続・怪盗宅配便
何の変哲もない、普通の生活を送っているつもりだった。
けど、あの日、それはもろくも崩れ去った。
―――親父が、捕まった。
それが、誤認逮捕だとわかったときには、もう遅かった。
親父は警察の詰問と世間の批判に耐え切れず、自殺。
早くに母親を失っていた俺は、一人、取り残された。
真犯人は捕まった。だから?
逮捕した警官等は、罰金を取られ、世間に色々批判されたが、今もまだ、そこにいる。何故?
TVや新聞で、よくわからないおじさんやおばさんが、警察のあり方だの、疑われる俺たちも悪いだのほざいてやがる。誰だよお前等、俺たちとは何の関係もないだろ?
わかんねえよ、何なんだよ。
どうすればいい?どうすれば。どう・・・すれば・・・・
「・・・君。信君」
名を呼ばれて、信君こと、大水 信は目を覚ました。
まず見えたのは、心配そうに自分を見つめる少女の顔。少し視界ははっきりすると、古くさい天井が見えた。
「・・・かすみ?」
上体を起こして、少女の名を呼ぶ。
彼女は長野 かすみ。信の友人&クラスメイトにして、大事な仕事仲間である。
ゆっくりあたりを見渡せば、これまた仕事仲間たちが酔いつぶれて眠っている。
…ああ、そーいや昨日、飲み会やって…。
「…頭…痛い…」
「もう。お酒なんか飲むからですわ。二日酔いですわね」
…そーいえば、勢いで飲んだ気が…つー事は、ここってかすみん家?
ガンガン鳴っている頭を押さえながら、信は必死に昨日のことを思い出していた。
(教訓:お酒は二十歳になってから)
「でも、学校には行ってもらいますわよ。ほら、起きてくださいまし、信君!」
「うー、かすみの意地悪―」
「ぐだぐだ言わないでください、ほら、立って」
そうして、無理やり起こされた信は、引きずられるように学校へと向かうのだった。
…絶対、今日の夢見が悪かったせいだ…
今だ治らない頭痛に悩まされながら、信は心の中でうめいた。
遅刻ぎりぎりで学校についたは良いものの、ついて早々「酒くさい」と先生に言われ、生活指導の先生に反省文を書かされるは、教室に帰ってきて居眠りしたところ、事情を知らない先生に大声で怒鳴られるは、寝過ごして昼休みが終わってしまい、昼抜きだは、こうして掃除をさせられるは…。
信にとって、今日は散々な一日だったのだ。
「ほい、終わりっと」
ほうきを掃除道具入れにしまって、信はほうっと息を吐いた。
と、
「あ、おーい、信!!!!!」
キ―――――――――――――ン!!
「ぐはあ!!」
いきなり大声で呼ばれ、やっと引いてきた頭痛が再発し、信は思わずそこにうずくまった。
「…何遊んでんだ?信」
「…頼む、大声で話さないでくれ。頭痛い…」
「大丈夫か?保健室、まだ開いてるけど…」
「いや、言い。それよりなんだ、竜下」
「あ、そうだった」
竜下と呼ばれたその男子生徒は、手に抱えていたプリントの一枚を、信に差し出した。
「ほい。前にインタビューしてくれたヤツ、この新聞に乗ってるから」
「…ああ」
そー言えば、そんなことしたっけな、と、信は半分上の空で思い出していた。
新聞部の竜下に頼まれ、2・3の質問に答えたことがあった。彼が言ってるのは、多分そのことだろう。
何気なく、新聞を開いてみる。
そこでまず目に飛び込んできたのは、『怪盗宅配便、またまた活躍!!』と、でかでかと見出しの書かれた記事だった。
怪盗宅配便。世紀末にひょっこり現れた怪盗である。
話題になる事件に必ず現れ、解決していくという、一風変わった活躍をしている。
…まあ、本人たちの狙いは、違うところにあるのだが。
「…ん」
…ああ、昨日のか…
他にも目をやる。占いだの、あの先生がどうこうだの、対して興味のある記事はない。
ふ―ん、と、信は記事を閉じようとした。が、手が止まる。
見なれない名前が、いやに興味を引いた。
「大強盗クリムゾン?」
そこには、『大強盗クリムゾン、今日も闇夜を血に染める』と、訳のわからん見出しとともに、事件の内容が書かれてあった。
