谷津田の春


 3月に入って、最高気温が20度を超(こ)える日が幾日(いくにち)かあり、辺りはすっかり春めいてきました。そこで本校の近くにある谷津田(やつだ)に足を向け、辺りを散策すると、どこかで見たことがあるような花が、一輪だけ開いていました。花びらを朝露(あさつゆ)で濡(ぬ)らし、やや控(ひか)え目に咲(さ)く姿は、つい先ほどから開き始めたのでしょうか。顔を近づけてのぞき込(こ)めば、朝日に透(す)けた花びらも美しく、1センチにも満たない道端(みちばた)の花でも、捨てたものではありません。
 さらに辺りを見回すと、こちらも半開きで先端(せんたん)に白い花を準備している野草があります。全体の雰囲気(ふんいき)から、ハコベの仲間ではないかと思います。

 谷津田の奥(おく)には、午前10時をまわっても光が届かない、湿(しめ)っぽく薄(うす)暗い場所があります。こんな所にも、春の訪れを告げる代表的な山菜のフキノトウが頭をもたげていました。上の写真にあるように、大小、ふたつ並んだ姿は微笑(ほほえ)ましく、思わずカメラを向けてしまいます。光が乏(とぼ)しい山裾(やますそ)なので、カバンに忍(しの)ばせた人工太陽、フラッシュをピッカリ光らせると、そこそこ春らしい色合いで写ってくれました。

 フキノトウを眺(なが)めながら、改めて考えると、これはフキの花なんですね。とりわけフキノトウという植物がある訳ではないのです。フキノトウの中心にある、丸くなった部分がつぼみで、これの先端が黄色っぽいのがオスの株、白いものがメスの株です。ですから、写真のフキノトウは、大小どちらもメスの株ということになります。

 フキノトウを後にして、谷津田のまん中を流れる川縁(かわぶち)を歩いてみました。ここにはオオイヌノフグリが、瑠璃色(るりいろ)の花をたくさん咲かせています。まだまだ、花の盛りとはいきませんが、この花が田んぼの畦(あぜ)や土手を覆(おお)い始めると、ぐっと春らしく感じられるので不思議です。

 そう言えば、一輪だけ咲いていたあの花は、オオイヌノフグリだったのでしょう。陽当たりなどの条件によって、開花するまでに、相当の時間差があるようです。

 川岸から青みが増し始めた空に向かって伸(の)びる、オニグルミの枝先を見れば、ヒツジやサルに似たいくつもの顔模様がついています。その下の段では、春の陽を満喫(まんきつ)するピエロが、両手を掲(かか)げ満面の笑みではしゃいでいました。
 

追 記

 数日後、写真を撮(と)ったフキノトウの様子を見に行くと、昨夜の強い雨に打たれて、多少うなだれていたものの、丈(たけ)をぐ〜んと伸ばし、文字どおり薹(とう)が立ったフキノトウになっていました。ここまで大きくなると、山菜としての価値はないので、もはや採る人はないでしょう。この先、花を咲かせて種を飛ばすまで観察したいものです。

文責 増田 克也
 



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