怪盗宅配便〜つづき〜

 高校から走って20分程度の人気のない大通りに、その店はあった。『古雑貨屋・モアイ堂』と書かれた古びた看板のかかっているその店は、日本家屋っぽい瓦の屋根で、なぜか入り口の横に子供くらいの大きさのモアイ像が置かれている、かなり怪しい店だ。

 信は、扉にかかっている『準備中』の文字を無視して、中に入る。店の中は、古びた品物がそこいらに無造作におかれていて、はっきり言って狭い。中には『本当に使えるのか?』と思うくらい怪しいものまであり、とことん怪しいところだ。(それでも今まで古雑貨屋としてのこの店に客足の途絶えたことがないあたり、世の中不思議なものである。)
 店の(おそらく)一番奥に、カウンター(と思われるボロ机)があり、その上のモアイ型のブザーを、信は3回鳴らした。異様な音があたりに響いた後、店の奥から大柄な男が出てくる。
 この男、草山 賢吾は信の姿を認めると、
「おお、信。よく来たな。上がれや。」
 と、手招きをした。信は、それに招かれ奥へと入っていく。  日本家屋風の廊下を進むと、茶の間に出た。そこには、信のほかに客がいた。一人は怪しげな科学者風の男。一人は見るからに普通の青年。最後の一人はお水系(笑)のお姉さん(と、本人は言う)。この3人である。
 一人目から、木下 和成、響 隆史、牧矢 文美という。3人も、信の姿を見て、一斉に歓迎の声をあげる。
「ああ、信くぅん。よく来たねぇぇ。」
「よぉ信。今日もエスケープしてきたのか?そんなんじゃ女子にもてないぞ。」
「うふふ。こんにちは。」
(・・・歓迎か、これは?)
「…どうも、皆さんおそろいで」
 そう言って、信はみんなが囲んでいるちゃぶ台の上のせんべいを取って、牧矢の隣に腰を下ろした。牧矢は信に近づいて話し掛ける。
「うふふ。見たわよ、今日の新聞。すっかり有名人ね。
…"怪盗宅配便"さん。」
「どうも!」
と、信はにっと笑った。

 勘の良い人はこの作品の冒頭からお気づきだろう。(ダメじゃん!)そう。彼、大水 信こそ、この街の騒ぎの原因、怪盗宅配便の正体なのである。(特撮のナレーター風)そしてこの4人も、実は関係者だったりするぅ、みたいなぁ。…失礼。するのである。

