続・怪盗宅配便〜続・つづき〜

『明日の午後10時、丸岡美術館に、秘宝《月の雫》をお預かりに伺います。
                           怪盗宅配便』
 これは昨日、怪盗宅配便が、警察に残した予告状である。
 それに対し、
『本日、怪盗宅配便が盗みし秘宝《月の雫》をいただきに参上。
                       クリムゾン』
 そういう内容の予告状が、今日警察に届いたのだという。
(なるほど、挑戦状だわ)
 そんなことを考えながら、信、いや、怪盗宅配便は下の様子をうかがっていた。
「いいか、今回こそ、あのにっくき怪盗と、強盗を捕まえるんだぞ!!」
『ハイ!!』
 下では、中村という中年の刑事の合図で、警官たちがそれぞれの位置につき始めた。今までに見たことのない大人数である。
「うわ、気合入ってるな〜」
 自分たちが守ってるものがどういう代物かも知らないで、と、宅配便は心の中で毒づいた。
 ここは丸岡美術館の、通風孔の中である。
 実は、今回のターゲット、『月の雫』は、数年前、ここのオーナー、丸岡 剛三が騙し取ったものらしいのだ。それを元の持ち主に返し、事の真相を暴く、というのが今回の仕事。
 本当はそれだけのはずだったのだが、今回はあの『大強盗』も絡んでいる。
(あーあ、厄介なことになりそうだぜ・・・)
 宅配便は、人知れずため息をついた。
『オイ、準備はいいか?』
 イヤホンマイクから、協力者の一人である響 隆史の声が聞こえた。
 これが合図。
「はーい、準備万端でっす。そんじゃま、行ってきますわ」
『気をつけろ。今回は、あのクリムゾンが関わってんだからな』
 草山の忠告に、宅配便は「はーい」とひとつ、返事をした。
「そんじゃま、行ってきますか」

 コロコロコロ・・・。
「ん?」
 それにまず気がついたのは、一人の警官だった。
 足元に、小さなボールが転がってきた。さして気にもとめないで、それと足元を眺めていたのだが、すぐに様子がおかしいことに気がついた。
 足元に、どんどんボールが転がって来るのだ。それが一個や二個ではない、無数にだ。
 警官たちが慌てる間に、ボールはどんどん増えてゆき、しまいにはそのフロアの床をそれが覆い隠すほどになってしまった。
「慌てるな、落ち着け!!」
 中村刑事のその言葉が合図だったのか、突然、
 ポン!!
 小さく音をたて、ボールがはじけ、煙が出てきた。
 それをきっかけに、
 ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポン!!!!
 無数のボールたちが一気にはじけ、煙を生み出していった。
 一気に、フロア中が煙で埋め尽くされていく。
「げほげほげほ!!」
「くそ、あのガキ!!どこだ!!」
「あて!!おいぶつかるな!!!」
 どうやら、煙の中はパニック状態のようである。
 その時、声が響いた。
「ども〜皆さんおそろいで〜」
「ぬ!!その声は、怪盗宅配便!!」
 中村刑事の怒鳴りに、声は陽気に答えた。
「はい、そ〜でっす!怪盗宅配便、荷物受け取りに参りやした〜。つーわけで、これもらってくねん。じゃ!!」
「何い!!」
 中村叫ぶ!そして
「げほげほがほ!!」
 煙を思い切り吸ったらしく、むせた。年考えようよ、あんた・・・。
 スウ・・・。
 と、煙が引いていった。風を感じるので、どうやら誰かが窓を開けたらしい。
 そして、煙が完全になくなって。
「ああああああああああああ!!宝石がなくなってる〜〜〜!!!」
 絶叫が響いた。叫んだのは、いつの間にいたのか、丸岡オーナーだった。
「ま、丸岡さん!!いつの間に」
「それより、どうしてくれるんだ!宝石が盗まれてしまったじゃないか!!」
 驚く中村刑事に、つかみかかる丸岡オーナー。
「どーしてくれる!!この世にたった一つなんだぞ!!今度、総理大臣も見に来るはずだったんだぞ!!それなのに〜〜〜・・・・・」
 この世の終わりかのような顔をして、崩れ落ちる丸岡オーナー。
(他人から騙し取っといたモノで、よく文句が言えるな、あのおっさん)
と、誰かが思った。
 そんな丸岡オーナーを見て、中村刑事は少々嫌気はさしていたが、同時に罪悪感も生まれてしまい、
「・・・・ええい!!探せ!!まだそんなに遠くへはいってない筈だ!!!」
『ハ・・・ハイ!!』
 こういう行動をとるしかなくなってしまった。
 一気に散っていく警官たち。
 その時、中村刑事は気づいていなかった。
 そこに一人、顔の知らない警官が混じっていたことに。
 あっという間に、丸岡オーナー以外の人がフロアから消えた。
「そろそろね・・・」
 物陰からその様子をうかがっていたそれは、静かのつぶやくと、行動を開始した。

