天高く、馬肥ゆる秋の空。まぶしい太陽の下、素性不明のボケ男"レモングラス"と、運命の悪戯によって最年少で獣王となった"アザミ"は、まだ獣族のテリトリーをさまよっていた。タイムの親心に諭され(?)て家を出たアザミは、レモングラスに抱きついて泣く筈だったのだが、レモングラスはそんなアザミを気にかけようともせず、当の本人をそっちのけで甘い香り漂う目の前の森めがけて猛ダッシュをかけた。あっけにとられたアザミは、とりあえずレモングラスの跡を追う。森に入ってから数歩ほど…アザミが見た光景は、真っ赤に熟れた果実を両手に持って美味しそうにほおばっているレモングラスだった。口の周りを果汁で赤く汚し、いかにも満足げである。アザミに気付いたレモングラスは、いかにも食べごろな実を2・3個もぎ取るとアザミに投げ渡した。
「遅くなっちゃったけどさ、朝ご飯にしようよ。んー!!おいち☆」
子供よりも子供らしいレモングラスに、アザミは腹を立てるどころか大笑いをした。顔では相変わらずの表情をしていながらも、目は父親のようなゆったりとした目つきをしていた。アザミがひとしきり笑った後、(ここ数日ろくに笑っていなかったのでかなりの時間がたったのだが…)レモングラスはどこからともなくフランスパンとオレンジジュースを取り出し、アザミに渡すと二人同時にほおばった。パンは焼き立てのごとくサクサクとしていて、オレンジジュースはきりっと冷えている。アザミは食べるのに一生懸命なレモングラスにそれとなく疑問を投げかけた。
「ねぇ、どうしてジュースが冷えてるのさ。」
「わかんない。スグリンがこの服にいろいろしたみたいだよ?」
「す・・・『スグリン』!?」
「そう。スグリン☆」
アザミはガバッといきなり立ち上がると、レモングラスの胸ぐらを掴んだ。アザミはパンを喉につかえて苦しんでいる。
「お前!!偉大なスグリおじさまのことをあんな小馬鹿にしたような名前で呼ぶなんて…恥を知れ、恥を!!」
「ア、ザミく・・・ギブ・・・」
興奮のあまりレモングラスをゆすっていたアザミは、どんどん血の気の引いていくレモングラスの顔に気付いて慌てて手を離す。十回くらいだろうか、ひとしきり咳をして酸素を十分に取り込んだ後、目を潤ませながらも極上の笑みを浮かべた。
「だってね、スグリンが好きなように呼んでいいからって。」
レモングラスは腰をあげると、ごみを回収して服の袂に入れる。アザミは納得いかないような顔をしながら立ち上がった。
「スグリおじさまは怒ってなかったの?何も言わなかったの?」
「うん、特に。ちょっと眉毛が上がっていたけどね。」
それを怒ってるって言うんだよ…アザミは突っ込みたい気持ちを飲み込んだ。突っ込むだけ無駄なことを悟ったらしい。レモングラスは辺りをさっと見まわすと、「よしっ」と一声あげて小さなクリスタルを土と側にある老木の中に埋め込んだ。その刹那、クリスタルから紋章が浮かび上がり、紋章が消えると同時にまるでドライアイスのように昇華してしまった。
「それ、何だよ。」
アザミはレモングラスの手の中で淡く輝いているクリスタルを摘み上げた。アザミが持ったせいか、光が少し弱くなり、色あせたように見える。
「あーっ!触っちゃダメー!!」
レモングラスはアザミの手からクリスタルを奪い取ると、赤褐色の瓶にそれを入れた。中には液体が入っており、レモングラスが少し振るとクリスタルは元の輝きを取り戻す。レモングラスはアザミのほうをむくと、人差し指を立ててアザミの鼻をつついた。
「ダメじゃないか、勝手にこれに触っちゃ。これはタイムさん達を守る結界のかけらだから、術者以外の人は触っちゃいけないって教えたでしょ?」
