遥かなる昔…人間の科学の力で誕生した機人界の住人"アンドロイド"。彼らは遥かに容量の多い頭脳と、しなやかな動きの出来る体と、豊かな感情をすべてにおいて劣っている人間から授かった。初めは、人間達も面白がって彼らを自分達の側においていたのだが、改良されるにしたがって、彼らには所詮自分達では太刀打ちできないことを思い知らされた。それからは…どうなったか分かって頂けるだろう。プライドをずたずたにされた人間達は、何も無い荒野に、粗大ゴミのようにアンドロイド達を捨てたのだ。もちろん、彼らを開発し、改良を手がけた科学者達も迫害を受け、同じ荒野に追いやられてしまったのである。しかし、科学の力は偉大であると相場が決まっているもの。科学者達は自分達の持っている知識を最大限に生かし、そこでたまたま発掘できた名も無き鉱石(今では『マスタージュエル』としてアンドロイドやレプリカの材料として使われている、すべての鉱石の特性を凌駕した鉱石)を利用して、アンドロイド達に何不自由ない生活が出来るよう、また、自分達が安心して暮らせるよう最善を尽くした。それは多少なりとも長い年月と多大な苦労を要した・・・科学者達は自分達のクローンを何体も作って日々の研究に励み、アンドロイド達は科学者達が自分達を一人一人区別しやすくするようにと人格と個性と名前を形成した。唯一草花が育っているわずかな土地を、年月をかけ少しずつ拡張して作物を作り、雨風をしのげるだけの家と、アンドロイド達を生み出すための機械工場を建てる。岩肌が露出している所などはホログラム映像で緑を再現し、地表に埋められたサーモセンサー付ヒーターで年中の気温を一定に保つことに成功した。彼らの二人三脚によって、荒れ果てた荒野は緑豊かな機人界へと見事な変化を遂げたのだ。彼らは国営資産運営のために、動物を機械で忠実に再現した『レプリカ』を開発する。これは、刺激の欲しかった人間達に「えさを与えなくてもいいし、本物みたいだから」と言うことで大ヒットした。その他に『人間ウケ』を中心とした商品を開発し、手に入れた資金をさまざまなところに生かし、居住区は世界一のメガロポリスに、産業は人間界を凌ぐほどにまで発展した。しかし、そんな生活は魔族と結託した人間達によってまたもつぶされてしまう。生みの親を人質に取られ、アンドロイドやレプリカの燃料やパーツまでも奪われてしまっては従うしか道は無い…こうして、ほとんどのアンドロイド達が人格消去、感情消去されてしまい、壊れるまで止まらない殺戮兵器と化してしまったのだ。しかし、一人だけ逃げおおせた科学者がいる…レプリカを開発した張本人、名は"時雨"。彼は、先代達がわざと手をつけなかった国の反対側に逃げ隠れ、(このことは科学者達しか知らない)彼の仲間たちを助けるべく最強のアンドロイドを作り出したのだ・・・!!
チュピチュピ・・・チュピ・・・
どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。木々のざわめきを子守唄代わりに聞きながら、アンドロイド"シラカバ"は草原に大の字になって体を預けていた。自分の横には大きな弓がきちんと置かれており、腰からは矢の入っている袋を下げている。
・・・チュピチュピ・・・
本物よりも本物くさい色鮮やかな鳥のレプリカが、シラカバの肩に着地する。シラカバはそっと手をのばして鳥を指まで誘導すると、ゆっくりと起きあがって両手で鳥をゆっくりと包んだ。鳥は2,3首を傾げると、目から青白い光を放つ。それは糸が編み込まれるように次々とよじれ、時雨のホログラムを形成した。
「「「シラカバ、手伝って欲しい所があるので今すぐラボまで戻ってきてくれませんかね?そろそろ御飯の時間ですし…宜しくお願いしますね。」」」
ホログラムが一通り言い終わるや否や、光は吸い込まれるようにして消える。鳥は瞬きをするとゆっくりと礼をするように頭を下げた。
「ありがと。」
シラカバは嘴に軽く口付けをすると、レプリカを大空に放してやった。それはシラカバのほうを一瞥すると、明後日の方向へと舞いあがってゆく。
「よっと。」
レプリカに一通りの見送りをしたシラカバは、勢い良く立ちあがりレプリカの飛んでいった方角と同じ方向へと歩を進める。するといきなり、遠くのほうからレプリカ達の騒ぎ立てる声が聞こえた。シラカバはふりかえり、鳥達がざわめいている森を凝視する・・・距離は大体10km、地表には何も無かった。シラカバはゆっくりと木のてっぺんに視界を移す。そこには、見たことも無い青色の"蛇"が大空を悠々と旋回していた。その上には、サーモセンサーによって人物が二人確認できる。
