ハーモニー2nd

出会い2 サクラ

 ・・・ゴポゴポッ・・・
 辺り一面闇に包まれ、レモングラスとアザミは洲磨湖の内部へとどんどん降りていく。アザミが飛び込んだとき、レモングラスの時と同じような穴がアザミを飲み込んだ。吸い込まれるように入っていったそこには何も無い。全くの『闇』だ。勢いよく入ったはずなのに体が重く感じ、動作が鈍くなる。そのまま誰かにゆっくりと引っ張られるような感じで沈んでいくと、突然足元が鉄のように固くなり、アザミは危うく滑りそうになった。アザミは早鐘のような鼓動を落ち着かせながら辺りを見まわす。しかし辺りは相変わらずの闇…不自然に浮き出るようにレモングラスがにこにこしながら立っているだけだった。(無論、傘を差したままで)アザミは辺りを警戒しながらレモングラスの側に寄る。レモングラスは側に来たアザミの頭を撫でてやると、かさを2、3度振りまわした。
 ズ、ゥン・・・
 地震のような大規模な揺れが起こる。アザミの心臓はまたしても早鐘のように脈打った。しかし目は好奇心に満ちており、レモングラスに掴まりながらも辺りを見まわした。少し揺れがおさまった後、今度は空気が流動を起こした。ゆっくりと引力に引かれるような感覚をアザミは覚える。空気の音だけが聞こえる闇の中で、アザミは次第に不安感に駆られた。無意識にレモングラスの服を持つ手に力が入る。
「そんなに怖い?」
 レモングラスに話し掛けられて、アザミは体を震わす。
「べ、別に怖くなんか無い。」
 精一杯の強がりでアザミが答える。レモングラスはまた頭を撫でると、アザミをやさしく抱きしめた。アザミは怖さと恥ずかしさで頭がパニックになる。
「やめろって・・・!」
 アザミは離れようと努力するが、体が重くてなかなか力が入らない。その刹那、木々が擦れるような音がしたかと思うと、何かに激しくぶつかったような衝撃が辺りを揺らした。
「うわぁっ!!」
 アザミはいきなりの衝撃に耐え兼ねてふらつく。しかし、レモングラスが背中を支えてくれたおかげで何とか床にへたり込むことは免れた。目を瞑り、レモングラスにひっつく。レモングラスは相変わらず、アザミの頭を撫でてやった。そのまま揺れること数分間、やっとのことで揺れがおさまると、レモングラスはアザミの手をとって闇の奥へと歩いていく。
「ど、どこへ行くんだよ!?」
 アザミは問いかけるが、答えてはくれない。反発するが、強引に連れて行かれる。黙々と、ただひたすら未開の地を進むレモングラスへ、アザミは色々な文句を浴びせて自分の不安をかき消すことしか出来なかった。どのくらい歩いただろう…光の無い世界ではすべてが長く感じる。そろそろアザミの集中神経も切れかけてきた頃、レモングラスがおもむろに立ち止まった。アザミはレモングラスに軽く衝突する。
「そろそろかな。」
「何がだよ。」
 レモングラスの不可思議な言葉に呼応するようにアザミが反応する。レモングラスはアザミに天使のような微笑を返すと、急にかしこまった態度をとった。そして指を鳴らし目の前の暗闇に手をかざして…
「WELCOME TO "海人界"。」
 そう言うと、目の前の闇が何かに吸い込まれるように消えていく。その隙間からは真珠の輝きのような柔らかい光が二人を包んだ。アザミは呆気に取られた。そして、レモングラスを見る。レモングラスは朗らかな笑みを浮かべながら前を向いていたが、アザミの視線に気付いて向日葵のような笑みを返した。何となく恥ずかしくて目をそむけた時、あふれてくる光がいっそう強くなり二人の姿を覆い隠した。強烈な光に二人は目がくらむ。少しなれてきた頃、アザミがゆっくりと目を開いた。
「うわぁっ・・・!」
 そこは水の中だった。赤や黄色の魚が優雅に泳ぎ、海草やイソギンチャクが波に身を預けて軽やかに舞っている。あちらこちらに大木のような巨大な珊瑚があり、そこには大きさのさまざまな魚達が仲良く戯れていた。
「なぁ、ここって俗に言う『海』なの?」
「そうだよ。アザミ君は初めてだったかな。」
「レモングラスはここへ来たことあるの?」
「うん。かれこれ・・・数十回くらい?ここはスグリンの彼女がいるところなんだ。その人、すっごぉーくお金持ちでさ。今からその人に会いに行くんだよ?」
