怪盗宅配便
…ピーンポーン…
聞きなれた電子音に、その家の住人の妻は、慌ててインターホンを取り上げた。
「は、はい…」
「どもー。宅配便でぇっす。」
それを聞いた妻が玄関へ向かうのを見た夫は、静かに毒づいた。
「こんなときに宅配便なんて…。
ああ、アレは友人から預かった大切な宝石だったのに、まさか空き巣に取られるなんて
…一体どうすれば…」
「あ、あなた!」
今度は何なんだと、いまいましげに妻を見る。息を切らせて立っている妻の手には、さっき届いたらしい小さな包みがあった。
「こ・・これ…」
必死な妻の様子をおかしく思った夫は包みを見た。透明なラッピングがされた包みの中には、メッセージカードと小さな宝石。それを見た夫は驚いた。
「…これは盗まれたはずの宝石…どうして…」
ふと、夫はカードに目を通した。それを見た夫は、さらに驚いた。
『中村様
先日盗まれた宝石、お届けに参りました
御友人によろしくお伝えください
それでは 怪盗宅配便』
「か…怪盗宅配便ーーー!?」
この世紀末、突如として現れ世間を騒がせている怪盗がいた。
その怪盗らしくない格好、彼の口癖、そして盗品は持ち主に帰ってくるという彼の手口から、その怪盗はこう呼ばれる。
―――――怪盗宅配便。
キーンコーンカーンコーン…
いつものように昼休みのチャイムがなった。
2−9。ここも多分に漏れず、例の怪盗のことが話題に上っていた。
「また事件解決したんだってよ、あの怪盗。すげーよなあ。返ってきた宝石って、時価何千万って代物だったんだろ。」
「ほんとに悪人なのかよ、そいつ。なんか警察の味方ってかんじじゃないか?」
などと言う会話がクラス中でされているなか、ただ一人、机に伏せている男子生徒がいた。
この生徒、短いみつあみをだらんとたらし、一時間目からこの調子で眠っている。
心地よい日差しの差し込む窓際、気温も良好、居眠りにはもってこいの場所に眠っているこの男の名は、大水 信。
遅刻、エスケープ、居眠りを繰り返し、とんだ問題児かと思いきや、なぜかテストの成績は校内第一位、運動はできて陽気で憎めない男である。
幸せそうに眠る信に、一人の女子が近づいていく。そして彼女は、手に持っていた日誌で、思いっきり信の頭を殴りつけた。
スパーンという気持ち良い音と激しい痛みで、信は目を覚ます。
「…ってえ!なにすんだよ、委員長!」
「うるさい!一体何時間寝れば気が済むのよ!」
委員長こと、幸野 姫沙希が叫び返した。明らかにキレている。
「にしても、もう少し優しく起こせよぉ。
・・・ああ、無理か.。あんたの辞書に“優しさ”なんて文字無いもんな!」
「なあんですってえ!」
信と姫沙希の口論が始まる。日常茶飯事な事なので、誰も止めようとしない。
それどころか、最近ではどちらが勝つか賭けをする者までいる。
二人の口論を止めたのは、いつものごとくとある女子の一声だった。
「あらあら、
姫沙希ちゃん、信君、喧嘩はいけませんわ。やめてくださいまし。」
おっとりしたお嬢様口調の声が、二人の間に挟まってきた。二人はゆっくり声のした方を見る。
声の主は長野 かすみ。二人の良き友人であり、この高校の数少ない美人である。
「ささ、姫沙希ちゃん。こちらに。」
「ちょ、ちょっと!かすみ!」
「信君。今日家へ寄ってくださいまし。お父様が待っていますから。」
「おう。」
かすみは微笑んで、抵抗している姫沙希と共に廊下の方へ行ってしまった。
それをごく普通に見送る信に、彼の友人たちが話しかけてくる。
「いいよな、信は。かすみちゃんと仲良くてよ。」
「おじさんが待てるって、結婚の承諾でもしてもらうのか?」
「違う違う。」
手を軽く振って、信は否定した。そして、かすみの家に行く理由を告げる。
「かすみの親父さんが俺の仕事のえらいさんなんだよ。んで今日は、金貰うついでに、飲み会に誘われてんの。」
「は?仕事?お前何のバイトしてんだよ。」
友人の質問に、信は不適な笑みを浮かべて答えた。
「警察の敵。」
友人達は「何だよそれ。」と、首を傾げたが、信は答えなかった。なぜか帰り支度を始めている。
「信。またか?」
「そ。エスケープ。」
かばんを担ぐと、信は「じゃあな。」と言い残し、ダッシュで教室を出ていった。
友人達は、彼のこの日常茶飯事な行為を止めようとせず(って言うかとめるだけ無駄)、ごく普通に彼の後姿を見送るのだった。
教室を出たところで、信は姫沙希とかすみに鉢合わせした。が、信は彼女らを無視して、廊下を突っ走っていってしまった。
「ちょっと、大水!またエスケープする気!?」
「またな。委員長!」
信が笑いながら叫んだ。姫沙希は止めようとしたが、彼は姿はすでに消えていた。
「ああ、もう!」と、地団駄を踏む姫沙希を、かすみが「まあまあ。」となだめた。
何とか落ち着いた姫沙希と、何とかなだめることができたかすみは、チャイムと共に教室に入っていった。
そのとき、彼女らの様子を双眼鏡でのぞいている男がいた。
男は携帯を取りだし、片手で器用に番号を押していく。
「・・・あ、ボス。・・・はい、ターゲット確認しました。
・・・はい・・・はい・・・以後、監視を続けます。」
男は携帯をしまうと、再び双眼鏡をのぞき始めた。
裏庭の木に上り、双眼鏡で校舎を見ている黒服のいかにも怪しげなその男は、掃除をしていた管理人のおじさんがかなりいぶかしげな目で見ているのにも気づかず、監視とやらを続けるのだった。
おじさんの通報で警察が高校に到着したのは、それから15分後の事だった・・・。