ハーモニー2nd

出会い1 アザミ

中編

「ただいま…」
「どうもぉ。お邪魔しまーす。」
 アザミは首を垂れながら、レモングラスは意気揚揚と玄関の扉をあけた。そこには赤い絨毯がまっすぐに敷かれており、なんとも『領主の屋敷』の雰囲気をかもし出していた。
「ねえねえ、ご飯は!?ご飯どこ!?僕、お腹空いちゃった。ねぇ、坊や…」
「アザミ。」
「ねぇアザミ君、食堂どこ?」
 相変わらずの笑みが向けられ、アザミはいっそこいつを殺してしまおうかと幾度となく思った。しかし、この行動を何とか押さえ(かなりの限界がきていたのだが)リビングへと案内した。レモングラスがこげ茶色の大きな扉をあけると、細長いテーブルと威厳の漂う大きな肖像画が二人を最初に出迎えてくれた。入った瞬間、レモングラスは目の前に飾られている金色の額に召された獣人から眼を離さなかった。顔つきも真剣で、どこかスグリを思わすような感じがするとアザミは思った。
「これは…ご先祖の方?」
「ひいおじいちゃんだよ。」
アザミは得意げに答えた。
「ひいおじいちゃんは、獣族の中で一番強くてかっこよかったんだ。すごく頭がよくて、明るくて…すっごいだろう!?」
「威厳の中に、やさしさが見えるね。きっと、とても気さくで家族思いな方だったんだね。アザミ君なら絶対なれるよ。」
「おまえに言われてもうれしくないけど…まぁいいや。」
 レモングラスの突っ込みを無視して、アザミは側のミニテーブルの上に置いてある呼び鈴を手に取り、鳴らした。この世のものとは思えないほどの、澄んだ美しい音色が部屋中に響く。レモングラスは、興味津々にあたりを見まわした。しばらくすると、反対側のドアからタイムが紅茶とケーキを持って入ってきた。
「あら、アザミ。ちゃんとお客様には席を勧めないといけないって教えたでしょう?すみません、気の利かない子で…」
「あ、お気になさらず。僕が好きで立っていたようなものですから…」
「母さん、紅茶が冷めちゃうよ。」
 アザミの一言でタイムが我に返ると、レモングラスに席を勧め、二人にケーキの盛った皿を渡した。皿の上には、一口大のケーキが5、6個並べられていた。二人は丁寧に『いただきます』というと、一気に口の中に流し込んでしまい、皿まで食べてしまいそうな勢いでぺろりと平らげてしまったのである。 タイムは堪えきれずに顔を隠して笑っていた。二人は顔を見合わせ、お互いの空っぽの皿を見た。そしてようやく笑いの意味を理解すると、レモングラスは大いに笑い、アザミはふてくされた顔をした。そんなこんなで時間がたち夕飯時になる頃、レモングラスはタイムと仲良く語り、アザミはそれを見てまたふてくされていた。勝手にタイムを奪ったレモングラスと、それにつられて盛りあがって、なかなか話しかけてくれないタイムに怒りを覚えながら、一人歴史の本を読んでいた。
「アザミ、喜びなさい。今日レモングラスさんが泊まってくださるそうよ。いろんなことを、沢山教えてもらいなさいね。」
 もう何冊目になるだろう…アザミがちょうど一冊の本を読み終わったとき、タイムが笑顔で話しかけてきた。その態度がなんとなく気に入らなくて、アザミは側に転がった歴史の本たちを重ねて持ち上げると、タイムの問いかけを無視して自室へ戻ろうとした。
「アザミ、聞いてるの?」
 ノブに手をかけたとき、タイムがまた問いかけてきた。アザミは振り返らずに答える。
「話に没頭する暇があったら、晩御飯早く作ってよ。お腹すいた。」
 そういうと、アザミは扉をあけて勢いよく扉を閉めた。タイムはアザミの態度を理解できぬまま、とにかく晩御飯の仕度をするためにもと来た道を帰る。レモングラスは、悲しげな表情を浮かべながらアザミの後を追った。
 アザミの部屋には、何もかもが揃っていた。洒落たシャンデリア、大きなベッド、おもちゃ、本、仕掛け時計…初めて見た人なら、『恵まれている』と誰もが思う光景である。しかし、部屋のいたるところにはセンサーが取り付けられており、窓も鉄格子で閉ざされていた。
「悲しいね…」
 証明の明かりもつけず、夕日の赤に照らされながらベッドに横たわるアザミを見て、レモングラスは涙を流した。