「…思えば、刑務所での出会いがきっかけだったなぁ。」
突然、草山が語り始めた。それはそれは、しんみりと。
「木下は爆弾魔、響は空き巣の常習犯、牧矢は結婚詐欺、俺は傷害罪でつかまった。刑務所で罪を悔い、考えを改めた。
しかし、刑務所にいたときから今日まで、警察への恨みを忘れた日はない。」
 うんうんと、信を除く3人は涙ながらに頷いた。草山は拳を振るわせ、語り続ける。
「今回で解決した事件は13件…。
これで警察の面目もまるつぶれじゃああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
 草山の叫びに、3人は大いなる歓声を上げた。毎度のことだが、どうも信はこれに圧倒されてしまう。  …ちょいちょい、そこのよく事情の飲み込めてないお方。つまりはこう言うことである。
 草山を含むこの元囚人4人組みは刑務所で出会って、偶然にも出所日が同じだったため、今もつるんでいるわけだが、今も尚警察を恨んでいるのである。そこで彼らは警察に復讐することにしたのである。復讐と言っても、やれ殺しだの、やれ脅迫だのという物騒なものではない。第一、考えを改めた彼らに、そんな大それたことができるはずもない。
 彼らの復讐、それは『警察の仕事の邪魔をすること』である。
 警察とて、仕事をしてお給料をもらっている身である。それを訳もわからんどこかの怪盗に仕事を取られている(っていっても、結局逮捕すんのは警察だけど)とあっては、減給と隣り合わせというもの。その上、最近では影で「警察より怪盗宅配便のほうが頼りになる」と言われる始末。警察の不祥事が騒がれる中、一生懸命頑張って働いているというのに、あまりにもひどい仕打ちである。(…まあこれが彼らのねらいなのだが)
 そして今回で13件目の事件を解決、つまり13回目の邪魔が成功したと言う訳である。
 目の前で大喜びする4人を見て信は、「…平和的な考え方をするようになって戻ってきて本当によかった」と、つくづく本気でそう思う。
 …何が平和的なのかと聞かれると困るのだが、まあ血を見ないうちは『平和的』ってコトでよろしく。(…っておい!!いいのかそれで!!!)
「うちの娘も良い情報屋になってきたし、いいことづくめだ!!」
 草山が高笑いする。それを聞いた信は彼女を思い浮かべ、苦笑いした。
「…まさかあのかすみがやり手の情報屋とは、誰も思わんでしょう…。」
 そう、あの一見おとなしそうなかすみこそ、草山の一人娘であり(名字が違うのは、かすみが母親の旧姓を使っているため)、『古雑貨屋・モアイ堂』の裏の顔、『情報屋・モアイ堂』を運営するやり手の情報屋なのである。いつも最新の情報が手に入る上に、主人は美人(かすみを見たいがためだけに来る輩もいる)なので、こちらも客足の途絶えたことはない。そういう関係の人たちにとって、かすみは一目置かれる存在となっているのである。
「まったく良い気分だよなぁ、なぁ信」
 いつのまにか、ビールを片手に響が肩に腕を回してきていた。
「…そうですね。
 なんたって、無罪の俺の親父を捕まえた警察に復讐してるわけですから」
 そう言って、信は悲しそうに笑った。
 実は信の父親は…
「まあ信、今日は暗いこといいっこなしだ!」
 草山が信の背中をバンとたたく。片手にはビール。すでに酔っぱらっている。
 …あのー…今から非常にシリアスなところをですねぇ…
「さあ飲め、さあ歌え!今日は無礼講じゃああぁぁぁ!!!」
 草山の一声で、場は一気に宴会場と化した。いつの間にかちゃぶ台にはビールだのつまみだのが所狭しと置かれている。
 …いや…だから…
「さあ信!お前も飲め!!」
 …おい…
「俺未成年っすよ」
 …聞かんかいお前ら!!
「いいっていいって。さあ、大いに騒げてめえらぁ!!!」
『オオー――!!!』
 …だめだこりゃ…(ため息)
 こうして、宴会の場は盛り上がっていくのだった。
 まだ昼の1時を数分回った頃のことである…。
 日は半分以上沈んでしまい、茜色の空には少しずつ闇が広がり始めている。
「ああーもう!!!今日もあいつの所為で先生に怒られたぁ!!!むかつくうう!!」
 夕刻の静寂を破るように、姫沙希の怒声が響き渡った。その隣で、かすみは変わらぬ笑顔を見せている。
 学校帰り、いつもの通学路でいつものごとく響く叫びが薄暗い空に飲まれた後、いつものように虚しさと疲労が押し寄せ、意味もない脱力感が生まれる。これが、信と同じクラスになってからの姫沙希の帰宅パターンとなってしまった。
「姫沙希ちゃん、いつもご苦労様です。」
 かすみのこのセリフもパターンのひとつ。もうツッコミをいれる気もなくす決まり文句。
 はあああぁぁぁぁぁ…、と、姫沙希がいつもと同じ深いため息を吐いたところで、交差点にさしかかる。二人の家の方向は違うので、ここで別れることになる。
「それじゃぁね、かすみ。迷惑の塊のようなあんたの彼氏に文句いっといてよ。私が迷惑してるって。」
「姫…姫沙希ちゃん!!!」
 姫沙希のセリフにかすみは思わず赤面する。姫沙希はいたずらっぽく笑いながら、交差点を走っていってしまった。  かすみはほほに手を当てる。少しほてっているのが自分でもわかる。
「もう…そんなんじゃありませんわ…。」
 ほう、と、ため息をついて、かすみは帰路へと足を向け、歩き出した。
 その時、
 後ろからものすごいエンジン音がした。かすみは思わず振り返る。どうやら、さっき姫沙希が曲がっていった道からのようだ。
 数歩戻って、音のした道を覗いてみる。
 かすみは絶句した。
 彼女が見たのは、姫沙希が数人の黒服の男たちに、無理やりワゴンに乗せられた瞬間だった。
 姫沙希ちゃん!!!
 かすみが叫ぼうとしたとき、ワゴンは急発進して、かすみの前を過ぎ去ってしまった。
 かすみは、ただ呆然と車を見届けることしかできなかった。あまりにも突然のことに、体を動かすことも、叫ぶこともできなかった。ただ、1つの考えだけが、延々と頭の中を巡っていく。
(これって・・誘拐ですのぉぉ!!!?)