 レモングラスは前方を指差してそのままスタスタと歩く。すばらしい絵画のような景色を見て落ち着いたのか、アザミは今までのことを忘れてレモングラスに色々なことを聞いた。
「どうして水の中なのに息が出来るの?」
「何でだったかな…わかんないや☆」
「・・・じゃあ、どうして海水なのに浮かないの?」
「月の引力?」
「・・・・・・それじゃあ、どうやって洲磨湖からここまで来たんだよ。」
「んー・・・僕の実力かな☆☆」
 アザミはタイムからもらった護身用ナイフをレモングラスの頚動脈に当てた。レモングラスは冷や汗を流しながらへらへらと笑っている。
「ねぇ、どうして?」
 アザミは相手に意向を伝えるように、"努めて明るく"尋ねた。その笑顔の仮面の裏には修羅か羅刹のような顔が伺える。レモングラスは笑いながら腕より牛乳瓶を取りだすと、アザミの目の前で軽く振った。
「アザミ君…あんまり怒ってばっかりいると頭はげるよ?」
「お前がそうしてるんだろ!?自覚しろー!!」
 アザミがそう叫んだとき、後ろでかすかな気配がした。今までに感じたことの無い未知なる気配・・・アザミはナイフの持つ手に力を入れると、珊瑚の枝付近めがけてありったけの力で投げつけた。なぜか、レモングラスはナイフの飛んでいく方向に『危ない!よけて!!』と叫ぶ。アザミが"なぜ?"と言った表情でレモングラスを睨んだ。そのとき、彼の背後で先程の気配がいきなり現れた。
「しまった!!」
 アザミは切羽詰った顔で、防御の型を取りながら気配のほうを見る。そこには、ゆったりと着物を着こんだ美しい女性が腰に手を当てて煙草をくゆらせていた。
「人ん家の庭で何が騒いでいるのかと思ったら、レモンちゃんじゃないの。」
「お久しです。サクラおばちゃん☆」
「今度おばちゃんって言ったら、奴隷商人に売りとばすよって言っただろう?」
「前言撤回させてください。サクラお姉様。」
 アザミは呆気に取られた。レモングラスとの漫才と、ここがこの"サクラさん"って人の庭だったってことは置いておいて、なぜあそこからここまで瞬時に来られたのだろうかと考え込んでしまう。ここから珊瑚までゆうに200bはある。サクラさんは着物の着こなしからしてどう見ても二足歩行だ・・・自分でも10秒はかかるこの距離に、アザミは驚きと悔しさの色が隠せなかった。レモングラスは、そんなアザミの腕を引っ張って自分の前に持ってくるとアザミに彼女の説明をし始めた。
「この人が、さっき言ってたスグリンの恋人だった人。"サクラさん"って言うんだ。」
「どうも、可愛い坊や。坊やにとっては『初めまして』かしら?私の名前はサクラ。よろしくね?」
「どうも初めまして。獣王のアザミです。」
 アザミは棒読みで挨拶した。それがうけたのか、サクラは艶かしく微笑むとアザミの耳元で「そんなに緊張しないでね。」と息を吹きかけるようにささやく。
「それよりさ、どうしてレモンちゃんはまっすぐ門の前に出られないのよ。何度教えたら覚えてくれるわけ?」
「まぁ、こんなところで立ち話もなんだし…」
 ということで、腕を引っ張るサクラに連れられて彼女の家へと案内される途中、おもむろにサクラがレモングラスに話を振った。レモングラスは「ん〜・・・」と口を濁すだけだ。アザミはサクラに、今まで疑問に思っていたことを尋ねた。
「息が出来るのは、坊やがレモンちゃんに飲まされた薬に関係があるのよ。坊やが飲んだ薬には坊やの周りの水を酸素と水素に分解する作用があるわけ。だから、坊やの周りの半径1bには空気っていうか酸素があって、そのおかげで息が出来るのよ。分かった?」
 サクラは軽くウインクする。そう言われて、アザミは自分の服が濡れていないことに気がついた。サクラは話を続ける。
「なぜ海水なのに浮かないのかってことだけど、それはこの海の浮力がごく少ないからなの。そのために水圧が少し過剰にかかっちゃってね。私達は大丈夫だけど初めてきた坊やには少し体が重くなったように感じてるんじゃないかしら?」
