マウントガンビア高校との交流

TAKARAZUKA WEST HIGH SCHOOL
HYOGO JAPAN

 


南オーストラリア州
マウントガンビア短期留学を終えて

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 8月3日〜17日の日程で5年ほど前から姉妹校提携を結んでいる南オーストラリア州マウントガンビア高校へ4名の生徒達を引率して訪れた。関西国際空港を飛び立って約17時間、途中シンガポールとアデレードをを経由し、アデレードでは20人乗りの小型機に機長、副機長と他の乗客3名。つまりは10名で1時間足らずの空の旅をして牧場・放牧地や自然に囲まれたマウントガンビア空港へ到着。飛行機を降りるとマウントガンビア高校のGarry Costello校長先生、数名の先生方と今回4名の本校生徒を受け入れてくださったホストファミリーの方々があたたかく迎えてくれた。その後、生徒達は1名ずつばらばらにホストファミリーと共にそれぞれの家庭へ。ホストファミリーの中には高校からは約50km離れた家庭もあると聞き、少し驚いたものの交通渋滞等無縁の為、登校に要する時間は約30分ほどと知り、そんなものなのかと安心。到着が土曜日で2日間生徒達とは合わないが、「なにかあればすぐに私に連絡をして欲しい」と先生方にも連絡をして生徒達と別れた。

photo2 現地到着3日日、6日朝マウントガンビア高校で生徒達を持っていると、ホストファミリーの生徒と共にそれぞれが元気に登校してきた。週末の2日間の様子を間いてみると各家庭で心配りして頂き、楽しく過ごせたようで嬉しかった。地元の観光地に連れて行ってもらったり、ファームで楽しくホストファミリーと過ごしたり等、中にはナラコート洞窟(Naracoorte Caves)という100kmほど離れたビクトリア州との境まで連れて行って頂いた者もいた。いよいよ今日から授業に出席、最初に4人の為だけに用意して頂いた「英語」の授業を受けてから、「日本語」の授業に参加協力し、適当な時間に、課題としていた「日本文化紹介」も行うことになる。勿論その後はホストファミリーの生徒と共に他の授業にも参加する。そんな中で感心したのは「高校生は順応性が高い」ということ。出発前に数日間、Casey先生とNick先生に協力をお願いして多少の準備はしていたとは言え、不安だらけの英語(日本語?ジェスチャー?)で実に楽しそうにコミュニケーションしながら、「1人対1人」から「4人対4人」、そしてその友人達へと輪が広がっていくからだ。「うまくいったこと」「うまくいかなかったこと」「理解」も「誤解」もよい経験になると思うが、先ずはこの積極性が必要だからだ。

 私もJONAS DAWSON先生のお宅にホームステイしながら、毎朝引率した生徒達と顔を合わせてから、「英語」の授業や「日本語」の授業を見学し、その後は生徒達とは別に色々な授業を参観、LEARNING EXPO (マウントガンビア高校の授業研究・成果の2日間に渡る発表会。南オーストラリア州とビクトリア州より20数名の先生が参加)及び幾つかの授業に飛び入り参加等させて頂いた。加えて、職員会議やその後のグラント高校等の先生方との交流にも参加させて頂いた。

 現地到着4日日、7日は朝礼の中でフランス、イタリア、ドイツ、アメリカからの長期・短期留学生達と共に、8年生(year8:日本の中学2年生)から12年生(year12: 日本の高校3年生)全校生徒(約1000名)の前で紹介を受け、本校生徒代表1名と共に私は挨拶をする機会も与えて頂いた。その後は変則時間帯で前日同様、授業に出席し、
翌日8日は平常の時間帯で1日を過ごす。勿論4名の生徒達はそれぞれホストファミリーになっている生徒達と共に放課後は街の中心部で買い物等、思い思いに過ごしていたらしい。photo2

