に響く。
 ここには今、信とかすみだけしかいない。他のものは、足がつかないようにと、後処理に出かけてしまった。
 2人きりになって、もうどれぐらい時間がたったのだろう。すでに日は昇りきってしまい、窓から差し込んでくる光が、とてもまぶしく見える。
 2人きりになりたいと、かすみは今までに何度も思ったことがある。こんな形を望んだわけではないが。
 高校に入ってすぐのころ、父親が引き取ってきた彼は、とても冷たい目をしていた。
 何も信じていない、そばに寄るなと言っているのが、一目で分かるほどに。その目が怖くて、かすみはなるべくそばに寄らないようにしてきたのだが。
 しかし、情報屋である彼女の耳には、聞きたくなかった彼の過去が飛び込んできた。
 初めて知った彼の過去。裏の世界を知り尽くしているかすみには、さして珍しいものではなかったのだが、
 なぜだか、力になりたい、と、そう思ったのだ。
 それからは、よく彼に近づくようになっていった。
 はじめはいやがっていた信だったが、次第にかすみに話をするようになっていった。
 そして、時間は人を変えていくもの。
 いつのまにか、彼は人前でよく笑うようになっていった。
 そして、今の信がある。
 かすみは、そんな信を見ていて、はじめて、自分の心にある感情が何なのかを知った。
 が、彼女は否定する。
 これはきっと、彼に同情しているのだと。そして、こんな感情は、彼は欲していないとも。
 今の状態が、一番いいのだとも。
 もっと近づくことができればいい、とも思う。しかし、してはいけないとも思うのだ。
「信君…」
 そっと、顔に触れる。血の気の引いていた顔は、徐々に赤みを増してきている。
「起きてくださいまし。信君…」
 やさしく呼びかける。
 起きて。そしてまた、いっぱいお話しましょう…。
 切な思いは届いただろうか?
 信はまだ、目覚めない――――。

「…み。かすみ」
 揺り起こされ、かすみは目をさました。どうやら、信のベッドに伏せたまま、眠ってしまっていたらしい。
 時計の針は6時を指し終えたところ。空はもう赤みをさしていた。
 目の前を見つめる。信の目は、今だ開かれない。
「かすみ。今日はひとまず帰れ。疲れているだろう」
「でも、お父様…」
 もう少しと頼むかすみに、草山は静かに首を横に振った。
 この愛娘の気持ちくらい、父親である草山には分かっていた。そして、この娘に対する、信の気持ちも…。
 だからこそ、疲れきった様子のかすみを、ほおっておけないのである。信が目覚めたときのことを考えると、尚更だ。
「…分かりましたわ。どうせ、意地を張ってところで、無理やり帰してしまうのでしょう?」
 こくんと、ひとつ頷く草山。
「俺はもう少し様子を見てから帰る。目がさめたら、すぐに呼んでやるから」
「…お願いします」
 そう言い残し、かすみは部屋を出ていった。
 ドアが閉じるのを確かめて、草山は信のほうにふり返った。
「お前を誘ったのは、間違いだったか?信…」
 草山の小さなつぶやきに、誰も答えるものはいなかった。