「な・・・」
シラカバは絶句した。空飛ぶ蛇にも驚いたが、その上に乗っている二人の人物のほうが気になっていた。もしかしたら時雨を捕らえに来たのかもしれない…もしかしたら、自分達を壊しに来たのかもしれない…!相手を夢中になって観察しているうちに、蛇は彼に気付いたのか、シラカバのほうへと近づいてくる。シラカバはギョッとして、進行方向に逃げ出した。
「何でや!何で追っかけてくるねん!!」
走っても走っても蛇との距離は縮まるばかり…シラカバの横に蛇が追いついたとき、その上から豪華な羽飾りのついたターバンをかぶった男が声をかけてきた。
「すみませぇ〜ん!あなたの家まで送りますんで、ここから一番近い食べ物屋さんまで案内してくれませんかぁ〜!?」
レモングラス達は道に迷っていた。サザンカの赴くままに空を進んでいたのが間違いだったのだが、地理感覚の無いアザミと、行き当たりばったりな性格のレモングラスでは「次の行き先を決めろ」と言っても無駄である。とりあえず、『サザンカの行きたいところ』と称してそのままノンストップ小旅行を楽しんでいたところだったのだ。思えば海人界と機人界は対称なところにに位置する世界…空腹もそろそろ限界に近づいていた時に、サザンカが妙な壁を発見した。好奇心旺盛な二人のこと、すぐに壁越えを決定し、サザンカの咆哮で歪んだ時空のひずみを渡ってやってきたのだ。そこは常春の国だった。気温が一定に保たれており、世界中のありとあらゆる花々が我先にと花びらを広げている。
「すごい・・・こんなに豊かな花達は獣人界でも見たことが無いよ…」
「でも、これらはホログラムらしいんだ。無骨な岩肌を見せないためのカモフラージュなんだって。」
空腹限界のレモングラスがやる気なさそうに解説する。
「じゃあこれは偽物なの?本物よりも本物らしいや…」
アザミはもっとよく見たくてサザンカから身を乗り出した。サザンカもそれに答えてか、なるたけ低空飛行をしてやる。ホログラムの花に触れようとしたそのとき、けたたましく鳴く鳥の声が聞こえた。見ると目の前に大きな森が見える。
「サザンカ、あそこの木に何かおいしい実がなってるかもしれない!行け!さあ行くんだ!!」
すっかりホログラムだということを忘れてしまっているレモングラスのらんらんと光る野獣のような視線を背後に感じながら、サザンカは大きな鼻息をひとつ。そして、重い腰をあげるようにスピードを出していった。木の前まで来ると、ある鳥がまたけたたましい声をあげた。それに呼応するように周りの鳥達もけたたましく鳴きはじめ、鳴きながら大空の彼方へと飛んでいってしまった。
「果物チャン♪果物チャ〜ン♪」
怪しげな目をしながら必死で実を探すレモングラス。その横で、まるで割れ物を触るようにホログラムの木に触れるアザミ。サザンカは森の上をゆっくりと旋回していた。すると、幾分か先のほうに人影が見える。サザンカは軽く鼻を鳴らし、一生懸命になっている二人を呼んだ。
「どうしたの?サザンカ…」
本能むき出しのレモングラスをよそに、アザミが頭のほうへと寄ってくる。サザンカはもう一度鼻を鳴らした。すると、アザミの手の中にあるサザンカの封印球が淡く輝きだす。
「うわぁっ!おい、レモングラス!レモングラスってば!!」
「なにぃ!?こっちは忙しいんだから!見落としてたらアザミのせいだからね!!」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!この球がいきなり光りだしたんだから!!」
いつになく切羽詰ったアザミの声に、レモングラスは怪訝そうな顔を向ける。そしてその珍しい実態を見て、さすがの空腹も好奇心には負けてしまったのか、いそいそとアザミのほうに寄って来た。
「何これ!?何が起こるの!?」
「あ、何が映ってる。」
米粒大の黒い物体が広い高原の中にぽつんと映っている。それが人であることがわかったのはそれから数分後、サザンカの上からでもその人が確認できるところまで来たときだった。彼の横30センチのところで、サザンカは彼を横目で確認しながら右手でしっかりと抱え、勢いよく浮上した。
「な、何すんねん!!降ろせ!降ろせゆうとんのが聞こえんのか!!」
シラカバの激しき抵抗も空しく、サザンカの髭はシラカバを捕まえると、ゆっくりと背中へ移動させた。そこには先ほどの怪しい人間が二人、興味深そうな目でこちらの様子をうかがっている。