 現地到着6日目と7日目の2日間は、他の国々からの留学生とそのホストファミリーになっているマウントガンビアの生徒数名を加えて20名余りでスクールバスを使って遠足に出かけた。9日はブルーレイク(Blue Lake)、アンファースとン・シンクホール(Umpherston Sinkhole)、百年記念祭の塔(Centenary Tower)を巡る市内観光に加えてマクドネル港(PortMacDonnell)やプリンセス・マーガレット・ローズ洞窟(Princess Margaret Rose Cave)を訪れ、昼食はマクドネル港の古い燈台の近くでのフフィッシュ・アンド・チップス(fish-and-chips)だった。10日は近郊の小さな町に加え、内陸部を走りながら、高さが35mもある風車が何百基も数十キロにわたって立ち並ぶカナンダ風力発電場(?)(Canunda Wind Farm)と警察の訓練施設も兼ねた野外活動のできるNoorla yo Long という場所で木と木の間に張られたロープを綱渡りする(High ropes)やバーベキュー(BBQ,barbie)を楽しんだ。両日とも雨が降ったり、止んだりで、風は台風並みに強く吹いていたが特に生憎の天気というほどではないらしい。そんな中でも、4名の生徒達はイタリアや他の国々の留学生達とも話をしたり、住所交換等をしていた。
 2度日の週末も各ホストファミリーとフットボールの試合やワイン醸造所(winery)見学に連れて行ってもらったりしながら、交流を深め、充実したホームステイ生活を送っていたようだ。

 現地到着11日目、13日は平常の時間帯で1日を過ごし、10時30分までの共通の授業以降は、15時20分までそれぞれがホストファミリーになっている生徒と共に色々な授業を体験した。最終日翌14日には、レッスン4を抜けて歩いて官庁街(civic centre)へ向かい、Steven Perryman市長を表敬訪問し、昼食会に招いて頂いたりと貴重な経験(同日地方局Win TV でその模様は放送された)もさせて頂き、忘れられないものとなった。また、18時より管理練(administration building)の部屋を使って、校長先生やお世話になった先生方、各ホストファミリーと共に、学校で準備していただいたオーストラリアの家庭の味BBQと各家庭からサラダ、デザートやオーストラリアのお菓子ラミントン(lamington)等を持ち寄っての「サヨナラ・パーティー(farewell party)」が開かれた。各ホストファミリー初め、交換留学生等担当のTravis Clarke先生、「日本語」を担当されているScott Durand とAlexandra Mertinの2名の先生方、私がホームステイさせて頂いたJONAS DAWSON先生には特にお世話になり、心から感謝している。

 15日朝、ホストファミリーに空港で別れを告げ、アデレードへ。到着後半日余りをかけてアデレード大学、州議事堂(Parliament House)、南オーストラリア美術館セントピーターズ教会(St.Peter's Cathedral)、州立図書館等を巡る市内観光をし、途中135年もの歴史を持つ市民の台所であるセントラルマーケット、老舗ヘイグスチョコレート(Haigh's Chocolates)のビジター・センター、アデレードの建設者であるウィリアム・ライト大佐の銅像のあるライト展望台(Light vision)等に立ち寄った。17時には飲食店以外の店は閉まるということでそれまでに買い物を済ませ、メルキュール・グロブナー・ホテル(Mercure Grosvenor Hotel Adelaide)に戻った。

 翌16日9時20分、ホテルを出てアデレード空港へ向かう。アデレードを正午に出発してから約18時間、シンガポールに加え、バンコク経由で深夜便(red・eye)も使っての帰国。睡魔に襲われる中、乗り換えの度に繰り返し出される機内食に少々悩まされながら、17日早朝に関西国際空港に到着。4名の生徒達も迎えの家族の姿に漸く心の底からリラックスできた様子だった。マウントガンビア高校への短期留学が無事終了した。
 以上、2週間というとても短い期間ではあったが、4名の参加生徒たちにとって、オーストラリア人のオープンでフレンドリーな人柄ともてなしや生活(Aussie life)に触れることができた。また、異文化・多文化理解の大原則である「相手の立場になって考え、行動する」ということは、多少なりとも実践の中で身につき、見聞を広め、今後の一層の英語学習への刺激を与えてくれる、記憶に残る貴重な経験ができたものと確信している。

