怪盗宅配便〜その後〜
怪盗宅配便。
かつて、そう呼ばれ、世間を騒がせていたものがいた。
が、月日は無常にも早くたってしまうもの。
彼が姿を消して、今年でもう5年になる。
春が、来ていた。
桜が散っていく。
舞い降りてくる花びらを少し見つめ、少し笑った。
「あいつの名前、「菫(スミレ)」じゃなくて、「桜(サクラ)」にすればよかったかな?」
そんなことを言いながら、病院の入り口をくぐった。
今日は、最愛の妻と娘が退院する日なのである。
怪盗宅配便が消えてしまった後、
まず、マスコミが動いた。彼が消えてしばらくたつと、必死に情報提供してくれだの、特番を組むだの、行き着くところまで行くと、賞金までかけるようになった。視聴率や週刊誌の売れ行きは、そこそこいいところまでいったらしい(ノス○ラダ○スの予言が騒がれたときのような感じ)。なかなか商売上手な人たちである。
それに反発していたのは、中村刑事ただ一人だったという。必死に彼を捕まえようとしていた彼である。定年まで追いかけてやると言っていたと、教えてくれたのは誰だったろう?
しかし、ブームというのはあっという間で。
そのうち、彼のことを覚えている人は、ある一部を除いていなくなった。
そう、彼にやられてしまった者(一部、薬で記憶を消されたものもいるが)、彼に助けられた者(前期におなじく)、彼を追いかけていた者、彼と共に行動した者、
そして、彼自身以外は。
とある部屋の前まで来て、立ち止まった。
部屋にいるのは『長野 かすみ』。彼の、妻の名である。
扉を開ける。
「あら、あなた・・・」
彼女は、いつものやさしい笑みで、彼を迎えた。
彼女の最愛の夫、長野 信を。
信は、怪盗をやめたあと、かすみにやっと思いを伝えた。かすみも、少し戸惑いながら、それを受け入れた。
そして、高校を卒業し、成人式を迎え、彼らは結婚した。
身寄りがいたほうがいいだろうと、信が婿養子になるかたちだったが。(『マス○さんかよ〜』と、信が叫びまくったのは、また別の話。マス○さんて、婿養子じゃなかったような?だってサ○エさん、苗字変わってるじゃん)。
そうして、今年の春、彼女の中の命が、この世に誕生した。娘の『菫』である。
「ありがとうございました」
医師や看護婦たちに挨拶を済ませ、病院を出た。
ちょうど病院前に止まっていたタクシーを捕まえ、かすみを乗せた後、信もそれに乗り込んだ。
「さーて、早く帰ろう・・・・」
「あなた、ちょっと」
「ん?」
信の言葉をとめて、かすみは運転手に行き先を告げた。
「菜の花墓地まで、お願いします」
あ・・と、信は彼女の考えを察し、彼女を見つめた。かすみが笑う。
「ご両親にも、報告しなくちゃ、ね」
タクシーは、そのまま菜の花墓地へと向かう。
信の両親が、眠る場所へ。
「平和、ですわね」
ふと、かすみがポツリつぶやいた。
あれ以来、事件らしい事件は起こらず、ここの住人は、平和に暮らしている。
それと同時に、過去に起こった悲惨な事件も、忘れ去られてきている。
「あいつ、まだ生きてるかね」
今度は信がつぶやいた。
彼女、結の裁判が終わったのは、2年前のことだ。なんだかんだで、3年も延びてしまったのだという。結果は聞かなかった。どうせ、もう会うことはないだろう。
「生きてますわよ、きっと。あの事件で、何かつかめたはずですもの」
「・・・そー、だな」
「この子が大きくなるまで、平和だといいですわ」
と、かすみは、腕の中で眠っている娘を見つめた。
まだ、何も知らない無垢な命。
どういう子になっていくかは、彼らの育て方次第、というところか。
・・・ろくな子にならんだろーな、この2人の子だし・・・って、あで!!何しやがる!!いきなり石投げつけてんじゃね―よ!!
「うるせえ!!不吉なこと言ってんじゃねえよ」
「まあまあ、あなた。作者さんの言うこと、あながち・・・」
「い、言うな!ホントになりそうで怖い」
信は頭を抱えてうなだれる。作者の性格を、よくわかっているからだ(笑)。
そんな彼にとどめでも刺すように、かすみはくすくす笑いながら、とんでもないことを言ってのけた。
「私、この子にすべてあげるつもりですもの」
信の動きが止まる。錆びついたロボットのように、ゆっくり首を動かし、彼女を見た。
「・・・もしかして、お前の仕事、継がせる気?」
「もちろんですわ!曾祖母の代から継がれてきたモアイ堂、簡単につぶさせるわけにはいきませんもの」
「・・・・」
この子の将来は情報屋か・・・。
まだ見ぬ未来が、一気に近いものになったようで、気が重くなった信は、はあ、と、ため息をついた。
「さあ、早くご両親に挨拶に行きましょう!」
るんたっと、退院した手にも関わらす、かすみは軽い足取りで、墓地の入り口をくぐった。墓地でそんな嬉しそうなのも、問題あると思うぞ、かすみ(汗)。
信は、今度は小さく息を吐くと、その視線を上へとあげた。
澄みきった青空が、広がっている。
今はまだ見ぬ未来。
幸せであればいいと、願う。
あなたたちも、かつてはそう願ってくれていたのだろうか。
かつての彼らと同じ立場についた信は、そう聞いた。
答えは返らない。
それでも、彼は、小さく微笑んだ。
「あなた―早くー」
向こうのほうでかすみが手を振っている。答えは、目の前で聞けばいい。
「はいはい」
そして、信は入り口をくぐった。
END