山裾でお花見


 4月に入り、里の桜が8分咲(ぶざ)きを迎(むか)えた頃(ころ)、スギやヒノキが植えられた薄暗(うすぐら)い植林地の山裾(やますそ)に立ち寄りました。すると、ニョキッと茎(くき)を伸(の)ばし、先端(せんたん)にピンクのポンポンを付けたような、ショウジョウバカマが咲(さ)いています。顔を近づけて見ると、上の写真のようにいくつかの花が寄せ集まって、間もなく満開を迎える桜に負けないほど艶(あで)やかです。いったい、いくつの花が集まっているのでしょう。後ろに回り込んで数えると9つの花がひしめいていました。

 “ショウジョウバカマ”この舌を噛(か)みそうな長い名前の由来は、想像上の動物、ショウジョウの赤い顔を花の色に例え、また、放射状に広がった葉の形を袴(はかま)に見立てたことから来ています。
 その袴の先端に興味深いものを見つけました。では、真上から撮(と)ったこの写真を見てください。○の中に小さな葉がありますが、これは、不定芽(ふていが)と言われるもので、葉の先端から新しい芽を出しているのです。ショウジョウバカマは種で繁殖(はんしょく)する他に、親と同じ遺伝子を持ったクローンを葉の先に作り増えていきます。ショウジョウバカマの分身の術によるユニークな繁殖方法に、自然の不思議を感じます。

 ショウジョウバカマに導かれるように、林の奥(おく)に踏(ふ)み入ると、鱗(うろこ)の鎧(よろい)を身に着けた、珍獣(ちんじゅう)、センザンコウのようなシダ類の若芽が、地面から大きな拳(こぶし)を突(つ)き上げています。そのうち、固く握(にぎ)った拳をパァ〜と開いて緑の葉を広げることでしょう。

 足元では、直径1センチほどの小さな花がいくつも咲いていました。これは、咲いている場所と花の色が、そのまま名前になったとしか思えない、ヤマルリソウ(山瑠璃草)です。
 この花をじっと見ていると面白いことに気付きます。5枚の花びらの中には、またもや白い花びらのようなものが見て取れます。それに雄(お)しべや雌(め)しべが見あたらず、まるで、花を抽象化(ちゅうしょうか)したイラストか、おはじきのような雰囲気(ふんいき)を持っています。

 雄しべ、雌しべを探して、中心に空いた穴をのぞき込(こ)んでいると、葉の陰(かげ)から体長5ミリほどのクモがひょっこり姿を現しました。そのうち、お尻(しり)から3本の糸を出して、葉から葉へ渡(わた)しています。当の本人は真剣(しんけん)に取り組んでいるのでしょうが、足をばたつかせて移動する様は、空中遊泳でもしているかのようで微笑(ほほえ)ましいものでした。

 斜面(しゃめん)に2株見つけたのは、その存在をアピールするように、シャープな4つの花びらを、内側へ反っくり返らせた個性的な花を咲かせた、イカリソウです。僅(わず)かに見える中心の黄色い部分には、ラッパ状に広がった1本の雌しべと、一塊(ひとかたまり)になった黄色い雄しべが息づいていました。

 満開の桜の下で、ご馳走(ちそう)を広げてのお花見もよいものですが、こんな変哲もない山裾のお花見もそれなりに楽しめるものです。帰り際には、名前も知らないスミレが、薄暗い林に明かりを灯したように花開いていました。

文責 増田 克也



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