ハーモニー2nd

出会い1 アザミ

後編

「レモングラス、危ない!!」
 二人に向かってくる氷の槍を目の前に、アザミはスグリを突き飛ばすと自らが犠牲になるために、両手を広げてスグリのいたところに踏ん張った。恐怖心からか、思わず目をきつく瞑る。
「ちぃっ・・・」
 思わぬ事態にスグリは舌を鳴らすと、人差し指をくいっと曲げた。すると、アザミの前に等身大のレンズが現れ、氷の槍をすべて吸収し、取り込んでしまった。そうとは知らない魔族は、急激な温度変化によりできてしまった霧に視界をさえぎられていた。人間の叫び声を聞こうと、血まみれになった獣王の鮮血を人目見ようと、スグリ達のいた場所から目を離さない。ようやくすべてのものがレンズに吸収された頃、魔族は嬉々とした表情で目の前を見た。そこには、中で雷を発しているレンズを隔てて、無傷の二人が佇んでいた。魔族は思わず後ずさる。
「な、なぜだ…」
「我がスグリに…適うものなし。我は、無敵なり!!」
「ええっ!?」
「何!?"スグリ"だと!?」
 魔族が狼狽するのもつかの間、スグリは手をレンズにかざすと大きく上に振り上げた。すると、レンズから先ほどの氷の槍拡大版がゆっくりと出てくる。
『トランス。』
 指を鳴らしながらスグリが静かに言うと、氷は水に変換し、魔族を包むように取り囲んだ。何とか逃げようと魔族は試みるが、魔法はに水に吸収され、払いのけようとしてもどこからかあふれてくる。魔族が気を取られている隙にスグリはもう一度指を鳴らすと、水は氷に変換し、魔族を閉じ込めてしまった。何とか脱出しようと必死でもがく魔族に、今までスグリ達にかけた魔法が容赦無く襲いかかる。
「アザミよ。」
「は、はいっ!!」
 一連の動作に見とれていたアザミは、いきなりの指名に体を強張らせながら、けれどもスグリに対して恭しく顔を挙げた。堀の深い横顔に、思わず見とれてしまう。
「今のお前では、いくらこやつが下等であろうとも倒すことができぬ。いや、"倒す術を知らぬ"といったほうが良いか。」
 アザミは素直にこくんとうなずいた。スグリは、アザミのほうを向きながら言葉を続ける。
「魔族は今、自分達の願望のために好きなように暴れておる。むろん、先のことなど考えずにな。お前ならわかろう?食物連鎖のピラミッドは、消して壊すことが出来ないことを。」
 スグリは無表情だったが、悲しそうな雰囲気をかもし出していた。アザミもつられて額にしわを寄せる。スグリは大きな手をアザミの頭に置き、ゆっくりと撫でてやる。アザミははじめはっとしたが、嬉しさがこみ上げてきて思わずにっこりと微笑んだ。
「彼奴等の行動を、私は止めなければならない。王の威厳にかけて、また、我が妻のために…そしてそれは、他種族を守るためにもつながる。アザミよ…獣族の平和を確立するために、私に手を貸してはくれぬか?」
 かすかな笑みを浮かべながら、スグリはアザミに説いた。アザミはスグリの頼みとあっては断れないと、必死で伝えたい。だがあまりの緊張に、なかなか上手く表現できない。そんなアザミを見て納得したスグリは、体をアザミの方へ向け、声を高らかに唱えた。
「我に選ばれし者、アザミよ。今ここに契約を結ばれり!!」
 スグリの手の平が光ると、そこからDNAの螺旋のようなものが次々とアザミの頭に取り込まれてゆく。アザミは、その衝撃に耐えきれずに頭が反れた。そして、次々と見たこともない風景や人物が目に映る。最後に映ったものは…自分の曽祖父であった。
「今のは、私の戦友"スズナ"の記憶だ。」
 アザミが我に返ったと同時に、スグリは静かに口を開く。アザミは驚いた表情をスグリに返した。
「死んだ者の記憶は、魂と遊離し私の元へ送られる。すべての統治者である私は、彼等の記憶を管理することが出来る。より良い生活を送るための材料とするために。」
「ざいりょう…。」
「そうだ。そして、お前は今魔族を倒す術を手に入れた。さあ…愛しき者のために戦うがよい。」
スグリがアザミの頭から手を離したと同時に、氷に亀裂が入る。
「「「ぅぅぅぐあぁぁぁぁっっっ!!!」」」
 けたたましい咆哮がしたかと思うと、氷は一遍に砕け散り、中からは魔術で作られた黒い刀を両手にかざした魔族が、ゆっくりと現れた。
「「よくも、よくも…!!」」
 顔は歪み、肉は削げ、所々に青い血がにじみ出ている。浮遊力こそ落ちたものの、魔力の源となる負の感情は膨大な量に達し、限界を超えていた。アザミは、初めて見る魔族の哀れな姿に滅入っていた。それを知らでか、スグリはアザミの体を押し、魔族のところまで突き飛ばす。