「教わってないって…」
アザミの言葉をレモングラスは軽く聞き流し、ずんずん先へと進む。アザミは溜息をつきながら、レモングラスの後に従った。くるくるとテリトリー全体を回りながら最後の一個を埋め終わったとき、レモングラスが『大いなる幸があらんことを』と唱えると、獣人界がパステルイエローに輝き、その光が巨大なドームを形成した。
「これで獣人界の人達は大丈夫。後戻りも出来なくなったことだし、アザミ君、旅費が無いから海人界へお金をもらいに行こうか。」
レモングラスがにこやかに微笑む。アザミはフンフンと首を振っていたが、ひとつの言葉に引っかかった。
「『金をもらう』ってことは、もしかして・・・"一文無し"!?」
アザミは先ほどと変わらぬ動作をとった。またしてもレモングラスは苦しんでいる。(それだけアザミの腕力が強いのだ。)
「金がないならさっさと言えよな!?この先宿とかどうするんだよ!野宿なんて、僕は嫌だからね!!あーっ…こんなことなら母さんからお金もらっときゃ良かったよ。」
「アザミく・・・ヘルプ・・・」
ある程度アザミの気持ちがおさまった頃、顔を蒼白させたレモングラスがゼイゼイ言いながら口を開いた。
「・・・大丈夫…もうすぐしたら、海人界の、テリトリーに、着くから…ケホッ」
レモングラスはまたしてもどこからかオレンジジュースを取り出すと、それを一気飲みして呼吸を整えた。そして、向日葵のような笑みをアザミに向けると、あさっての方角を指差してひときわ大きな声で叫んだ。
「進路、北東!目指すは"洲磨湖"!!面舵イッパーイ☆☆」
「それは船だっつぅの…」
力なきアザミの突っ込みは、レモングラスのボケの前にもろとも崩れ去っていった・・・
「そうだ☆スグリンのこといろいろ教えたげよっか!」
話すネタが尽きたのか、相手にして欲しいのか。道中アザミに何かとくだらないことを喋っては、ことごとく無視されつづけていたレモングラスが、スグリのことを話し出した。アザミは相手にしない振りをしながらも、レモングラスの話に耳を傾けた。
「スグリンはねー…口じゃあ『戦友を探している』とか言ってるけど、実は誰でも良かったりするんだよね?これが。」
「嘘・・・」
アザミは絶句して、思わずレモングラスを見る。レモングラスはアザミの視線を捕らえたことに意気揚揚として、さらに話を進めた。
「スグリン曰く、昔の友達の記憶を受け入れる者なら誰でもいいんだって。でも、その人と同じ種族じゃないと意味ないみたい。」
「じゃあ、僕が選ばれたって言うのは元からじゃなくって・・・」
「そう、たまたま。スグリンと『最初に僕達を見つけた人を仲間にしよう』って決めてて、その辺をほっつき歩いてたわけ。そしたら、アザミ君が見つけてくれたんだ!」
アザミはショックが隠せない。レモングラスは「どうしたの?」と一応尋ねるが、すぐ前を向いて話し出した。
「そのとき、スグリンとどんな人が仲間になるのか賭けてたんだ。僕は同い年の人、スグリンは子供って言ったの。こんな事言うから、おっかしいなぁって思ったんだ。」
アザミは少しだけ顔をあげる。レモングラスはいきなりアザミのほうを向き、肩を掴んだ。気合が入っているのか、アザミをマッハ5(気分的に)で揺する。
「スグリンはきっと、未来を見ててアザミ君が仲間になるって知ってたんだよ!?ひっどいよねぇ!騙しだよ?イジメだよ!?」
「レモングラス・・・吐く・・・」
「あーっ!!今、初めて僕のこと名前で呼んでくれた!!アザミ君が『はじめて』名前で呼んでくれたよ記念で、僕のとっておきをあげる☆」
