怪盗宅配便〜つづきのつづきのつづきで終わり〜

「怪盗…宅配便…」
 誰かがそう言った。
「怪盗」と呼ぶには、少し(と、言うか、かなり)みすぼらしい格好ではあるが、まさしく当の本人である。
「さあーてと」
 と、怪盗宅配便(以後「宅配便」)は、姫沙希のほうに向き直った。鼻血なんぞを噴出しながら、足元に転がっている物体を器用にまたいで、そのまま近づいて行く。
「…この作者のほうが、こいつらよりよっぽどひどいヤツな気がする」(あくまで小声)
 悪役に慈悲も憐れみもあるか。大体、こういう作品において、名前ももらえないような奴等が活躍できるとでも思ってんのか?世の中そんなに甘くはないわ!
「…まあ、そうだけど…。おまえ、普段度胸がなくてはっきりしないくせに、こういうところになると生き生きするよなぁ」(小声)
 ぬ!貴様、ばらしてんじゃねえよ!
「はっはっは。作者だからって、なんでも思い通りになると思ったら、大間違いだ」(小声)
「…さっきから、何ぶつくさ言ってんの?」
 おお!いつの間に!(おい)
 気がつくと、目の前には姫沙希がいた。ちなみに犯人ズはというと、あまりにも突然の出来事に動けないでいる。(モチ、前川も)
「ヤホー。迎えに来たよーん」
 宅配便は、そう言って、腰の袋に手をやった。
 …あ、言っときますけど、声は変声機で変わっております。顔もほとんどゴーグルで隠れてるし…。まあ、バレんでしょう(いいかげん…)。
「…あっあんたねえ!ちょっとはやるかもしんないけど、今の状況わかって…ん…のおぉ……」
 …………ぐうぅ
 と、姫沙希は突然夢の世界へと引きずり込まれてしまった。原因は、今宅配便の持っている、香水用の小ビンの中の液体。これをくれた牧矢によると、「超×10強力睡眠薬」…らしい。効き目は、少量ひとかけでごらんの通りだが、…大丈夫か、これ。
「しばらく眠ってな。お姫様」
 ヒュンッ!!
 風が鳴る。
 宅配便は、ほとんどカンで、横に飛ぶ。そのすぐ後に、カァ―ンと、澄んだ音がした。見ると、彼のいた場所のすぐ後ろに、犯人Bが、鉄パイプを持って立っていた。さっきの音は、どうやら鉄パイプをふり下ろしたものだったらしい。
「……」
 いまさらながら、背中に冷たいものが走る。
「小僧。どうやってここに?」
 何とか平静を保とうとしながら、前川は言った。
「あれ、気づいてなかったの?向かいのビルの屋上からここまでワイヤー張って、後は滑車使って降りてきた。いやー、今考えると、窓が蹴破れてなかったら、ヤバイ事にやってたよねえ」
と、宅配便はケラケラ笑いながら、あくまで陽気に答えた。
 それが、犯人たちの気に、めちゃめちゃ触ったらしい。
「ふざけんなあぁ!!!」
と、各々鉄パイプを持って、宅配便に向かってくる。
 宅配便は、口の端だけで、フッと笑った。

            (暗転)

