怪盗宅配便 〜つづきのつづき〜
…リリリリリ…
鳴り響く電話の音に、幸野家の人々と刑事たちは、顔をこわばらせた。「私が」と、中年の刑事が電話に近づく。
「中村さん。なるべく長引かせてください」
「分かっている」
そういって、中村刑事は電話を取った。
「…もしもし?」同刻、隣街3丁目、廃ビル。
ルルールルールールールルー♪ルールールー♪ルールールー♪…
と、なぜか『与○』の着メロが鳴り響く。
「オイ、誰の携帯だよ。さっさと出ろ」
誰かが叫ぶ(犯人Aとする)。暗がりなので、誰がどこにいるのかよく見えない。
着メロが止み、誰かが携帯に出た(犯人B)。
「おいおい、誰だよ一体…」幸野家と犯人の所にかかってきた電話の内容は同じだった。
『予告電話にて失礼。
今晩今すぐ、隣街3丁目の廃ビルに、幸野 姫沙希嬢をお預かりに伺います。
…ばぁーい、怪盗宅配便☆』
以上。プッ…ツーツーツー………
『……………………………………………………………………………………』
黙。「…ぬあんだとおおう!!!!」
長き静寂を破ったのは、中村刑事の怒声だった。
「あーんのガキぃ…また俺達の仕事を横取りしようとしてからにぃぃ―…」
後ろ姿でもはっきり分かる。彼は怒っている。それも、ものすごく。
バキッ!!
ゴト…
異様な音がした。
その場にいた幸野夫妻は、恐る恐る中村刑事の足下を見た。
そこに落ちていたのは、電話の受話器。しかも、下半分(話す部分)だけ。 人間、怒りがMAXになると、受話器を素手で折る、などという芸当もできるのだ。(…いや、無理があるだろ、それ。)
「ふっふっふ…。きょぉぉー(今日)こそ、おまえの息の根止めてくれらぁ!!!小西―!!さっさと車回してこい!!」
いきなり呼ばれ、小西という若い刑事は肩をはねあげた。
「は、はい!!…で、でも中村刑事。幸野のお嬢さんは…」
「バカヤロウ!!怪盗宅配便がそのお嬢を攫いに行くって言ってただろ!!奴もお嬢もそこにいる!!さっさとしやがれ!!」
「は、はいぃ!!」
小西は慌てて走っていった。それに続いて、他の刑事たちも一斉に動き出す。
数分後。
幸野家には、一人の刑事もいなくなった。折れた受話器もそのままに。 幸野家の人々は、怪盗宅配便の名が出たことに、刑事がここに来たときよりずっと深い安心感を覚えたのだった…。ピッ!!
携帯の電源を切って、信は斜め下にあるビルを見下ろした。そここそ、例の姫沙希のいるところである。 今、彼がいるのは、向かいのビルの屋上である。ここなら、多少の作業は目に付かない。
『どうですか、信君。準備は良いですか?』
イヤホンマイクから、かすみの声がした。
「ああ。準備万端、まかせろや」
『しっかしなあ。いつ見てもあれだな。怪盗のクセにこう、花がないというか…』
次に聞こえた草山のセリフに、信は苦笑いした。
『怪盗宅配便』の名の由来のひとつである、彼の格好。
ダサい色のつなぎ(あれ?宅配便って、つなぎだっけ?)に、顔半分を隠す大きなゴーグルとイヤホンマイク(変声機付)。髪はみつあみをほどいてある。腰には道具入れの袋。
怪盗というより、作業員のにーちゃんである。
まあ、『怪盗』は『怪しい盗人』と書くので、怪しい、という点ではあっているのかもしれない。
「良いじゃないですか。動きやすいし、買うにも安いし…」
まったくだ(笑)。だいたい、怪盗キッ〇だの、セイン〇テールだの、〇ンヌだのがハデ過ぎるのだ。(またマニアックな…。いえ、好きですよ、私は…)
「怪盗って普通そんなモンだろ。テメェ(作者)がおかしいんだよ、こんなダサい格好にしやがって。っていうか、いいのか?そんな名前だしちゃって…」
…信のツッコミが聞こえたような気もするが、ここは無視しておくとする。
「おい」(怒りマークを頭につけて言う信)
…コホン。さてと、(マジ無視)
「こいつ、マジでムカつく…」
作者に逆らえると思うなよ。私の手にかかれば、今すぐにでもお前を…
『はーいはい。それ以上は放送禁止の域だから止めてね。それより、さっさと話し進めてくれる?』
さりげなく、牧矢の声。…ちっ、命拾いしたな。
「…さてと」
信は一つ大きく息を吐いて、例のビルに向き合った。姫沙希の正確な居場所を確かめる。
「ビルの4階、手前の右から2つ目の部屋、でよかったよな」
『はい。後はいつものように…』
かすみから、簡単な説明を聞く。耳タコな台詞をもう一度聞いて、信は軽く返事を返す。
「へーいへい。そんじゃまぁ、行って…」
『信君』
「ん?」
『…気をつけてくださいね…』
「…ああ。わかってる」
信は、遠くに居るかすみに向かって、軽く微笑んだ。
「そんじゃま、行ってきますか!」