 南オースツラリア州マウントガンビア市について

 南オーストラリア州は日本の約3倍の面積に約150万人の人々が生活しており、流刑移民の歴史を持つ他の諸州と比較するとやや歴史は浅く、マウントガンビア(Mount Gambier)はアデレード(Adelaide)と全く異なり、アジア、アフリカ系の人々を日にすることは遥かに少なかった。約15km行くと海、冬でも青々とした草木や芝が途絶えることのない豊かな自然を活かし、農業、畜産業、製材業、製紙業に従事する人々が多く、マウントガンビア高校のすぐ近くにも製紙工場(paper mill)があった。
 東隣にあるビクトリア州(Victoria)やニュー・サウス・ウェールズ゙州(New South Wales)では雪が降るらしいが、雪は降らず、冬の平均気温は8°C〜16°Cで、朝雨が降っているかと思うと、昼には真っ青な青空が広がり、ぽかぽか陽気。
 「1日の間に四季がある」とでも言えばよいような天候であった。街から10分ほど車を走らせると広大な農場や自然が広がり、家畜の牛、羊、馬や野生のカンガルーに出くわす。街中の公園でさえボッサム等の動物が見られる。マウントガンビアは州2番目の大きな町で首都アデレードから車なら5時間弱、約450km南に位置する。ライムストーン・コースト(Limestone Coast)という地区に属し、石灰岩の大地で建物にも石灰岩を使った物も多く、石灰岩の大地が侵食されてできた洞窟や縦に侵食されてできた巨大な穴(sinkhole)があいたような地形も数多い。また、かつての火山のクレータも見られる。ブルーレイク・シティという愛称で呼ばれるマウントガンビアの南はずれには地下水が300km程流れ込んでできている美しい湖があり、この辺りの水源と成っている。「100年ぶりの大干ばつに見まわれているオーストラリア」と言われた今年でさえ、この辺りでは渇水の心配は全くなかった。帰路立ち寄ったアデレードは雨がほとんど降っていないということ、水源がマレー川(オーストラリア最長の川)ということでやはり水不足問題があった。

 マウントガンビア高校 短期留学中の平常時間割

  08:45〜09:00  登校・集合・連絡
  09:00〜10:30  Lesson 1 & 2
  10:30〜11:15  Lesson 3
  11:15〜11:40  休憩(Recess)
  11:40〜13:10  Lesson 4 & 5
  13:10〜13:50  昼食休憩
  13:50〜15:20  Lesson 6 &7
  15:20      下校


 
マウントガンビア高校とオーストラリアの教育制度

 オーストラリアの高校(12年間の学校教育の最後の5年間:Year8〜 Year12)では
、幅広い教育を受けることができる、マウントガンビア高校でもBirkinのスポーツカーを作っている授業も見学できた。地域によって若干の違いはあるらしいが、義務教育期間は西オーストラリア州を除いて、5歳から15歳までの10年間(タスマニア州は16歳まで)。義務教育最終年の10年生を終了した後、大学等に進学するにはさらに12年生まで2年間在学し、中等教育を卒業する必要がある。オーストラリアでは7年生から10年生までの4年間を前期中等教育、11年生から12年生までの2年間を後期中等教育と呼ぶ。ホームステイでお世話になった生徒達は1名の10年生以外、11年生で目的意識も高く、優秀な生徒達であった。通常、高校は4学期制であり、1月から新学年が始まる(訪れたときは3学期がスタートして第3週目)。高等学校入学試験(州によりHigh School Certificate,Tertiary Admission,Matriculation等と呼ばれる)の結果によって進学する教育機関が決定する。進学先はTAFE(Technical&FurtherEducation)、カレッジ(College)、大学(University)の3つに大別される。



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