朝霧と小鳥の群れ


 秋の深まりに伴(ともな)い南但馬地方の朝は、深い霧(きり)に包まれることが多くなります。この日の朝も、すっぽりと霧が覆(おお)い、山も川も田んぼも白で埋(う)まり、土手に咲(さ)くセイタカアワダチソウの黄色い花だけが浮(う)き出して見えます。
 
 稲株(いなかぶ)が残る田んぼからは、ヒバリが奏(かな)でる時季外れのさえずりが聞こえてきます。どこにいるのか、もとより田んぼに馴染(なじ)む身体の模様に、霧がかかると、いくら目を凝(こ)らしても見付けられません。ヒバリがごそごそっと動き始めてようやく、こちらに背を向けた姿を捉(とら)えました。

 おぼろ月に見間違(みまちが)えるような太陽が放つ、霧のフィルターを透過(とうか)した淡(あわ)い光が、黒大豆の畑を包み、そこには、とっくに南へ旅立ったと思っていたノビタキが葉の上に乗っています。次に、パッと飛び立つと、近くの枯(か)れ草にとまり、じっくり姿を見せてくれました。

 風が流れ、周りの霧がいくらか消えると黒い田んぼが現れ、遠くに並ぶ民家が蜃気楼(しんきろう)のように見えます。景色は秋を一気に飛び越(こ)して、早くも冬の趣(おもむき)を呈(てい)しています。

 その時です、霧の中から小鳥の群れが現れ、二度三度と方向を変えて飛び、「チュクチュク」と高い声と共に再び霧に消えていきました。この群れは冬の渡(わた)り鳥、アトリです。
 アトリは、ロシアやシベリアなど北国の繁殖地(はんしょくち)から、越冬(えっとう)のために、遙々(はるばる)と海を越(こ)えて渡ってきます。日本へ渡ってきた当初は、山にいますが、そのうち農耕地や、河川敷(かせんしき)などの平地に下りてきて、植物の種や木の実などを食べ群れで冬を過ごします。当地では、アトリのことを“タマスズメと呼び、昔から親しまれている野鳥です。

 午前10時には霧が晴れ、改めてアトリを観察することにしました。群れはこの辺りで見るものとしては大きく、その数は概(おおむ)ね300羽程でしょうか。指揮を執(と)るリーダーがいるのか、高く舞(ま)い上がったと思えば、時には低く田んぼの近くを飛び、全体が一塊(ひとかたまり)で生き物のように移動する様子は迫力満点(はくりょくまんてん)です。

 群れが接近した時に写真を撮(と)ると、面白いことが見て取れます。アトリの飛び方はスズメのように常に羽ばたかず、羽ばたきと翼(つばさ)を閉じて降下を交互(こうご)に繰(く)り返す“波状飛行”をしています。また、太陽に向かって飛べば、陽に透(す)けた羽が輝(かがや)き、実に清々(すがすが)しいものです。

 アトリたちはパラパラと田んぼに降りてきて、食べ物を探しますが、敏感(びんかん)な一部のものが飛び立つと、それを合図に全体が「ドッ」と羽音を立てて飛び立ちます。その後アトリの群れは、田んぼに降りる素振(そぶり)りを見せては再び舞い上がり、右往左往を繰り返して全く落ち着きがありません。一体どうしたことでしょう。

 その訳がようやくわかりました。アトリを狙(ねら)ってハイタカが接近していたのです。ハイタカは、小鳥を捕(と)らえるタカの一種で、アトリにとっては恐(おそ)ろしい捕食者(ほしょくしゃ)です。
 ところが、このハイタカは、アトリを捕らえる前にハシボソガラスに追い立てられ、遠く東の山に消え去りました。今回は偶然(ぐうぜん)、難を逃(のが)れたアトリたちですが、いつなんどき危険が降りかからないとも限りません。アトリたちの越冬は、気が休まるときはなく、日々緊張(きんちょう)の連続です。


文責 増田 克也



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