「うわぁっ!!」
 思わぬ事態に、アザミは体制を崩してこけてしまう。頭を振りふり、気を確かめながら顔を上げたところは、運悪くお約束通りのベストプレイスだった。
「ひぃっ!!」
 誰でも、ぐちゃぐちゃに歪んで原形を留めていない顔に見下されたらたまったもんじゃないだろう。かくいうアザミも、目が合った瞬間三途の川の向こう岸で、レモングラスが手を振っているのが見えたという。何とか一命を取りとめ、アザミはスグリのほうへ向かって助けを求めた。
「スグリおじさま!助けてください!!僕、このままじゃやられちゃ・・・」
「お前には、倒す術を与えたと言っただろう。同じ事を二度も言わすな。」
 あくまで冷静かつ無表情に、けれどもかなり怪訝そうにスグリは答える。アザミは泣きそうになりながら、スグリに哀願を請うた。
「僕には記憶をどう活用するかなんて分かりません!!お願いですから!!」
「馬鹿なことをぬかすな。自分のことは自分で守れ。お前の場合は種族も守れ。」
「そんな…」
 アザミの目から大粒の涙が零れたとき、今まで出番のなかった魔族が、ここぞとばかりに大きな高笑いをあげる。
「「なんだ?仲間割れか?ちょうど良い、このまま相打ちに縺れ込んでくれ。そして、俺様を楽しませてくれ!!」」
「アザミよ。この馬鹿を今すぐ黙らせてこい。殺しても構わん。」
 額に数本の青筋を浮かべながら、スグリはアザミを魔法で立たせ、体制を整えてあげた。アザミは、逃げ腰ながらも目は相手を仕留める。先程のスグリの一言で逆鱗に触れた魔族は、歯軋りをすると勢いよく手を振り下ろした。
「「黙って聞いていれば抜けぬけと!ええぃ、お前から仕留めてくれるわ!!」」
 怒気をはき捨てるように言うと、魔族は妖剣をクロスさせ、思いっきり後ろに引いた。アザミは思わず覚悟を決めて、顔をそむける。
 キ・・・ィン
 空気の切れる音が、波面のように広がった。アザミは手にちりちりとした感触を覚えると、恐る恐る視界を正面に戻す。そこには、妖剣を素手で止めている自分と、驚愕した魔族の姿があった。
「あ・・・れ?」
 アザミは声を絞りながら出した。かなり納得していない様子である。スグリはやれやれと溜息を漏らすと、アザミの方へゆっくりと歩み寄りながら棒読みで答えた。
「体中の細胞にスズナの記憶を組み込ませた。そのおかげで、お前の筋肉と運動・反射神経はスズナと同等の能力を得ている。分かったか。」
 スグリはアザミの一b前で止まると、手を前にかざしてシールドを張る。
「それは、スズナの戦闘パターンを会得したのと同じ。憧れの曽祖父の実力と、私の言葉を信じてさっさと殺ってしまわれよ。」
 スグリがそう言うと、アザミの顔が少しずつだが自信に満ちてくる。(これぞ憧れの力)そして一度大きな深呼吸をすると、相手をきっと睨み、剣を引っ張った。
「「う・・・っ」」
 自分の弱さに自問自答していた魔族は、いきなりの攻撃に少し体制を崩す。踏みとどまるまでの相手の気がそげた一瞬を狙って、アザミは相手の懐にもぐりこみ、右手で相手の胸部の中心を思いきり突き上げた。アザミの指の爪は鋼のように黒く、針のように鋭く伸びており、胸部への突きは音速のように素早く、気を集中させた右手は何者にも勝る強さを誇っている。そんなアザミの右手は相手の背中を貫いた。血があたり一面に飛び散る。アザミは予定のものを鷲掴みにすると、思いきり引きちぎり高々とかざした。手には相手のどす黒い心臓が、血を噴出しながら痙攣している。
「「が・・・ぁぁぁ・・・・」」
「もうこれ以上、僕達の領土を侵さないって誓う?」
 アザミは相手の返り血を大量に浴びながら、相手の意を探る。
「「う、る・・・さい!!」」
 どうやら意向にそぐわなかったようだ。魔族は余力で剣を振りかざし、アザミの背中めがけて思いきり突いた。だが、剣がアザミに触れる瞬間にスグリの魔法によって阻まれ、攻撃は未遂に終わる。
「それじゃあさよならだ。魔族の長に伝えて?僕達の答えは、いつもノーだからって。」
 アザミは形だけ悲しい表情を浮かべながら、魔族の心臓を握りつぶした。それと同時に、体は粒子のようにばらばらに飛び散り、心臓は灰になって風に流される。そして、魔族の最後の言葉である"念"だけが二人の(特にアザミの)頭の中に深く刻まれた。
『必ずお前らの領土と命を狙ってやる』