ああ、それ?と、竜下がいっしょに記事をのぞきこむ。
「知らねえのか、信。最近、よくニュースとかに出てんじゃん」
「…ニュースなんて見ねえよ。それに、大強盗って何だよ。聞いたことないぞそんなの。大泥棒とか、大怪盗ってのはあるけど」
「ホントに知らないんだな」
馬鹿にしたようにため息をつく竜下。(本来ならここでこいつを殴ってやるところだが、頭痛が激しくてそれどころではない)「いいか」と、指を信の前に突きつけて、話し始める。
「これは彼女の手口なのさ。予告状を送りつけ、その家の人たちを傷つけ動けないようにしてから金品を全て奪う。警察もほとほと手を焼いてるらしいぜ。予告状がきて、手口もわかってるにもかかわらず、家の住人は保護されようとしないし、彼女も捕まえられない。そして被害が広がっていってるんだ」
熱弁をする竜下の言葉をさめた目で聞いていた信は、改めて、まじまじ記事を見つめた。
「・・・なるほど、だから強盗ね・・・」
…?
と、信にひとつの疑問が浮かんだ。
「竜下、何で彼女、なんて分かるのだ?」
捕まっていないなら、性別なんて分からないと思うが。
その質問に、チチチと、指を振る竜下。
「ポニーテールに香水のにおい、闇に映ったその影は、綺麗なプロポーションの女型(警察発表より)被害者も、顔はわからないけど、胸はあったと言ったらしい(なんかどこぞの怪盗の様だ・・・)。これで女じゃなかったら、犯罪だろ!?」
確かに。女装ぐせの犯人に殺されかけるのは、さすがにいやだ。
それがいい年したおっさんだったら・・・
「・・・・・・・・」
「ん?どうした?顔色悪いぞ?」
「いや・・・ものすごい想像した・・・・」
「どんな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そら言えんだろう。
あの筋肉マンな草山 賢吾(かすみの父である)の女装姿想像したなん・・・・。
「うわああああ!!言うなあああああ!!思いだすうううう!!!」
「な、何だ?どうした、信?」
いきなり叫びだした信に驚き、慌てて声をかける竜下。
「い・・・いや、なんでもない・・・」
息をぜーはー言わせながら答える信。どこがやねん・・・。
(誰のせいだ誰の!!)
心の抗議も、聞こえないふり。
(むかつく〜〜〜)
声に出していえない信を面白がる作者(笑)。キャラはこうして遊ぶもの(オイ)。
と、
ピンポンパンポーン
《2年9組。竜下 誠君、竜下 誠君。今すぐ、新聞部部室まで来てください。繰り返します・・・・》
「え?うわ、ヤベ!!そー言えば、これ運んでる途中だったんだ!!」
竜下は、手に持っているプリントを見て絶叫し、「じゃ、またな、信!!」と、マッハでここを去ってしまった。
残された信は、しばらくボーゼンとしていたが、
「・・・帰ろう・・・」
と、ぽつりと言って、かばんを手に、教室を出た。
「ええ、知ってますわよ。大強盗クリムゾンでしょう?」
梅干し湯(二日酔いに聞くと、なんかで読んだ)を渡して、かすみは言った。
ここは『モアイ堂』。かすみの家であり、仕事場でもあり、信たちが集まる場所でもある。
表向きは『古雑貨屋』として人気を集めている(らしい。店長草山談)が、裏を返せば『情報屋』として、名が知られている。
そして、その情報屋の店長こそ、この美少女、かすみなのだ。
人間、裏で何やってるかわからないものですね☆(ね☆って・・・)。
「たちの悪い泥棒さんですわ。盗むだけでは飽きたらず、そこにいる人たち全員を傷つけていくそうなんです。この前なんか、重体で全治3ヶ月の方まで出たそうですわ」
「へー・・・」
「でも、どうしてそんなこと聞きますの?今まで、興味無いといって、そういった話はまったくしませんでしたのに」
「ん?ま、なんとなくさ」
自分でも、どうしてこんなに気になるのか分からなかった。
ただ、予感、とでも言うのだろうか。
知らなければならない気がしたのだ。なんとなくなのだが。
カラン!