「あのさあ。人間信用失ったら終わりよ?それに、あんた等にうそついたって、何の得にもならないってわかんないかなぁ」
 これだから大人は……と、宅配便は愚痴り続ける。それに反論する者どころか、止める者すらいない。
 彼の周りには、黒服の男たちが転がっている。暗転している間、かなりの惨劇が繰り広げられていた、とだけ言っておこうか。死んではいないだろうが、もはや意識のあるものはいない。
「さあぁてと。どうする、そこのおっさん」
 一通り愚痴り終わった宅配便は、前川に向き直った。
「このまま俺たちを見逃してくれる…ってんなら、ありがたいんだけど…」
「…そうはいかないと、分かっているのだろう」
 ガウン!!
 特有の爆発音とともに、風が鳴る。と同じに、後ろの柱に何かが当たった。
「…それって反則じゃない?」
 動揺の色を見せながら、宅配便がつぶやいた。ほほに赤い筋が走り、血が流れる。
 前川は見せつけるように右手の拳銃を振りながら、不敵に笑った。
(うそだろ!?なんでこんなアホ話でこんな危険物が出て来るんだよ!!!)
 顔で笑って、心であせって。宅配便の心理状況は、こんな感じだった。
 いくらこちらに切り札があるといっても、間に合わなければ意味がない。
「どうする?こそ泥…」
「……(ムカ)」
 こそ泥呼ばわりされたことに少々腹を立てたが、あくまで顔には出さず、わざとらしく息を吐き、両手を上に上げた。
「こうしたら許してくれるわけ?」
「許しは閻魔に請うんだな」
 つまり、死ねと。そう言っているのだ、この男は。
 なんとも徹底した悪役である。
 はぁぁ…
 困ったように、ため息をつく。その様子を見て、何が面白いのか知らないが、前川はクククっと笑っていた。
 勝利を確信したつもりなのだろう。
「ひとつ質も―ん」
 声を張り上げて、先生に起こられて反省しない生徒のように(おいおい)宅配便が言う。
「?」
 意図の見えない彼のそぶりに、疑わしく思いながらも前川は言ってみろという風に彼を促した。宅配便はそれに「どーも」と会釈して言葉を進めた。
「いまいちさあ、わかんないんだよね。何であんたみたいな人間が、誘拐で金儲けしようとするわけ?売人でも強盗でもOKっしょ。拳銃も手下も持ってる。なのにやることせこいって言うか…」
 宅配便が言い終わらぬうちに、前川はまたクククっと笑い出した。
「時間稼ぎのつもりか?」
「…。何の事?」
「知ってるぞ。このビルの裏手に、見覚えのないワゴンがあった。大方、仲間でもいるんだろう?助けを待っているのか?」
「ジョーダン!!」
 得意げに言ってくる前川に、宅配便はそれを否定した。
「俺が合図しなきゃ、あいつ等は出てこねェ。今この状態で、そんなことできると思う?」
「………」
「それよりさあ、さっきの質問に答えてよ。じゃないと、死んでも死にきれなくて、夜中おっさんのところに化けて出るよ?」
 あくまでひるまない宅配便。その様子を異様に思いながらも、所詮せこい悪役。お約束には逆らえず、前川は得意げに(何が嬉しいんだか知らないが)笑って言い放っていく。
「……復讐だよ、復讐。私を会社から追い出した、奴等へのな。それに、こうして他人を使って、諸共に消してしまえば、証拠も残らないだろう?」
「…くだらねえ」
 前川の、この事件の動機を聞いて、宅配便は素直に思ったことを口に出した。
 それを聞いて、前川は激昂した。
「何だと!!」
「子供の理屈だね。自分が悪いくせに他人のせいにして、その上逆恨みと来たもんだ。あー、人間ここまで落ちるとたまったもんじゃないね。それに、その程度で、本当に証拠が消せると思うの?今の検察や科研ってすごいんだよ?後、こういう場合、真っ先に疑われるのは会社に恨みを持つ人間。あんたはそれに完璧に該当するね。わかる?そんなことしたって、すぐに捕まるのがオチさ」
「・・・戯言を」
「戯言じゃないさ。悪の栄えたためしがないなんて嘘っぱちだとは思ってるけど、一応・・・まともな警察の腕は認めてるつもりだし(信用も信頼もしてないけど)。
・・・分かってやってることだろう?こういうことをすれば捕まるってさ。それを、不景気のせいだの、社会が悪いだのって。やったの自分だろ?多少影響はあったとしても、悪いの全部自分。その自覚が無いの?これじゃ「大人だから」って、威張れたもんじゃない・・・」
「黙れ!!」
 子供に説教されたのがそんなに悔しいか前川(笑・・って、笑って良いところか?)。拳銃を天井にぶっ放し、大声で叫ぶ。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!
殺してやる!ここにいる皆、殺してくれる!!!」
 とうとう切れた前川に、宅配便は「やれやれ」と携帯を取り出し、一言。
「…だそうだ。もう良いぜ、おっさん。出てきても」
『言われんでもわかっとるわ!!!』
 外から響く、メガホンを通した叫び。
 え?、と、前川が正気を取り戻した瞬間、
 カッ!!
 窓の外が一瞬にして明るくなる。
「な、なんだ!?」
 慌てて窓から外をのぞくと、そこには無数のパトカー。そして、ビルを包囲する警官たち。
 刑事モノ(これは違うけど)お約束の見せ場。犯人逮捕直前!!なシーンが広がっていた。
『前川 恭男!!おとなしくお縄を頂戴しろ!!』
「言うこと古いぞ〜。中村のおっさん!」
『じゃかましい!!お前も逮捕する、宅配便!!おとなしくしてやがれ!!!』
 なれなれしく陽気にはなしかけてきた宅配便にキレながら、メガホンを投げ捨て、中村刑事は他の若い刑事を引き連れ、ビルへと入ってくる。
 それを確認すると、宅配便は、いまいち事情が飲み込めず、こっちを見ている前川に目をやった。
「実は、これが俺の切り札☆」
と、携帯を掲げて見せる。
「実は、ここにはいる前に、警察と電話つなげっぱなしにしておいたりしって☆」
 つまり、ここでの会話、全部筒抜け。
 前川、白状したも同然。洗いざらいはいて、罪人決定。否定、黙秘、したって無駄。
「・・・そんな・・・そんなぁ・・・」
 ずるずると、前川はその場に崩れ落ちていった。
 宅配便だけが、楽しそうに微笑んだ。
(・・・悪魔だろ、あんた)

