学校の様子(港東小学校) |
港東尋常高等小学校(大震災実記より) |
(1)校区内羅災状況 |
部落
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戸数
|
人口
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児童
|
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戸数
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倒壊
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修繕
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人口
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死者
|
重傷者
|
軽傷者
|
男
|
女
|
計
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気比
|
191
|
162
|
27
|
1129
|
6
|
5
|
10
|
111
|
104
|
215
|
田結
|
83
|
82
|
1
|
494
|
7
|
9
|
37
|
40
|
39
|
79
|
畑上
|
59
|
34
|
25
|
317
|
0
|
0
|
0
|
31
|
30
|
61
|
三原
|
31
|
11
|
20
|
153
|
0
|
0
|
0
|
13
|
12
|
25
|
合計
|
364
|
289
|
73
|
2093
|
13
|
14
|
47
|
195
|
185
|
380
|
|
*気比の倒壊数外に、全焼2戸
*児童には、死亡及び負傷者なし。 |
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(2)児童羅災状況 |
項/学年
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尋1 |
尋2 |
尋3 |
尋4 |
尋5 |
尋6 |
高1 |
高2 |
計 |
住宅
|
全焼
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0
|
3
|
全壊
|
26
|
33
|
41
|
41
|
38
|
39
|
20
|
20
|
268
|
半壊
|
7
|
23
|
21
|
14
|
13
|
11
|
12
|
10
|
111
|
父又は母死亡
|
1
|
1
|
3
|
1
|
1
|
1
|
0
|
1
|
9
|
家族死亡
|
1
|
1
|
1
|
2
|
0
|
2
|
1
|
1
|
9
|
尊族死亡
|
4
|
1
|
2
|
3
|
2
|
4
|
3
|
1
|
20
|
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|
(3)職員羅災状況 |
住宅全壊 |
全壊:1名 準全壊:2名 |
住宅半壊 |
半壊:4名 |
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破損:2名 |
家族負傷 |
子供負傷:1名 |
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(4)授業の状況 |
ア.5月23日第4校時まで授業(但し、第4校時姶業より約10分にして震災) |
イ.5月25日より均同月31日迄臨時休業 |
ウ.6月1目以降、天神の森において林間学校開始(6月5日天幕配給) |
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(5)学校職員の活動 |
@ |
5月23日午前11時10分過ぎ、大地は振動し、学校校舎は動揺甚しく為に傾斜す。 職員は、この間沈着にして、而も勇敢、授業中の児童を全部外に出し、観音寺広揚(安全地帯)に避難せしめ、幸い1人だに負傷者も出さず。 |
A |
余震激しく、校舎半壊なりしも御真影、勅語、詔書謄本も持ち出し避難す。
直ちに人をして児童無事に避難し居る旨、保護者に通知す。 |
B |
気比部落家屋の倒壊多く、中にも2戸の全焼さえありて、負傷者も多し。依りて職員は、一方児童看護の任に当たりつつ、一方救援団を組織して、応急手当(当時村医不在にて医師なし)を凄す。
この間余震は絶えず襲来し、人心動揺し、中野には流行飛語ありて不安の念にからる。依りて、2名の教員をして港西、城崎方面の実情をさぐらしめ、駐在巡査と共に実情を報じて取り締まりをなす。 |
C |
午後2時頃、三原、畑上保護者、総代、児童迎えに来る。依って児童を託送す。
同2時半、田結部落児童保護者来る。途中の危険なることを聞き、部落担任教師等をして其の情況を視察に派遣し、やや落ち着きたる後、教師引率の下に保護者総代と共に児童を帰す。
時に午後3時過ぎ。 |
D |
気比部落児童は、沈火沈静になりて後、保護者の来るを待ちて一々引き渡す |
E |
児童を保護者に引き渡してより、直ちに臨時職員会議を開き次の事項を決議す。 |
ア |
御真 影泰安法(職員は部落民幹部、巡査、消防隊、青年団と協力。御真影奉安所を設置し、警備の任に当たる。) |
イ |
救護班の組織(一般罹災者の救援に尽くすこと。) |
ウ |
児童は、学校より通知あるまで、当分休校とす。 |
工 |
校舎は、村当局と熟議の上処置すること。 |
オ |
職員勤務(毎日出勤し、部落児童家庭に於ける情況を視察し、又は、校具の整理保管、一般民救護の任に当たる。) |
力 |
その他必要事項は、其の都度協議する。 |
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田結の民家
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学校職員の働きについて教訓とすべき活動が多く見られる。
まず、児竜を全員無事に避難させたことである。「観音寺広場に避難…」と@に記述があるが、日頃から、何処が安全か・何処に避難させることが最も良いのかを知っておく必要があろう。
次に、Aに記述されている「児竜全員無事に避難し居る旨、保護者に通知す。」であるが、まず子どもの安全を知らせることによって、保護者が落ち着いて様々な行動ができ、村全体の冷静さにっながったのではなかろうかと想像できる。
更に、児童の帰宅(下校)時に於いて2点の見習うべき行動があろうと思う。1点は、保護者への引き渡しがすでに当時からなされていたこである。また、この引き渡しが2〜3時間後に行われていることは、今後災害が起こった時に心しておく必要があるように考えられる。2点めに、保護者の通告によって、職員が通学路の安全を確認に行っていることである。この時は保護者の通告によってではあるが、各学校で作成している災害対応マニュアルには、通学路を中心とした校区の被災状況の把握を入れておく必要があるように思う。
また、職員会議において6点のことが議決されているが、このことを事前に協議し災害対応マニュアルに入れ、職員の周知を図っておくことが、発災時に落ちがなく落ち着いて行動できる事につながっていくのではなかろうかと考える。
最後に、村部の学校だからであろうが、村全体の支援者としての働きも重要なものとなってこよう。 |
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