 悩んでいたことをずばり当てられて、アザミは「あっ」と声をあげる。サクラはアザミの頬に顔を寄せると、「しばらくしたら慣れてくるから。心配しないで☆」と言って軽くキスをした。
「サクラ姉さんは僕以外には優しいよね。」
 話によれないレモングラスが頬を膨らます。サクラは目を細めて淫らに微笑んだ。
「あらぁ、レモンちゃんだから嫌いなんじゃないの。」
 レモングラスは「ひどい…!」とこぼすと、目にいっぱいの涙をためながらプイッと横を向いた。それを気にするアザミの頭をサクラは優しく撫でてやる。
「こんな大人気無い人はほっといたらいいのよ。そのうち何とも無かったようにけろっとしてるんだから…心配するだけ無駄よ?」
「は、はぁ・・・」
 核心をついている答えだけあって、アザミはただ頷くしか出来なかった。
「それよりも、最後の質問だったわね。洲磨湖は実は見かけの湖なの。見る人には湖に見えるんだけど、本当は何も無いのよ?スグリの魔法で幻覚を見せてるだけ。あそこ底が漏斗上になっていて、中心に私ん家の前までくるエレベーターが設置されているの。そのまま来たら家の門の前にちゃんと来れるはずなんだけどね・・・」
「でも、ここまで来るのに、周りは真っ暗でしたよ?」
 アザミは自分の体験してきたことをサクラに話す。サクラは少し考え込むが、合点がいったのか手の平をぽんっとたたいた。 「あぁ。それはね、不法侵入者をここまで来させないためなの。地上からここまで来られるのはスグリとレモンちゃんだけ。」
「誰も知らないんですか?」
「私ん家っていうより、洲磨湖自体が知られてないのだもの。周りには結界が張ってあって、普通の人には見えないはずだから。」
 あっけらかんとサクラが言った。アザミは、自分は尋常ではないと言われたようで少しショックを受ける。(むしろ、あのレモングラスと一緒にされたのが腹が立つ)そして、ちらっとレモングラスのほうを見た。サクラの言った通り、今までのことなど忘れて彼は子供みたいにはしゃぎまわっている。「全く、おめでたい奴だよ・・・」と、アザミは心の中で溜息をついた。
「さ、着いた。」
 サクラはおもむろに立ち止まった。目の前には豪勢な作りをした巨大な門、その横には戦闘用らしき服を身にまとった目つきの悪い兵士が六人…見るからに近寄りがたい光景であった。レモングラスがここに出たくないのも頷ける。(いきなりここに出るためには、瞬殺ぐらいは覚悟しておかないといけないだろう)アザミは兵士のいたい視線を気にしつつ、サクラに尋ねた。
「サクラさんは・・・海王の御令嬢か何かですか?」
 兵士の視線がやけに鋭くなった。アザミは耐えきれなくなってその場に固まってしまう。当の本人がおかしがる前に、レモングラスが大声で笑った。
「この意地汚いサクラ姉さんが、海王様の娘な訳無いじゃん!?」
「レモンちゃん、今度は二度と帰れないところに案内してあげよっか?」
「い・・・遠慮しまぁす☆」
 レモングラスが降参の白旗をパタパタと振る。サクラは勝ち誇った目を向けると、兵士達のほうへ優雅に歩み寄っていった。
「サクラ姉さんは海王様の籠姫なんだよ。こんな人を奥さんにするなんて、物好きだと思わない?海王様って。」
 サクラの目の離している隙に、レモングラスは小声でアザミに話しかけた。アザミは「人それぞれ捉え方が違うんだよ。」と軽くあしらう。そんなこんなで数分後…門は大きさ通り、大げさに砂埃を舞い上がらせながらゆっくりと開いた。砂埃がおさまったそこには階段が100段ほどあり、その上には中国の城を思わせるような神々しい建物が建っていた。心が洗い流されるような、そんな光を放っているようだ。
「すごい・・・」
「いつ見ても綺麗だね。」
 アザミとレモングラスはそれぞれの感想を述べる。そんな二人の頭にサクラは軽くチョップをお見舞いした。
「そんなところに突っ立っていたら、"サザンカ"に轢かれちゃうわよ?」
「"サザンカ"って?」
 アザミがお約束通りに聞き返す。サクラはにこっと微笑んでもったいぶるように答えた。・・・遠くで空気がマグマのように音を立てているのが聞こえる。アザミは「またか…」とあきれると共に、これから起こる未知の体験に心を躍らせた。

つづく

前画面に戻る

Top