「お前ら、何モンや。どっから来はったんや。」
かなり嫌そうな顔をしながら、かなり投げやりにシラカバは二人に問う。
「この服?これは海人界特性なんだ☆」
"来はった"を"着張った"と勘違いし、自分のコスチュームについて延々と語り出すレモングラスをよそに、呆れ顔のシラカバの矛先はびくついているアザミの方へと向いた。
「この兄ちゃんは相手にならん…坊、お前はどっから来てん?」
表情は、英国の華奢で夢見るそばかす少年。しかし発する言葉には、理解不能の砕けすぎた下品な響きがある。アザミはますます怯えた表情をして、サザンカの背ぎりぎりのところまで後ずさった。
「何で逃げるねん?そないビビらんでもええやないか。」
シラカバの差し伸べる白い手を払いのけ、アザミは両手を振りながら躍起になって答えた。
「あなたの言葉が分からないんだってば!!」
きょとんとしたシラカバ、それを怯えた目で見るアザミ、そして、今だ早口で語りまくっているレモングラス・・・一陣の強い風がどこからともなく現れて彼らの頬をなぶる。
「そういうことやったんか。そないなことは坊、はよ言いな・・・」
脱力見え見えのシラカバは、おもむろに耳の後ろに手を伸ばした。カチッと勢いよい音がして、シラカバはゆっくりと目を閉じる。しかし、この男はなぜこうも表情が豊かなのだろう。理解しがたい言葉のせいか、それとも性格なのか…
「あなた達は、どこから来たのですか?」
ゆっくりとシラカバの目が開いて、その口から発せられた言葉は・・・獣語だった。しかもかなり丁寧ときている。しかし表情には先程の激しい喜怒哀楽は無く、うっすらと微笑を浮かべているだけだった。アザミは安堵と混乱を表情に浮かべつつもゆっくりと語りだした。
「僕らは、このサザンカに乗って海人界からやってきたんだ。」
ポツリポツリと、まるで降り初めの雨のように言葉を紡ぎながらアザミは相手の出方を伺った。相手はアザミのペースにあわせるかのようにゆっくりと、丁寧に対応する。このままの、まるで催眠術にかかりそうなペースで、二人は一様に自己紹介を済ませた。
「じゃあ、シラカバはアンドロイドなんだ・・・」
「はい。」
「アンドロイドって、何でも言うこと聞けるんだよね?」
「多少のことなら構いませんが。」
堅苦しい言葉に慣れていないせいか、一言一言に違和感がありすぎてたまらない。そろそろ蕁麻疹もピークに達してきた。アザミは申し訳なさそうな顔をして、シラカバに言った。
「別に獣語じゃなくて言いからさ、その堅苦しい喋り方はやめてほしいな。さっきの下品な言葉のほうがよっぽど落ち着くよ。理解できないところは、これから意味を覚えていくから。だから、さっきの言葉に、戻して欲しいなぁ…なんて・・・」
最後のほうは蚊のような声になってしまい、恥ずかしいからか耳まで真っ赤にしている。シラカバは無表情のまま軽く会釈をすると、また耳の後ろのスイッチを変換した。今度は目を閉じることは無く、かわりに口を少しあけて喉をヒュウヒュウと鳴らしただけだった。
「あー、んん…よし!これでどないや?坊。」
先程の口調に人懐っこい笑顔…以前のシラカバに戻って、アザミは大きく胸を撫で下ろし、めいっぱいの笑みでそれに答えた。
「ちゅーことは、お前らは魔族の回しモンやないねんな?俺らを捕まえに来たんとちゃうねんな?」
シラカバは、このことだけは妙に慎重な顔をして何度もアザミに尋ねた。アザミはスグリのことはあえて言わずに、こくこくと頷く。それを見てシラカバは、ガキ大将のようにニカッと笑った。
「そういえば、お前ら腹すかしとるんやったな?あそこの兄ちゃんなんかめっちゃラリっとるやないか。」
いまだに熱弁を繰り返しているレモングラスを横目で見つつ、(しかし、どうして彼はこんなにもボキャブラリーに富んでいるのだろうか…)シラカバはアザミの頭をくしゃくしゃに撫でながらサザンカの頭のほうを向いて大声を張り上げた。
「おいサザンカ、俺とプロフェッサー時雨のラボはこのまままっすぐ行ってすぐそこや!ええか!?そのまま全速力で飛んどけよ!?ええな!!」
サザンカはやる気のなさそうに咆哮すると、いきなりスピードをあげた。
「おおっ!サザンカ、やるやないか。ええで、いてまえ〜!!」
すっかりご機嫌のシラカバは、サザンカの上で仁王立ちをしてびしっと前方を指差した。足元でアザミがはらはらしながら支えているのをよそに・・・
つづく