「じゃあ私、行かなくちゃいけないとこあるから。すぐに戻ってくるけど」
「分かりましたわ、行ってきて下さいまし」
 そうして牧矢はかすみをモアイ堂の前で下ろした。
 去っていく車を見送って、かすみは大きくため息をついた。
 もう何もする気が起こらず、このまま寝てしまおうかと、ノブに手をかける。
「…?」
 かすみはいぶかしげな顔をした。カギが開いているのである。
 情報屋であるここには、盗られるとまずいものも多々置いてある。だから、ここのカギは特別製だ。 そこらのこそ泥が簡単に開けられる代物ではない。
 ではなぜ、誰もいないはずなのに、カギが開いているのだろうか?
 恐る恐る、中に入ってみる。
 かすみは目を疑った。
 人がいるのである。カウンター(と思われるボロ机)に、誰かが腰掛けていた。
 その人物は、見覚えがあった。
「あら、遅かったじゃない。今日ここに来るって、言っておいたはずだけど」
 その人物は、昨日ここに客としてきた少女だった。
「……」
 驚いて声の出ないかすみを見て、少女はころころ笑って見せた。
「どうしてって顔してるわね?」
「…あなたは、一体…」
 何とか声を振り絞って問う。少女はまた笑った。
「自己紹介遅れたわね。私は久遠 結。よろしくね」
「そんなこと・・・聞いてるのではありませんわ!!」
 かすみは声を荒げた。むきになる彼女がそんなに面白いのか、結と名乗った少女は、笑うのを止めない。
「裏に詳しい人間の知り合いがいてね、いくらか出したら、すぐにここのカギ開けてくれたわ」
「・・・・・」
 かすみは答えない。
 怖い。
 何故だかわからないが、そう思った。
 結は乗っていた机から降りると、かすみのほうへと近づいた。それを見て、かすみは数歩後ずさる。
「ねえ、私がここに来た理由、教えてあげましょうか?」
「・・・・・・」
 目の前に来た結を見て、かすみは、何故この少女が怖いと感じたのかに気づいた。
 正確には、怖いというより、不気味なのだ。
 あざけ笑うような笑い方が、隙のないしなやかな動きが、
 そして何より、そのすべて見透かしたような、血の色の目が。
「私がここにきたのはね、ある情報を買ってもらうためだったの。
 ―――――――――怪盗宅配便の、ね」
「!!!」
「知ってるのよ、あの怪盗の正体も、あなたがあいつとどういう関係なのかも。
 警察にばらすより、ここに売ったほうが、得になると思ってね」
「・・・いくら、ですの」
 逃げ出したい衝動を必死に押え、かすみは相手をにらみつけた。
 情報屋同士での情報の売り買いはよくあることだ。そのための貯えは、常にいくらか所持している。
 ・・・いくら位かって?(聞いてねえ)
「クイ○ミリ△ネ□」に何十回最終問題正解しても全然足りないくらいですわ(いくらなんだよ)。
 いくら要求されても、払えると考えたうえでの質問だった。
 しかし、結からは、意外な答えが返ってきた。
「ああ、それはもういいの」
「・・・どういうことですの?」
「昨日の夜ね、彼にあって、情報売り飛ばして金にするより、もっと面白いこと思いついたから」
「・・・昨日の・・・夜?」
 昨日の夜は、信は怪盗宅配便として、仕事に出ていた。行きも帰りも、人のいない裏通りを通ったのだから、会うとすれば警察か・・・もしくは。
 ハッと、かすみは気づいた。
 この女の正体に。
「あなたが・・・あなたが信君を!!・・・!?」
 つかみかかろうとしたかすみに、結は香水を吹き付けた。
 その瞬間、かすみの意識が遠のく。
 倒れ掛かるかすみの体を受け止め、結は無気味に笑った。
「人質は、丁重に扱わなくちゃね・・・」

 ・・・ここは、どこだ?
 俺、どうしたんだっけ・・・?
 ・・・ああ、そういえば、あの女に刺されたんだっけ。
 それから、どうなったんだろう?
 俺、死んだのかな?
 ・・・ダメだろ?死んだら、何にもできねーじゃん。
 そうだ、あいつの正体、みんなに伝えなきゃ。
 それと、あと、あいつに・・・。

 ふっと、信は目を覚ました。
 まず見えたのは、白。それが天井だとわかるのに、少し時間がかかった。
 あたりを見回す。誰もいない。あるのは、点滴だの、機械だの、後は白い壁。
 ああ、病院か。
 意識がはっきりするにつれ、どうしてここにいるのかも、理由を思い出してきた。
 自分は、刺されたのだ、あの女に。
 多分、あの後、仲間たちがここに運んでくれたのだろう。
 はあ、と、息をつく。
 しばしの静寂が訪れた。
 それを破ったのは、草山の怒声だった。

「なんだとう!!」
「賢さん(草山のこと)!!ここどこだかわかってる?静かに」
「・・・ああ、悪い。で、どういうことだ牧矢、かすみが攫われたってよ」
「これ見て。私が帰ったら、かすみちゃんの変わりに、これが置いてあったの」
「ん?『怪盗宅配便様。今夜9時、この街の南の教会にて、最高の餌を用意して、お待ちしております。クリムゾン』・・・なんだとおお!!」
「だから、静かに!誰か聞いてたらどうすんの!?」
(誰にも聞かれてないのが不思議だよ・汗)
「・・・9時といえば、後1時間ちょっとじゃねえか。どうすんだよ、信はまだ寝てるし」
「隆史(響のこと)が変装していくって、準備し始めてるけど・・・」
「・・・・・・、ダメだといってる時間がないな」
「そうね。とりあえず、あの子の様子見て、私たちも合流しましょう」

 がちゃっと、扉が開かれる。
 その瞬間、風が草山と牧矢を襲う。
 見れば、窓が開いていた、そして・・・。
「ちょっと、あの子、どこ行ったのよ!!」
「まさか、俺達の会話・・・」
「冗談でしょ!?あの体で、何ができるっていうのよ!」
 ベッドは、もぬけの殻だった。
(注・これはあくまでフィクションです。大怪我をしたな、こんな真似せず、おとなしく寝ていましょう←真似できるか!!)

 午後9時、この街の南に位置する教会。
 静かにたたずむマリア像の前に、結、いや、クレムゾンは待っていた。彼の到着を。
 ・・・ギィ。
 さび付いた音と共に、扉が開かれる。
 彼女は持っていた懐中時計の蓋をぱちんと閉め、入り口のほうを見た。
「・・・来たわね、怪盗宅配便」
「ああ」
 入り口に立っていた男、怪盗宅配便は言い放った。
「かすみ、返してもらいに来たぜ!」

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