 その後、刑事たちがこの部屋に駆け込んだが、ロープで縛られ放心している前川&気絶した男たち以外、その場にはいなかった。
 警察の怪しいと思い包囲したビル裏手のワゴン車は、どうやら囮だったらしく。中はもぬけの殻だった。
 数時間後、『姫沙希が帰ってきた』と連絡があり、結局怪盗宅配便はまたしても捕まらず、今回の事件は幕を閉じたのだった・・・。
(いいかげんだな、という突っ込みは一切受けません!!最初からいいかげんです!!)

 そして、数日後。
「お久しぶりです、姫沙希ちゃんv」
「全く、冗談じゃないわよ〜〜。警察もマスコミのしつこいのよ〜〜」
 にっこりとで迎えるかすみに、ぐったりして答える姫沙希。姫沙希はここ最近、警察に呼ばれ、マスコミに追われ、まともに学校に来ることもできなかったのだ。
「でも姫沙希ちゃん、本当に怪盗宅配便のこと、覚えてませんの?」
「・・・あんたもそれ聞くわけ?覚えてないったら!どうもあの時の記憶があいまいなのよね〜。何でかしら」
 ホント分からないわ、という姫沙希に、かすみと信(ちゃっかり聞き耳)は、内心心底安堵した。
 牧矢がくれたあの薬、実は記憶消去の作用もある、と聞かされたのは、事件後の飲み会でだった。どうやら本当だったらしい。
「でもねえ・・・」
 ギクウ!!
「・・・どうしたの?顔色悪いわよ、かすみ」
「いえ、何でもありませんわ。それで?なんです?」
 あくまで平然と受け答えするかすみ(さすがプロの情報屋。営業スマイルは慣れている)の対して、背中で繰り広げられる会話に、内心ドキドキの信だった。
「ああ、でもね、なんか知らないけど、あんたたち見た気がするのよ、あの夜。何でかしら」
 ばれないように冷や汗かく2人。
 実は、彼女を運ぶ途中、なぜか姫沙希は目を覚ましてしまったのだ。運悪く、変装をといた信とかすみの前で。
 慌てて薬をかけたのだが。それを覚えてるか覚えてないかで最近眠れぬ夜をすごしていたのだ、この2人。
「夢ですわ、姫沙希ちゃん。私たち、家で姫沙希ちゃんの無事を祈ってたんですもの、それが届いたんですわ」
 半ば無理矢理に説明するかすみ。姫沙希も、記憶があいまいまこともあって、「そうよね」と、それを受け入れたのだった。
(これで安心、今日から眠れる。)
 2人は心底そう思った。
「んじゃま!」
と、心配事が解消された信はゆっくり立ち上がった。悪い予感がして、姫沙希がふり返ったときには、もう遅かった。
 時は昼休み、予鈴5分前。帰る用意万端。
「まさか・・・大水!!」
「じゃな、委員長v」
「待たんかあい――!!」
 ダッシュで逃げる信。久々に登校して早々、先生に怒られてたまるかと、慌てて追いかけ始めた姫沙希。見守るかすみ。  いつもの光景が繰り広げられ始めた。

 世紀末、この街をさわがせた人物、怪盗宅配便。
 彼はこの後何度も活躍し、一度も捕まることなく、いつの間にか姿を消すことになる。

 ―――――しかし、それはまだ、当分先の話。

 無理矢理終わる☆

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