「泣きたいのは、こっちなんだぞ…。おまえが母さんを横取りするから、母さんもおまえの誘いにのるから。僕が寂しいのを知ってて、わざと…」
 そういうと、アザミは枕に顔をうずめた。体が小刻みに震える。レモングラスは、袖から月光のように輝く小瓶を取ると、何かを言いながらゆっくりと蓋を空けた。すると辺りがまばゆい光に包まれ、背景が変わり、二人はいつのまにか初めて出会ったサバンナに立っていた。
「ここは…」
 事態をよく理解していないアザミは、涙で濡れた頬をぬぐいながら辺りの匂いをかいだ。なぜか、自分の部屋の匂いがする。アザミは混乱し、レモングラスに訳を聞こうと彼のほうを向いた。レモングラスは、今まで手にしていなかったパステルイエローのハープを足に抱えている。そして、それをやさしく包み込むように支えると、ゆっくりと奏でだした。悲しそうなメロディー、けれども愛してしまうような曲だった。まるで、自分を暖かく包み込んでくれる母のような感覚をアザミはこの曲に見出した。
「人の気持ちなんて、本当は誰にもわからないんだ。」
 ある程度弾き終わったのか、レモングラスはアザミを見ながら話し出した。
「自分が相手にこうしてほしい。と願っていても、相手には表情しか読み取れないから判断に苦労するんだ。そして、もし期待通りの答えをだしてあげられなかったら…と心配する。それなら、相手が答えを見つけるまでそっとしておこうという考えがまとまって、手を離してしまう。自分が変なことに巻き込まれないという保証はないからね。」
 アザミはちょこんと座り、レモングラスの話に耳を傾けた。座ったところは特等席と同じ感触だった。曲を聞いていたせいもあって、アザミは少しづつ落ち着きを取り戻しつつある。
「結局、人は自分で相手に気持ちを伝えなきゃいけない。一人にしてほしくなかったら、一人にしないでと主張しなきゃいけない。君なら言えるよね。君のお母さんがお父さんに言えたように、『寂しいから、相手して。』って。ね?」
「母さんも、こんな気持ちを体験したの?」
 アザミはもっと話を聞きたくて、レモングラスのほうに駆け寄り、隣に座った。レモングラスはやさしく微笑むと、ハープの弦を一気に鳴らした。
「さあね☆☆」
 舌を出し、頬に人差し指を当てたレモングラスを見て、裕に三本ほどアザミの血管はブチ切れただろう。今までの鬱憤を発散するかのように猛然と殴りかかった。しかし、レモングラスはアザミのパンチを軽々と受け取ると、その手をすっと後ろ引いて優しく抱きかかえた。
「ここで発散したらまずいから、もうちょっと我慢してね。」
アザミの耳元でレモングラスがささやいたと思うと、アザミの体を軽々しく持ち上げて肩に担いだ。
「下ろせよ!下ろせっつってんだろ!?」
 アザミは必死に足をばたつかせる攻撃にでたが効かず、レモングラスは暴れるアザミを片手で担ぎ、また何か小言を言った。するとサバンナは消え、元のアザミの部屋に戻った。レモングラスはそのまま廊下へと直行し、リビングとは逆方向の玄関のほうへとすたすた歩いていく。アザミの抗議の声が、廊下に空しく響いた。
 時を同じくして、ここはアザミの家の前。日はすっかりと陰っており、あたりは真っ暗である。しかし、その中に目をぎらぎらと光らせた何者かが数人ほど、アザミの家めがけて走ってきていた。皆がみな黒服をまとい、手にはくないとマシンガンがそれぞれ所持されている。7人ほどだろうか。ある程度人が集まったころあいを見計らって、一人が扉を爆弾で爆破し中へと駆け行った。それに続いて仲間も入っていく。
「夜勤、本当にご苦労様ですね。給料は儲かりますか?」
全員が玄関の広間に入りきったと同時に、どこからともなくレモングラスの声が響いた。黒服達はまだ爆風が収まらない中、自分の背後を狙われないようにとあたりを警戒する。ある程度視界がよくなると、黒服達は声の主を探すためにあたりを見回した。
「ここだよ☆」
 背後からの声に黒服達がいっせいに回れ右をすると、そこにはレモングラスと、タイムと、手足の枷がはずされ、目が金色に輝いたいつもと違うアザミがいた。
「あなた達のお名前と種族は?」
「貴様ら下賎などに名乗る必要はない。」
