スギ林で修行中


 4月20日、午前6時、気温0度。4月下旬(げじゅん)としては寒い朝を迎(むか)えたこの日、すっかりしまい込(こ)んでいたダウンジャケットを引っ張り出し、山へ向かいました。目当ては、“夏鳥(なつどり)”と呼ばれる、日本で春から秋を過ごし繁殖(はんしょく)する、渡(わた)り鳥を観察するためです。
 到着(とうちゃく)した目的地は、時折、オオルリやキビタキ、クロツグミなどのさえずりが、控(ひか)え目に聞こえてくる程度です。まだ時期尚早(じきしょうそう)で、野鳥たちは歌のリハーサル中なのか、それとも、今朝の寒さで鳴りを潜(ひそ)めているのか、予想していたよりずっと静かな山中でした。

 そんな山道をトコトコと歩いていると、山側の斜面(しゃめん)に、この時季にしては鮮(あざ)やかな緑色が目に留まりました。そこには、誰(だれ)かがいたずらで、キャベツの葉でも置いたのかと思うほど、みずみずしい葉が地面から突(つ)き出しています。そして、注目すべきは葉の傍(かたわ)らにある、赤紫色(あかむらさきいろ)の丸いものです。

 「これは、ひょっとして!?」足がかりを探しながら、斜面をよじ登ると、やっぱりそうです。これはこの辺りで初めて見るザゼンソウでした。ザゼンソウの名前は、その独特な形が、お坊(ぼう)さんが座禅(ざぜん)を組んで修行をしているように見えることが由来で、但馬では3000株以上も自生する、ハチ北高原の群生地が有名です。それが、まさかこんなスギ林で見られるなんて、徳をしたと言うより、何やらキツネにつままれたような複雑な気分です。

 それにつけても、ザゼンソウは個性的な形をしています。調べると、まん中にあるパイナップル型のものが花の集合体で、このブツブツのひとつひとつが花だそうです。そして、花を包み込んだ、一見、花びらに見える赤紫色をした部分が、苞(ほう)と呼ばれる、葉が変化したものということです。
 周りにはには、この先、生長するであろう、葉や苞のようなものがあり、これからこの場所を通りかかるたびに注目したいと思います。

 面白い植物との出会いに気をよくして、足取りも軽く先に進むこと約30分、斜面の随分(ずいぶん)高い所にピンク色の小さな花がありました。双眼鏡(そうがんきょう)で見上げると、それはミヤマカタバミでした。
 ミヤマカタバミは、白いものが一般的(いっぱんてき)で、今年本校でも確認できましたが、これは珍(めずら)しいピンクのミヤマカタバミです。うつむき加減で閉じた花も、日の光を浴びて徐々(じょじょ)に開き始めることでしょう。

 ミヤマカタバミから目を外して、ふと、沢(さわ)が流れる谷筋に視線をやると、どうしたことでしょう、こんなところにもザゼンソウがあるじゃないですか。ふたつ並んで、こちらに背を向け立っています。
 谷を下り、そのひとつに腕(うで)を伸(の)ばして片手でシャッターを切り、カメラの液晶(えきしょう)モニターで確認すると、花の色がスギ林のものと違(ちが)って茶色をしていました。これは、まだ葉が広がっていない若い個体の特徴(とくちょう)なのでしょうか。
 他にも、変わり種の青いザゼンソウが、急な斜面に張り付くように、頭を斜(なな)めにもたげているのを発見するなど、この日はザゼンソウづくしの一日でした。

文責 増田 克也


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