と、背後で入り口のドアについているベルが鳴る音がした。ふり返ると、そこには一人の少女が立っていた。
年のころは信たちと同じだろうか。華奢な体にブラウンの長い髪。
何より印象的だったのは、片目だけルージュの瞳。
多分、カラーコンタクトなのだろうが、普通は両目にするものである。
「あなたが、かすみさん?」
少女が言う。それにかすみが、少々声のトーンを落として答える。
「ええ、そうですわ。私に用ですか?ということは・・・」
「ええ、そうよ。私情報屋に用があるの。でも、先客がいるみたいね?」
そう言って、信のほうに目をやる。その目がやけに挑戦的に見えたのは、信の気のせいだったのだろうか?
「いいや。俺は客じゃない」
「そう。なら、用件を言っていいのかしら?」
「ごめんなさい」
「どうぞ」と言おうとした信だったが、それをかすみが止めた。
「今日はもう店じまいですの。申し訳ありませんけど、また日を改めて来ていただけないでしょうか?」
「・・・かすみ?」
意外な言葉に、信はかすみを見つめた。情報屋に、特別閉店時間など無いはずなのだが。
かすみは答えない。
少女は、ほう、と息を吐いた。
「そう・・・残念だわ。まあ、急ぐことでもないし、また明日、夕方あたりに来るわ。それでいいかしら?」
「ハイ、本当に申し訳ありません」
「いいのよ、それから・・・そこのあなた」
少女はかすみから信へと視線を移し、ちょいちょいと手招きした。
「はい?」
と、少女の方に寄っていく信。と、いきなり襟首をつかまれ、引き寄せられた。
「な?・・・・!!」
耳元でぼそぼそといわれる言葉に、信は顔をしかめた。
少女は、言い終わると信の襟首を離し、かすみに視線を送り、
「じゃあね、また明日」
と言い残し、ドアをあけ出て行ってしまった。
「・・・なんだったんだ?あいつ」
「ねえ、信君」
ドアを呆然と見やる信に、かすみが声をかけた。「ん?」と、彼は彼女を見やる。
「なんと言ってきましたの?」
「ん?いや、話すほどのことでもないさ」
と言って、またそっぽを向いてしまった真に、かすみは表情を翳らせた。
信にひそかな想いを寄せるこの少女は、こうして彼に隠し事をされると、悲しくなってしまうのだ。言ってくれといいたいが、本人の話したくないことを聞くのは無粋だと思っているので、それもできず。なんとも損なことである。
「かすみこそ、何で依頼断ったんだ?」
逆に質問され、かすみは一瞬驚いたが、すぐに信をジト目で見やる。
「な、なんだよ」
「信君。今日も仕事が入ってることお忘れですか?」
「え?」
えっと・・・と、必死に記憶の糸を探っていく。
と、思い当たることがひとつ。
「そういえば、昨日、ついでに別の予告上置いてきたんだっけ?」
どうやら、酒を飲んだおかげですっかり記憶がぶっ飛んでいたようだ。
「もうしっかりしてくださ・・・」
かすみがとがめようとした、その時、
「何だとおお!!」
絶叫が店中をこだまし、そのあと、地震かと思えるような、店中を揺らしながらどたどた走ってくる音が聞こえた。
「大変だぞ、信!!」
奥から出て来たのは、かすみの父であり、あの怪盗宅配便の協力者でもある草山だった。
「お、親父さん。なんなんすか一体」
異様な草山の様子に、2.3歩後ずさりながら、信が聞く。
草山は、いつになく真剣な面持ちで、
信、いや、
―――――――――――怪盗宅配便に、こう告げた。
「クリムゾンから、お前に挑戦状が届いた」