「木を隠すなら森ってね☆」
 そう言って、その警官は人気の無い裏通りまで来ると、制服を脱ぎだした。
「ったく、こんなワンパターンな方法にだまされるほうのほうだな」
 そして姿をあらわしたのは、怪盗宅配便、その人だった。
 つまり、煙の中で警官に扮し、ここまで逃げてきた。ということである。
「さーてと、急いであいつ等のトコ戻らないと・・・」
「その前に、こちらの用事をすまさせてくれるかしら」
 突然背後から声が聞こえた。と同時に、何かいやな予感がして、ふり向きざま、その場から飛びのいた。
 何かが、風を凪いだ。
「よくよけたわね・・・」
 笑ったような声が聞こえた。それを聞きながら、宅配便は目を疑った。
 わずかな月明かりに照らされて見えたモノは、長めのナイフだった。
(おいおいおい―!!冗談だろー!!)
「な、何のつもりだよ」
 思わず声を荒げていった。背後からいきなり襲われるいわれは、警察以外ないはずなのだ。
 それに、
「あら、予告状は出したでしょう?」
 また笑う。
 そう、この声には、聞き覚えがあるのだ。
「あなたの盗んだ秘宝、奪いに来たわよ。怪盗宅配便さん」
 建物の影から出て来たのは、一人の少女。
 長い髪をポニーテールにしてまとめ、体のラインのはっきりする服を着ている。わずかに香水の甘い香りがする。
 そして、印象的なルージュの片目。
「あんたが、クリムゾンだったのかい・・・」
「あら、気がついていたくせに」
 少女は笑う。こちらを馬鹿にしたように。
「『今夜また逢いましょう』か?まさか、こんな形で会うとはな。クリムゾンさんよお」
 宅配便は、目の前にいる少女をにらんだ。
 彼女は、今日モアイ堂に来た、あの少女だった。

(イヤホンマイク・・・さっきの煙で壊れたか?)
 さっきから、うんともすんとも言わなくなったそれを、宅配便は恨めしげに見た。
 こんなことなら、もう少しこいつのことを聞いておくんだったと後悔しながら、目の前の少女―――クリムゾンを見た。
「さあ、秘宝『月の雫』いただくわ!!」
 少女が仕掛ける。まっすぐ突っ込んできた彼女を寸でのところでかわし、ふり返る。とー――
 目の前に、鈍色の光が迫っていた。
(速い!!!)
 慌てて身を低くし、それをかわす。頭上でナイフが空を切っていった。
 急いで間合いを取ろうとする宅配便。
 ・・・ああ、なんか格闘モノみたくなってきたなあ・・・。
 すごいぞ、宅配便。すごいぞ、クリムゾン!!
「感心してる場合かあ!!」
 叫ぶ宅配便。おいおい、今の状態で、こっちに気をとられてる場合かい?
「お前なあ・・・・!!」
「そうよ、お兄さん。自分の身の安全気にしたら?」
 気がつくと、クリムゾンが目の前に迫っていた。寸ででかわす宅配便。
 仕掛けるクリムゾン。よける宅配便。
 そんなことがしばらく続いて、
「うわ!!」
 クリムゾンが宅配便に砂を投げかけた。それは見事顔面にヒットする。
「くそ!!」
 何とか目をあける宅配便。
「もらった!!」
 目前に迫ったクリムゾン。
(しまっ・・・!!)
 きらめく鈍色の牙、そして・・・・。

「信君、遅いですわね」
 ワゴンの中、仲間たちと宅配便こと、信の帰りを待つかすみが、ぽつりと言った。
 もう約束の時間から30分も経過している。
「何、大丈夫さ、あいつならな」
 隣で草山が、元気づけるように言った。かすみはふっと笑ったが、その顔は晴れなかった。
 イヤな予感がするのだ。ものすごく。
 そんなことを考えていると、突然、扉をたたく音がした。窓からのぞくと、そこには宅配便がもたれるように立っていた。
 何か、様子がおかしい。
「信君?」
 ドアをあける。その瞬間、ぐらりと、宅配便の体が、かすみのほうに倒れこんでくる。
「し・・・信君?・・・!!」
「どうした、信――・・・・!!」
 2人は声を失った。
 宅配便の顔から、血の気が引いている。息も荒い。汗が異様に出ている。
 そして、紅く染まっているつなぎ。
 かすみは、生暖かいものを感じて、恐る恐る、その手を見た。
 真っ赤に染まった手。独特の、血のにおい。
 紛れもなくそれは、この男のものである。
「――――――し、信君!信君!!!」
 かすみの叫びが、夜の裏通りに響いた。

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