菜食主義者 ?


 山の中腹にある池を覗(のぞ)くと、たくさんのイモリがうごめいていました。この池は淀(よど)んだ水が鏡のように、覆(おお)い被(かぶ)さる木々を映し出し、いかにもイモリが好みそうな環境(かんきょう)にあるので、いくらイモリがいても何の不思議もありません。ところが、その中の1匹(ぴき)が、何度か鼻先で水草を突(つつ)き、ついにはそれをくわえて食べ始めたではありませんか。

 イモリを飼った経験がある方なら、よくご存じかと思いますが、イモリのエサはオタマジャクシやミミズなどはもちろんのこと、観賞魚やカメ用の配合飼料や、煮干(にぼ)しまで何でもよく食べます。つまりイモリは完全な動物食なのです。そのイモリが水草を食べるなんて聞いたことがありません。

 引き続きこの不思議な水草を眺(なが)めていると、メスのイモリが近づいて来て、くるっと仰向(あおむ)けになり、両後脚(りょうあとあし)で水草を掴(つか)みました。これはイモリの産卵です。
 すると、そこにオスのイモリが現れて、産卵するメスに近づいたと思うと、あろうことか卵を食べ始めたではありませんか。そうです、イモリたちがこの水草に執着(しゅうちゃく)する訳は、葉を食べているのではなく、そこに産み付けられた卵が目的だったのです。

 オスは、産卵を終えたメスが去ってからも、執拗(しつよう)に葉を突き卵を食べていました。同種の卵を食べるなんて、人間の感覚では到底(とうてい)理解できませんが、イモリの他にも、魚や鳥にはこのようなことがしばしば起こります。「自然の営みは奥深(おくぶか)くミステリアスなもの」受け入れがたいこの行動にも、きっと何らかの理由があるはずだと自分を納得させました。
 池の周囲を歩いて回ると、ここでもそこでも、赤いお腹を上に向けているメスの姿が目に付きます。どうやらこの池では産卵のピークを迎(むか)えているようです。

 産卵しているのはイモリだけではありません。大人の握(にぎ)り拳(こぶし)ほどもある白い卵塊(らんかい)を、ウリハダカエデの枝先に付けたのは、モリアオガエルです。
 池の中にはメスのモリアオガエルが浮(う)かんでいました。ゆったりとくつろいでいるように見えますが、大きく膨(ふく)らんだお腹をご覧ください、これは、体内に水をたくさん取り込(こ)んで、産卵の準備をしているのです。この水は産卵の時に卵塊を泡立(あわだ)てるために使われます。

 周辺は、繁殖期(はんしょくき)を迎えて意気込む、オスの合唱に包まれています。辺りでこれだけ声が聞こえても、意外と、どこにいるのかわからないものです。水面に広がる波紋を手がかりに探すと、喉(のど)を大きくふくらませて鳴いているオスを見つけることができました。

 そのころ、水を取り込んでいたメスが、池の縁(ふち)に向かって動き出しました。メスが移動を始めるや否や、早速、オスが背中に飛びつき、カップルの誕生です。メスはオスを背負った状態で、木の幹を登り適当な枝先までたどり着き、夜には産卵を始めることでしょう。この時季、山の池では、次の世代に生命のバトンを渡(わた)す営みが脈々と続けられています。

文責 増田 克也



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