アザミが嘔吐するより速く、レモングラスはパッと手を離した。そしてまた懐から、今度は炭酸飲料(コ●・●ーラ)を取り出し、袖から出してきた栓抜きで栓を抜いて何事も無かったような笑顔をしながらアザミに手渡す。アザミはやつれた顔をしながら、レモングラスを睨んだ。本人はと言うと、"あったかぁ〜い"お茶(生●)を一気飲みしていた。アザミは躊躇しながらも滅多と飲めないこのジュースを飲む。そして、『偶然』と称しておきながらも、スグリとの運命的な出会いに頬を赤らめていた。
「で、何を賭けてたのさ。」
ジュースを飲み終えた頃、特に話題も無かったのでアザミはレモングラスに答えの分かっている質問を投げかけた。レモングラスは目を燦々と輝かせながら、待っていましたと言わんばかりの勢いでその問いに飛びつく。
「え〜っと、それはねぇ・・・」
「『秘密☆』とか言いたいんだろ?どーせ。」
「あーっ!!なんで言っちゃうのさ〜!!」
「お前の言いたいことなんかお見通しだっつうの。大体、ワンパターンなんだよな…」
レモングラスが滝のような涙を流す。アザミは鬱陶しがりながらも、「言いすぎた。」「悪かった。」と言ってはレモングラスを慰めた。泣きじゃくるレモングラスを横にアザミは、これじゃあどっちが子供かわかんないじゃん…と内心ぼやきながらレモングラスを叱咤する。
「お前、いいかげんうるさいから泣き止めよ。今度母さんに頼んで何か奢ってやるから。」
「ホント!?何でもいいの!?」
『奢る』と言う言葉に反応したのか、レモングラスの瞳に輝きが戻った。と同時に泣き止む。あまりにも予期通りに事が進むので、アザミはマリアナ海溝のチャレンジャー海域よりも深い溜息をもらすと、必死で食べ物の名前を連ねるレモングラスの服のすそを掴んで、洲磨湖への旅路に戻った。
スタスタ行くこと幾時間。日も傾きかけた頃、二人は目的の場所"洲磨湖"のほとりにたどり着いていた。アザミは辺りを見渡すが、海人界への入り口らしきものはどこにも見当たらない。もうすぐ日が陰る…アザミはこちらに意識を向けるために、レモングラスの帽子についている飾りをおもむろに引っ張った。
「いったぁぁーっ!!」
レモングラスが思わぬ絶叫をあげる。アザミは彼の思わぬリアクションにびっくりして両腕を挙げた。
「うわっ、ゴメン。大丈夫か!?つい出来心で…」
アザミはおろおろしながら、飾りを押さえてうずくまるレモングラスの前にやってきた。そして、腫れ物に触るように彼の頭に手を伸ばす。飾りに少し触れたとき、レモングラスはいきなり顔をあげるとにこっと微笑んでお約束の一言。
「なぁーんちゃって☆」
一瞬間の沈黙の後、青筋を浮かべたアザミのクロスカウンターがきれいにレモングラスの頬をヒットした。
「あぁれぇー・・・」
レモングラスがきれいな放物線を描いて湖の中央へと飛んで行く。そしてそのまま落下して落ちる瞬間、どこぞの間欠泉のような大きな水柱が…上がらなかった。レモングラスが水面に近づくにつれて影が移っている場所から穴が徐々に大きく広がっていく。レモングラスは水面近くで体制を立て直し、足元から探り出してきた大きめのパラソルを広げると、まるで羽が落ちるようにゆっくりとその穴へと降りていった。
「アザミ君も池に飛び込んでごらん?飛び込んだ先が海人界だからさー・・・」
レモングラスの間の抜けた声がからすの声に混じってこだまする。アザミはただ呆然とするばかりだ。
「落ちて怪我したら、慰謝料払ってもらうからな…」
アザミはレモングラスのまったく分かりにくい説明に半分参りながらも、一応レモングラスの言葉を信じて目の前に広がる広大な湖へと飛び込んでいった。
