「あれっ、まだおるやん!」春、真っ盛りの原っぱに繰(く)り出すと、もうとっくに行ってしまったと思っていたノビタキが、スイバの茎(くき)に掴(つか)まり風に揺(ゆ)れています。久しぶりにフィールドに足を向けた私を、待っていてくれたように思えて、なんだかうれしくなりました。
早ければ、3月の終わりから姿を見せるノビタキは、東南アジアなどの南の国から当地を通過して、本州中部以北や北海道の繁殖地(はんしょくち)を目指して北上する「旅鳥」と呼ばれる渡(わた)り鳥です。
原っぱや河川敷(かせんしき)、農耕地など、開けた場所の幾分(いくぶん)高いところから、虫などを探す姿はよく目立ち、渡りのピーク時には、一日に数羽のノビタキに出会うことも珍(めずら)しくありませんが、桜が散りしばらく経つと、申し合わせたようにパタッと見かけなくなります。
上の写真にある、黒いタキシードを着たような姿は、オスが春から夏にかけて身に纏(まと)う繁殖期特有の正装です。このオスは、くちばしを僅(わず)かに開き、ぶつぶつと念仏でも唱えるかのように、長く単調な節回しで鳴いています。おそらく繁殖地でメスに捧(ささ)げるラブソングの練習でもしているのでしょう。
オスがさえずる場所から、更(さら)に離(はな)れた田んぼの畦(あぜ)には、全体に淡(あわ)い色合いをしたメスの姿もありました。ノビタキが当地を通過していく時季には、陽は暖かくなり様々な花が咲(さ)きます。彼(かれ)らが春を運んでいるように思えて仕方がありません。
原っぱを後にして、次は山へ向かいました。標高800メートル付近の林道には、既(すで)に雪はありませんでしたが、下界に比べ木々の芽吹(めぶ)きはもう一歩です。そんな中、少し芽吹いたばかりのコナラの枝に、こんもりと緑の葉を茂(しげ)らせるヤドリギが異様に目立ちました。
山は春を迎(むか)えたばかりの様子で、野鳥たちのさえずりも僅かに聞こえる程度です。耳を澄(す)ませば、シジュウカラにキビタキ、サンショウクイ、
そして近くにオオルリの声・・・と思った瞬間(しゅんかん)、不意に声の主が姿を現しました。今年初めて目にするオオルリです。しかし、枝が幾重(いくえ)にも重なったその先では、曇(くも)りガラス越(ご)しに見るようなもの。
その後、谷へ姿を消したり、また現れたりを繰り返し、ようやく見通せる枝へとまってくれました。正面を向き、頭と肩(かた)に美しい瑠璃色(るりいろ)を覗(のぞ)かせています。このオオルリもまた、春にやって来る渡り鳥ですが、ノビタキと異なるのは、秋まで当地に留まり繁殖するところで、ツバメに代表されるこのような渡り鳥を「夏鳥」と呼びます。 |