 ばたばたと廊下を走り、かすみは茶の間のふすまを勢いよく開けて叫んだ。
「信君、お父様!!大変ですわ!!」
 言った瞬間、彼女は思いっきりすっ転んだ。
 茶の間では今もなお宴会が続いてる。現在5時を回ったところ。4時間は飲み続けていることになる。メンバー全員が最高潮に達しており、草山は意味もなく大笑いし、響は手鏡を持って自己陶酔(彼はナルシスト)し、牧矢は演歌を歌い、木下は酔いツブれて死んでいる。
 ただ一人、酒の飲めない信だけが、「おう、お帰り。どうした?」と、声をかけてくれた。が、かすみは聞こえていないのか何も言わず、むっくり起き上がってまた叫んだ。
「聞いてくださいましー!!!事件ですのよー!!!」
 この一声で、騒ぎが一気にやんだ。かすみは、泣きながら続けた。
「姫沙希ちゃんが…姫沙希ちゃんが誘拐されてしまいましたわ…」
「な・・何だって!委員長が!!」
 今度は信が叫ぶ番だった。

「…と、いうわけですの…」
 と、かすみは先ほど起こったことを説明した。今だ泣き止む気配もない。
「最近どなたかが誘拐を計画しているという噂を耳にしていたのですけど…。この辺りでお金持ちは姫沙希ちゃんの所だけだと分かっていましたのに…」
「…かすみ…」
 確かにこの待ち一番の金持ちといえば、幸野家以外に思いつかない(つまり姫沙希はお嬢様)。だからといって、今回の事件を防げなかったのはかすみの所為ではない。
 信はかすみの涙をそっとふいた。
「かすみの所為じゃない。だから泣くな。な?」
「…信君…」
 二人は自然にみつめあう。これが少女マンガなら、このままイイ雰囲気に突入するだろう、その瞬間、
「エヘヘヘヘ―――!!!」
 突然聞こえた背後からの奇怪な笑い声に、二人は肩をはねあげた。みると、木下が何やら怪しい機械をいじりながら笑っている。はっきり言う。怖い。
「へへェー、来た来た来たよう、犯人からの電話ぁ」
 どうやら、話を聞いて早速盗聴しているらしい。木下のいじっているこの機械、半径100km以内の携帯電話の電波をキャッチ、盗聴できるらしい(本人談)。
「で、身代金はいくらだ?」と、草山が聞く。
「エヘへ―…たったの1億円だってぇ。安い命だねえ。僕の爆弾1個にかかった金額より安いよ」
『1億が安い!?』信とかすみが叫ぶ。 
「まったくだよなぁ」草山が笑う。
「私、それぐらいだったら、1・2ヶ月で稼げるわ」牧矢がつぶやく。
「俺の(つかまる前の)半年分の生活費にもならないね」ナルシスト響。
『…………』
 すさまじい金銭感覚である。常人(…誰のこと??)にはついていけない。いったいこうして集まるまで、どういう生活を送っていたのだろうか。
「…で、木下さん。場所、わかったんですか?」
 あっけにとられていた空気を何とかふりはらって、信は恐る恐る尋ねた。木下は相変わらず奇妙に笑いながら(酔っているのではない。これが彼の地なのだ)、得意げに言った。
「もちろんだよう。隣街の3丁目の廃ビルだねえ。ああなんてありきたりい」
 まったくだ。(反省)しかし、たったの数秒の電話を逆探知できる機械を作ってしまう辺り、木下の『自称・マッドサイエンティスト(笑)』の名は、伊達ではないかもしれない。
「そうですか」と、簡単な返事をして、信は再びかすみに向き合った。そして、彼女の頭をなだめるようになでた。
「心配すんな。委員長は必ず助けてやる」
「信君…」
 自分を見つめるかすみに、信はふわっと微笑んだ。つられたのか安心したのか、かすみも微笑む。 「親父さん。悪いですけど、さっさと酔い覚ましてください」
「…ああ。オイ野郎ども、準備だ!!」
 そう言って、草山と木下、牧矢、響は立ち上がった。信も立ち上がり、号令みたいまものになってしまった毎度のセリフを言い放った。
「怪盗宅配便、今日も張り切って良い仕事しましょう!」
 準備、開始。

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