「ここは仮にも獣王の屋敷だよ?名乗っといたほうがいいんじゃないかなぁ。末代までの恥になるかもね。」
「うっ・・・・」
 少しはプライドか何かがあったのだろう。レモングラスの言葉にたじろいだ黒服は、どもりながら自分の名前を言った。
「・・・い、イズマ。人間だ。」
「ハイ、よく出来ました。続いて…そこの左斜め後ろの方。どうぞ?」
 レモングラスのペースに見事にはまっていく黒服たちを見ながら、タイムは変貌したアザミの方に手を置いた。いくら少し前にレモングラスから『アザミ君を守るために、覚醒させても良いですか?』と頼まれてハイと返事をしたとはいえ、自分の予想以上に変わってしまったアザミを目の当たりにするとかなりの後悔が押し寄せてくる。「ごめんね…」と心で何度も呟きながら、タイムは静かに涙を流した。
「これで全部なのかな?」
 レモングラスの間延びした声に、タイムは我に返った。イズマ達は各自うなずいている。
「みんな人間ばっかりなんだ。僕もね、人間なんだよ?」
 レモングラスはひまわりのような笑顔を向ける。イズマ達も、つられて笑った。
「でも、不法侵入者にはかわりないからね。皆さん、現獣王からの鉄槌を受けてください!さようならぁ〜」
 そう言うと、レモングラスはアザミの背中を軽く押した。すると、今まで身動きひとつ見せなかったアザミが咆哮し、彼らに襲いかかっていった。
「アザミ!」
 タイムは叫んだ。そして、懇願するようにレモングラスを見る。当の本人といえば、しゃがみこんで耳をふさぎ、目を力一杯につむりながらキャーキャー叫んでいた。タイムは呆気にとられ、気が抜けたと同時に失神してしまった。一方レモングラスの魔の手に苛まれてしまったイズマ達はと言うと、アザミによるいきなりの攻撃に、お約束通りにぼこぼこにされてしまい端に追いやられてしまった。登場時間約5分・・・合掌。
「・・・っあぁぁぁ…何かすっきりした。」
 イズマ達を倒して、アザミは籠から出してもらった動物のようにゆっくりと伸びをした。心なしか、肌がつやつやとしている。レモングラスは、タイムを抱いてアザミの傍にやってきた。
「お疲れ様、アザミ君。お母さんを守るために戦う姿、すばらしかったよ!僕感動しちゃった。」
「お前、絶対嘘ついてるだろう。お前には怨みつらみが溜まってるから本当は今すぐにシバいてやりたいが、すごく疲れたから今日はパスだ。」
「んー…すごい事言われたみたいだけど、とりあえずありがとう☆」
 そう言うとすぐに、レモングラスは顔を強張らせて辺りを睨んだ。そしてアザミにタイムを預けると、腕に隠していた聖水瓶を取り出して赤い絨毯めがけて勢いよく放り投げた。一瞬だが、何かが聖水をよけるように動く。
「いいかげん出てきたらどうなの?ゴキブリみたいにこそこそするのは、魔族の悪い癖だよ。」
 何もない空間に、レモングラスは話しかける。アザミは不審に思い、タイムを物置の中に隠すとレモングラスの後ろについた。
「人間風情が、よく私の居場所を当てられたものだ。」
 イズマ達とは違う、複音が混ざったような声が聞こえたと思うと、二人の目の前に小さな時空間が現れ、それが黒い羽を生やし、足が魚の尾の形をしているなんともアンバランスな形をしたヒトへと変化した。レモングラスの額にも深々としわが寄り、眼が細まる。
「まあ、それも偶然の産物に過ぎない。大人しく我が魔族の栄光の糧となってもらおうか。」
「馬鹿げたことを…お主のような下等魔族の気配など、わからいでか。」
「何…?下等魔族だと!?」
 魔族が不振な顔をし、レモングラスを睨んだ。レモングラス(もといスグリ)が、相手をさけずむように目を細める。
「そなたのような禍禍しい姿など、魔族にも値せぬわ。むしろ恥さらしであろう?」
「黙って聞いていればふざけた事を!!くらえ、フロスティ・サンダー!!」
『力ある言葉』を魔族が放つと、雷をまとった氷の槍が四方から出現し、スグリめがけて間髪を入れず突き刺さった。

つづく

                      
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