ハーモニー

 地球にあるわずかな時空のひずみの中に存在する異世界。ここでは、人類、獣人、精霊、海人、アンドロイド、魔族など、ありとあらゆる種族が存在していた。皆がみな、それぞれを尊重し、独自のものを活かした。器用な人類はアンドロイドを修理し、アンドロイドは獣人に武器を与え、獣人は精霊に豊かな土地を提供した。精霊はあらゆる気候を操り、海人は魔族に生気を分け与え、魔族は人類に知恵を授けた。しかし、いつまでもこの緩やかな時間は続かない。知恵を持ちすぎた人類が、すべての種族を見下し、さけずむようになり、あげくには自分たちの領土を拡張して権力を誇示すべく、他種族の領土を侵すようになった。人類に対して一番立場の弱かったアンドロイドが手中に落ちたことをきっかけに、人々は次々と侵略を開始した。そして、一番位高き魔族にも牙をむけたのである。

「この失態、どうするおつもりかしら?」
 魔界の中心部に高々とそびえたつサタンの城。その頂上階に位置する神の間で、魔王の妻"サルビナ"は皆に聞こえるような声で嫌味たらしく尋ねた。玉座に座る魔王"スグリ"は、いぶかしげにサルビナを見る。
「今や、他の種族はパニックを起こしていますわ。もう"人類を滅ぼす"ほかに方法はくってよ。」
「殺生だけはいけない。たとえ私たちに歯向かっていても、人類は一番寿命の短い種族のだ。それに、一度でも人を殺してしまえばそれが引き金になって戦争になり兼ねない。こうなってしまえば、今までの調和が乱れ、種族が滅ぶおろかこの世界ごと混沌の闇に消えてしまうのだぞ。」
「では、人類をこのまま野放しにしろとおっしゃって?人類に知恵を与えているのはあなたなのですよ。あなたは私たちを見殺しにするおつもり?」
「そうではない。確かに、人類に知恵を与えたのは私だ。しかしこのような知恵を授けた覚えがない。与えてしまった知恵は消すことができない。しかし、新たに知恵を与えれば…」
 スグリの言葉を、サルビナの笑い声が断ち切った。
「やめてくださらない?そのような片腹が痛くなるような思想は。いつまでもそのような考えでいるから、飼い犬に手を噛まれることになるのよ。」
 スグリの眉が上がる。それにかまわず、サルビナは話を続けた。
「あなたのおかげで、狭苦しい土地と堅苦しい法律を手に入れたわ。でもね、そんなのもらっても嬉しくないの。分かる?今まで自由に生き血を飲めたのよ。いらないモノだって自由に壊せたわ。それなのに、すべてに制限がついたあげく、下等でひ弱なモノ達と肩身を寄せ合って生活しなければならないなんて…!」
「いいかげんにしないか!!」
 スグリは玉座から立ち上がり、サルビナのほうへ歩み寄った。
「今まで何事もなく生活できたのは誰のおかげだと思っている。」
「誰も、平和なんて望んでいませんわ。」
 スグリが一瞬たじろぐ。それを見たサルビナは、嬉々とした表情でスグリの頬に手を伸ばした。
「理性が抑えていても、本能の欲求にはかなわないもの。あなたも魔王のはしくれですもの、分かりますよね?」
「魔族は『殺戮の種族』と呼ばれているからな。しかし…」
「だから、今の世界が嫌なわけ。だから、壊すの…!」
 サルビナのつめが伸びて、スグリの頚動脈を掻っ切った。首からは魔族独特の赤黒い血が吹き出る。スグリは少しよろめきながらもサルビナをにらんだ。
「な、何をする!?」
「言ったでしょう?『壊す』って。」
 サルビナは容赦なく引っ掻き回した。スグリの服はぼろぼろになり、いたるところから血が滲む。スグリは『回復の呪文』を唱えるが、傷は癒えるどころかどんどん悪化してしまう。
「無駄なあがきはおよしなさい。私のシナリオどおりに事が運んでもらわないと困るのよ。」
 スグリは口をつぐのだ。
「冥土の土産に、私のシナリオでも聞かせてあげる。あなたは、全ての魔族に対して詫びる形で自殺をするの。そして、死に際に偶然あなたを発見した私に遺言を託すのよ。『この世界を…魔族のものに…』って。『全ての権限を、息子ローズのものに…』ってね!」
 スグリは答えない。ただ、サルビナを睨むだけである。
「安心して、殺すのはあなただけではないの。あなたが消えたら、すぐ他の種族の長もあなたの後を追わせるわ。みんなで仲良くこの世界のすばらしい変貌を眺めていてちょうだい。」
「そんなことは…させんぞ!」
 スグリの咆哮に、サルビナは飛ばされ壁に打ち付けられる。サルビナが少しよろめいたスグリは左手から魔剣を取り出すと、立ち上がろうとしているサルビナのみぞおちめがけて切りかかった。
「ぐ…っ」
急所ははずれたが、サルビナの腹にふかぶかと突き刺さる。
「こ、の…虫けらが!!!」
 サルビナの怒りが頂点に達した。手を天にかざすと、両側から黒竜と赤竜が現れてスグリを睨む。
「灰にしておしまい!!」
 サルビナの声に反応して、竜たちが炎を吐く。炎はスグリを取りまいた。
「「ぐわああああ」」
 炎にもだえるスグリを見て、サルビナは不敵な笑みを浮かべる。『このままではやられる』と思ったスグリは、今までに唱えていた『転生の法』を発動させた。その刹那、眩い光が部屋を包む。サルビナは目がくらんだ。光がおちつき目が慣れてくると、サルビナはスグリのいた場所をみた。そこには、あるべき『魔王の灰』はなく、何事もなかったかのような静寂があった。一瞬驚いたサルビナだったが、事態を察すると高らかに笑い出した。
「無駄な足掻きだこと。あのような魔法を使ったとしても、所詮は人間にしか転生できいのに。ま、あなたの茶番に付き合ってあげる…」
 そういうと、サルビナは床に倒れこんだ。

時を同じくして、人間界の五本の指に入るくらいの大貴族に長子が誕生した。名は、"レモングラス"。スグリは、サルビナへの復讐を誓いながらこの子に自分の魂を宿す。いつか来る、種族の平和を夢見ながら…
そして…戦いが始まる…


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