信は腰の袋から小型のボーガンを取り出した。太めのワイヤーを結びつけた矢を取り付け、それを目の前のビルに向けた。「か、怪盗宅配便だと!」
いまだ携帯を耳に当てたまま、犯人Bは叫んだ。
「何だって?」と、犯人C。
「だから、怪盗宅配便から予告の電話が来たんだよ!今すぐここに来るって!!」
「何!?あの怪盗が」
犯人Bの、悲鳴にも似た叫びに、一気に辺りがざわめく。
隣街3丁目、廃ビルの4階の、とある部屋。そこには、黒ずくめの男たちが5・6人集まっていた。そして、部屋の隅に、お約束のようにロープに縛られている一人の少女、姫沙希がいる。
「怪盗…宅配便…」
姫沙希は、うわごとのようにその名をつぶやいた。目の前の男たちは明らかに動揺しているが、一体何しに来るのかは、彼女には分からなかった。
「何を騒いでいる?」
突然、入り口のほうで声がした。
男たちとは違う、しかし聞き覚えのある声に、姫沙希も男たちと同じ方に視線をやった。
「前川さん!」
と、誰かが言った。
そこにいたのは、やせ方の中年男性。ブランドもののスーツに靴。髪はオールバックで整えてあり、ひげもそろえてある。こういう場所とは本当につりあわない小綺麗な格好をしているその男、前川は、不機嫌そうに辺りを見やった。
「前川さん!大変なんだよ!怪盗宅配便がここに来る!」
犯人Dの叫びを、前川は鼻で笑ってつき返す。
「フン。たかだか怪盗一人、大の大人が集まって何をおびえている」
「あんたなあ!今まであいつに何人の同業者がやられてると思ってるんだ」(犯人E)
前川と男たちのやり取りを見ていた姫沙希は、はっとあることを思い出した。
「前川…前川 恭男!」
姫沙希の大声に、前川はこちらにふりむいた。
「ほう…。覚えておいてくださいましたか、お嬢さん」
そういって、前川は姫沙希の方へと近づいてくる。 途中、カツッという小さな音がしたが、誰も気にはしなかった。
「あなた…確か父の会社の…」
「ええ。秘書をしておりました前川ですよ」
姫沙希の目の前まで来ると、前川は彼女と同じ目線になるようにしゃがみこんだ。
「…どうして」
姫沙希の言わんとしていることを察して、前川はククッとのどを鳴らした。
「どうして誘拐などする…ですか?恨み…とでも言いましょうか。私は今まで散々、あの会社に尽くしてきました。それをたかだか数千万を横領したくらいで、私をゴミのように会社から追い出した。あの会社に費やした私の労力を考えれば、退職金変わりに1億払ってくれても、バチは当たりません」
「…」
なんと言うことか。完全に逆恨みである。言いようのない怒りと、動けないやるせなさとで、姫沙希は思い切り前川を睨みつけた。
「前川さん。どうすんだよ、怪盗の方は!」
いいかげん痺れを切らせて、犯人Fが前川に言った。前川は、「…そうですね…」と、姫沙希を一瞥した。そして、何を思いついたのか、口の端だけで笑い、男たちの静かに告げる。
「おまえ達。この小娘を殺してしまいなさい」
辺りがざわめいた。姫沙希も、目の前の男の発言に、目を丸くする。
「…良いのかよ」
恐る恐る聞く犯人Aに、前川は「ええ」と笑う。
「私は構いませんよ。あの男の娘の顔など、もう見たくありませんし。それに、預かるものが死んでしまっていては、いかに怪盗宅配便といえど、どうすることもできないでしょう?」
そう言って、前川は不敵に笑った。
狂ってる。
姫沙希はそう思った。
しかし、たいていの悪役は、黒幕の発言に忠実である。何やら向こうでもめていた男たちは、いやな笑い方をしながら、姫沙希に視線を向けた。
「ま、いいか。ちょうど俺達も、最近血の匂いをかいでないし」
この言い方からして、どう考えても「やっちまおう」という結論に達したらしい。
…しっかし、どっからこんな危ない奴らを集めてくるかな、黒幕って奴は…。
男たちは各々鉄の棒やら何やらを手にして姫沙希に近づいてくる。いわゆる、なぶり殺しというヤツ。何でこんなギャグにすらなっていないような下らん話で、こんなえげつない事するかね、あんた達…。(自分で言うことじゃないな、普通…)……と。
何かがすれる音がした。
最初は何の音かわからず、皆が皆辺りを見渡すが、何もない。しかし、音は聞こえる。しかも、どんどん近づいてくるのだ。
「あ、あれ…」
誰かが言った。その時だ。
「ぃぃぃいいいやッほう!!!」
ガシャー――ン!
大声とともに、それは窓から入ってきた。
それは、窓の近くにいた犯人のうち二人に、靴底とキスをさせ、何事もなかったように、見事着地した。
「だ・・誰だ!」
前川は叫んだ。お約束のように。
そしてこの場合、突然の乱入者もまた、お約束である。
「どうもお待たせしました。怪盗宅配便でっす。姫沙希嬢を受け取りに来やした―!」
窓を突き破って入ってきたその人物は、軽快な声でそう言った。