ハーモニー2nd

出会い3 シラカバ

中編

ラボに着くと、サザンカは自ら水晶球の中に入っていった。中からちらりとアザミのほうを何かを訴えるように見ると、重い瞼をゆっくりと閉じて眠ってしまった。アザミと、ようやくオンステージが終了したレモングラスは、シラカバに案内されて真っ白の大きな建物の中へと歩き出した。中はとても殺風景だったが、とても綺麗だった。幾何学的な構造の中に、趣味で置かれたらしい大きなステンドグラスの窓が大輪の花を開いている。
「時雨、おい時雨!おらんのか!?」
しんとした部屋にシラカバの声がこだまする。しかし、空しくも人の気配はしなかった。
「何処におんねん…全く、時雨の阿呆は!」
シラカバは見るからにイライラした態度で辺りを行ったり着たりし始めた。そんなシラカバの横で、アザミは暇をつぶすようにシラカバに話しかける。
「ねぇシラカバ、時雨って誰なの?」
「時雨か?こいつは俺に息吹を吹き込んでくれた大事な神様や。もう何年も前に死んでしもうたけどな。」
はにかんでいるような、くすぐったいような、そんな表情を浮かべながらシラカバはアザミの方を向く。歩調も自然に弱まり、足のはいつしか窓際に置いてある椅子のほうへと向いていた。
「時雨さんって死んじゃっているのなら、探しても出てこないのは当然じゃない。」
アザミはシラカバの顔をなるたけ見られるように、背伸びをしながらよたよたと後に続いた。レモングラスも、今回は珍しく無言で後に続いている。
「今、俺の探しとる時雨は先代のクローンや。もう5代目やねんで、すごいやろ。」
「"クローンって"、そっくりそのままコピーする、あのクローン?」
「せや。坊は結構、物知りやねんなぁ。関心や。」
シラカバはガラス製の椅子の前まで来ると、手の甲に取り付けてあるリモコンで加重を調節し、ゆっくりとそこに腰掛けた。(もしここに紅茶何ぞがあったら言うことなしである)
「シラカバは、どうしてそんななまった口調なの?」
アザミも反対側の椅子にちょんと飛び乗り、体をシラカバのほうに乗り出した。
「これか?これは先代が使うてた言葉や。"方言"ちゅうらしいけどな。」
「ふーん・・・」
アザミがそう言ったと同時に、上からいきなり殺気を感じた。
「坊、はよ逃げ!!」
シラカバの必死の言葉も空しく、気付いたときには二人は黒い雷のようなもので出来た檻に四方を囲まれていた。
「何だよ!これは!!」
「ええい、出せ!出さんかい!!」
二人は人のいない空間に罵声を浴びせた。どろどろとした殺気だけがする、目の前の空間に…勢い余ってアザミが檻に触れかけたとき、目の前から"影"が現れた。
「それに触ったら死んでしまうよ?」
影が人を形成する…ここのパーツが浮き上がり、色が映え。目の前には見たことの無い絹のような白い肌をした男性が立っていた。全身黒づくめの服とマントを身に纏っているだけに、肌の白さが一層強く引き立つ。アザミは行き場の無い手を硬く握り締めていた。
「君には結構迷惑をこうむったものでね、もっと苦しんでもらいたいんだよ。」
口だけが、無造作に動く・・・その違和感がアザミを心理的に追い詰めていた。もう言葉の出せないアザミに変わって、シラカバは男に敵意の眼差しを向けた。
「おっさん、お前は誰や・・・」
「君達に名乗る名前など、生憎持ち合わせていないものでね。でもまあ、近い将来君の主人となりうるのだから名乗ってあげても構わないだろう。」
「な、何やて!?」
驚愕するシラカバを尻目に、男は微笑んだ。まるで罵り嘲るかのように・・・
「僕は魔族のプリンス、"ローズ"。母に代わって不要な者共を排除している。どうだ、素晴らしいだろう?君のご主人様よりも格が上だ。」
「俺の主人は・・・今までもこれからも時雨だけや!!時雨を何処へ隠した!?言うてみい!!」
言葉に興奮が入り混じる。シラカバは敵に鋭い眼光を向けながら、自分の強さを見せつけるように床を激しく殴った。その音にアザミは正気を取り戻し、泣きそうな顔をしながらシラカバの腕にすがりつく。シラカバの痛々しさに絶えられなくなったのだろう。それでも止めないシラカバの首に、ローズの爪が幾重にも巻きつき、締めつけた。その瞬間、シラカバの顔が苦痛にゆがみ、拳が床から離れる。
「く、ぐぅぅっ・・・」
「そんな野蛮な事、早急に止めたまえ。シラカバ。君の素晴らしい腕が傷ついてしまうではないか…」
ローズは呆れた目つきでシラカバを見た。苦痛にもだえながらもしっかりとローズを見ているシラカバの熱い瞳が、ローズの精神を異常に昂ぶらせる。
「もっと、もっとだ。地獄を這いずるような目つきでもっと僕を見ておくれ・・・」
精神的にも見た目にも危ない状況の中、ローズの死角からどこぞに隠れていたレモングラスが厳格なオーラを漂わせて現れた。突然の圧倒的な気配にローズは驚き、瞬時に巻きつけていた爪を縮めて身構える。アザミと、少々苦しんでいるシラカバもローズの視線の先を見渡した。
