黄色い早咲きトリオ


 最高気温が20度に迫(せま)るような、暖かい日が続いた3月下旬(げじゅん)に降雪がありました。この日の寒さは、このまま春本番を迎(むか)えるのだろうと信じ込(こ)み、すっかり春モードになっていた心身に堪(こた)えるものでした。早朝の気温は2度、里の積雪は免(まのが)れたものの、本校の朝来山はうっすらと雪化粧(ゆきげしょう)をして、標高555メートルの雲海展望台付近まで白くなりました。

 朝来山の自然観察路、くまコースを登ると、雪はスギやヒノキの針葉樹に小麦粉でも振(ふ)りかけたように付いています。未だ裸(はだか)の落葉樹にはびっしりとこびり付き、黒々とした幹や枝の輪郭(りんかく)を浮(う)かび上がらせていました。

 ここは、本館や生活棟(せいかつとう)がある付近から比べると、格段に寒い朝来山の中腹です。おそらく気温は氷点下でしょう。そこに折からの風が吹(ふ)きつけ、容赦(ようしゃ)なく体感温度を下げにかかります。寒さを予想してジャンパーを2枚重ねで臨みましたが、手はかじかみ、身体の震(ふる)えを抑(おさ)えられません。しかし、これほど寒くてもそこは3月のこと、空を仰(あお)げば雪雲の切れ間から、青い欠片(かけら)が覗(のぞ)いていました。

 「空の他に春を感じるものはないだろうか・・・」辺りを散策すると、上の写真にある、クスノキ科のアブラチャンが、5oほどの小さな花を半開きにして、枝先で凍(い)てついています。別の枝には、一箇所(いっかしょ)に数個の花を付けて満開になっているものがありました。
 この花は、ひとつひとつを至近距離(しきんきょり)で観察するのもいいですが、2、3歩下がって見ると、枝のポンポンも愛らしく、また別の趣(おもむき)で楽しめます。私は更(さら)に離(はな)れて眺(なが)めるのがお気に入りです。小さな花が、夜空を飾(かざ)るスターダストか、たなびく春霞(はるがすみ)のようだ、と言えば少し大袈裟(おおげさ)でしょうか。

 先に進むと、またアブラチャンが・・・いいえ、これは雰囲気(ふんいき)こそアブラチャンにそっくりですが、花はずっと大きくボリュームがある、ダンコウバイです。ここでは、満開の花半開きのもの、そしてこれから開くつぼみが一本の木から観察できました。

 このダンコウバイとアブラチャンは、同じクスノキ科の仲間で、よく似た花を付けますが、その大きさに差があるため、見慣れれば間違(まちが)うことはありません。とは言うものの、「あれ、どっちだったかな?」なんて迷ってしまったときには、花を裏から見てください。花柄(かへい)と呼ばれる、花と枝をつなぐ部分があるのがアブラチャン。花柄がなく、花が直に枝へ付いているのがダンコウバイです。

 春早くに山へ入ると、舞妓(まいこ)さんが付けるかんざしのような花を、いくつもぶら下げた、キブシを見かけます。本校では、キャンプ場から朝来山の山頂付近まで、広い範囲(はんい)で見られる普通(ふつう)の木ですが、この時季ばかりは、独特な形の黄色い花がよく目立ち、改めてその存在を知ることになります。
 朝来山のキブシは、まだ開花前のつぼみで、枝に近いところは大きく膨(ふく)らみ、先に行くにつれて小さくなっています。このことから、花は枝に近い上から咲(さ)き始めることがわかります。
 今では花を観賞する他は、これと言って人と関わりのないキブシですが、昔には、果実はお歯黒の原料に、そして枝の中心にあるスポンジ状の随(ずい)は、ランプの芯(しん)や、子どものおもちゃとして用いられたと聞いています。

 この日は、ことのほか寒い朝でしたが、早咲きトリオの黄色い花が春を感じさせてくれました。下山の途中(とちゅう)には、一週間前まで固く閉ざされていた、フサザクラのつぼみもやんわりとほぐれ、間もなく山に赤の彩(いろど)りを添(そ)えることでしょう。本校の朝来山にある木々は、日一日と春の装いに変化しています。

文責 増田 克也



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