 昨日の惨劇が嘘のように晴れ渡った次の日。朝日といつもの日課であるタイムの声で、アザミは目を覚ました。昨日の晩、唯一シールドのおかげで返り血を浴びなかったスグリは、混乱を防ぐためにまだ気絶しているタイムの脳から魔族たちの記憶を消し去り、レモングラスとの会話をあやふやな状態に施した。そして催眠の魔法をかけると、タイムの寝室のベッドへと転送する。
「後は頼んだ。私は疲れたから寝る。」
 そう言い残して、スグリはゆっくりと目を瞑った。すると、みるみる眉間のしわが無くなり、アザミのいらつく要因となるあの笑顔が戻ってくる。アザミは生唾を飲みながら一部始終を見ており、レモングラスの目が開いた瞬間、にっこりと微笑んで第一声。
「伝言で、屋敷内に飛び散った血を拭いておけ。だって☆」
 アザミは気が遠くなるのを覚えた。そして仕方が無いので今まで掃除をして、(なにせだだっ広い屋敷である。)つい先ほどまで夢の世界を満喫していたのだ。アザミの体はぼろぼろで、慣れないことをしたせいもあって疲れも取れず、体が動かない。けれどもタイムに変な心配をされたくなかったので、壁伝いに進みながら、自分の体に鞭打って廊下に出た。リビングに向かう途中、どたどたと騒音が聞こえたので前を見ると、いい年をした大人(もちろんレモングラスのことである。)が、子供のように無邪気にアザミのところまで走り寄ってくる。
「アザミ君!速く出発しようよ!!」
「出発するって、どこへ?」
「外の世界よ。」
 気配を察知して後ろを振り向くと、そこにはナイフを持ったタイムがやさしい笑顔をアザミに向けていた。
「母さん、レモングラスサンに感化されちゃってね。ほら、かわいい子には旅をさせろって言うでしょ?かなり速いけど、花嫁探しと称してレモングラスさんと外の世界を見てらっしゃい。」
 そういってアザミにナイフを手渡すと、アザミの感触を確かめるようにゆっくりと、長い時間抱いた。そして、レモングラスに「よろしくお願いします」と告げると、玄関へと二人を連れていった。
「母さん、どうしてそんな事言うの?僕は行かないよ!行きたくない!」
 玄関へ向かう広い廊下、アザミはタイムに背中を押されながらもナイフを突き返す。
「大体、どうしてこんな奴と一緒にいなきゃいけないのさ!?それに、母さんを一人にするなんて出来ない!」
 大きな扉の前にたどり着いたとき、アザミは強引にタイムを振り払った。その拍子にタイムは尻餅をつく。アザミは申し訳なさそうな顔をしながらも、ナイフをタイムの前に置いた。
「もしかして…僕のこと嫌いになった?僕がわがまま言うからいらなくなったの…?」
 目に大粒の涙をたたえながら、『決して泣くまい』と我慢するアザミを見て、タイムはゆっくりと起きあがり、大きく手を広げてアザミを優しく抱いた。タイムの甘い匂いが、アザミの心をを少しづつ落ち着かせる。
「母さんはね、あなたを危険に巻き込みたくないだけなの。今の御時世、何が起こっても不思議じゃないわ。たとえば、魔族に獣人界が乗っ取られてしまうとか…」
 アザミとレモングラスは体を震わせた。
「アザミは強いから、母さんを守ることが出来るわ。でもね、母さんはアザミを守ることが出来ない。母さんがアザミの足手まといになるのは嫌なの。」
 アザミは首を横に大きく振りながら、「そんなことない・・・」と何度もつぶやいた。タイムも目に涙をたたえながら、話を続ける。
「レモングラスさんは、アザミを守るだけの力があるわ。レモングラスさんと一緒に世界を周って、獣王として、母さんだけじゃなくて獣人全員を守れるくらい自分を鍛えて、強くなって帰ってきなさい。それまで…入れてあげないんだから。」
 タイムはそう言って強く抱きしめると、レモングラスに会釈をしてアザミを預ける。レモングラスは真顔でこくんとうなずくとタイムに何かを渡し、泣く寸前のアザミの手を引いて、彼らを今まさに祝福せんとする太陽が待っている『運命の』扉を開いた。

 つづく

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