「こやつらは我の下僕だ。きやすく触るでない・・・!」
「レモングラス!!」
「兄ちゃん!何処に隠れとったんや!?」
それぞれのの問いかけを完全に無視して、レモングラス(スグリ)はローズを深々と突き刺さるような視線で睨んだ。ローズも思わず武者ぶるいをしてしまう。
「ローズ…我が息子よ、こやつらに手を出したのはお前の父のものと知っての狼藉か?」
「貴様が・・・父だと!?」
ローズの目が怪しく光った。スグリは相変わらず見下すようにローズを睨んでいる。
「貴様が、僕の愛しの母様を死の縁にまで追いやった憎き輩だと!?そうなんだな…そうなんだな!!」
怒りに任せてローズが咆哮する。だが、スグリのほうは片眉を訝しげにあげただけだった。
「父は人間に転生したと聞いていたが、それが貴様だったとは…何たる好機!レモングラスと言ったな。今ここで貴様を・・・母様の怨みを晴らしてくれる!!!」
ローズは咆えると、自分の翼を広げてその場に思いきり風を起こした。風は各々で反発しあい、より鋭利な刃物へと変化していく。
「風よ!目の前の不埒な輩を切り刻んでしまえ!!」
ローズの呼びかけで命を宿したかまいたちは、四方から一気にスグリへと攻め寄る。スグリは軽く溜息をつくと、指を軽く鳴らした。"パチン"という音がやけに建物をこだまする。その理由が何なのかをローズが知ったときには、もう後の祭だった。
「貴様・・・」
ローズが一歩後ずさる。
「貴様、なぜ魔法が使える!?人間に転生したはずなのに何故!!」
目の前には無傷のスグリがいた。かまいたちが迫り来るときにスグリは指を鳴らして、空間全体に魔法を吸収する空間に変えてしまったのだ。スグリはゆっくりとローズに近づいてくる。
「我は転生したのではない。こいつに我の魂を吹き込んだのだ。これが出来るのは魔界の王の我のみ・・・」
スグリはローズの目の前までやってくると、思いきり彼の胸倉を掴んで持ち上げた。
「サルビナに伝えるがよい。こんな馬鹿馬鹿しいことは早急にやめるようにと。」
そういうと、ローズの顎を思いきり殴りあげた。ローズはいびつな弧を描いて床に叩きつけられる。「やったな!!」と吐き捨ててスグリに手をかざすが、ここでは魔法が使えないということを痛感させられただけだった。
「早急に立ち去れ。如何わしい。」
「ただで、済むと・・・思うなよ!!」
ローズ激昂により、大気が震えた。先程のかまいたちよりも鋭い風がスグリの頬や服を切り刻んでゆく。スグリはやる気の無い顔をしながら腕で視界を覆った。ごうごうとうねる風にまぎれて微かに亀裂の走る音が聞こえる…ようやく威力がおさまり、スグリは腕をゆっくりと下ろす。視線を前に移したそのとき、目の前に大きな拳が出現しスグリの顔を直撃した。
「がはっ!!」
あまりにも予想外な展開にスグリは身をよろける。その瞬間…周りに張ってあった結界が砂のように崩れ去ってしまった。それを横目で確かめたローズは、スグリに間髪を与えずに至近距離で魔法乱れうちを放った。炎、氷、雷、風そして岩・・・五大元素全ての最高魔法をありったけの力でスグリに見舞う。これでもかと言うくらい、ローズは精神力の限界まで魔法を放ちつづけた。彼の瞳は白く変化し、白目も真っ赤に充血しきっている。まさに『悪魔』と呼ぶにふさわしい風体だ。彼の周りには煙が立ち込めており、それが一層彼を引き立てていた。
「僕に暴言を吐くと…こうなるのだ、恨めしい者よ。」
激しく息を切らせながら、ローズは絞るようにいった。どこからか吹いてくる横風が、スグリに掛けられているヴェールを剥がす…
「!? 貴様!まだ生きているのか!!」
ローズは右手でスグリの胸倉をつかみ、持ち上げた。当の本人はというと…多少顔に傷がいっているものの命に別状はなさそうだ。半ギレ状態の目つきでローズを睨み、彼の額につばを吐きかける。
「さっさと降ろせ、下等めが。」
「自分のおかれている立場を理解してからそう言うことを言うんだな!!」
彼の声に反応したのか、ローズの左手に黒い粒子が集結する。それはうねるようないびつな動きを繰り返して、牙がやたらと鋭い猛犬の頭部を形成した。
「もう何も言えないように、その頭を噛み切ってくれる!」
そう言って左手を振りかざしたとき・・・
「好き勝手するのもたいがいにしいや!!」
シラカバの叫びと共に、矢尻が白の竹でできた矢が後ろからローズの喉元を一気に貫いた。

                                                   つづく

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