受粉のために

 山間の谷筋に咲(さ)く赤紫(あかむらさき)の花。この特徴的(とくちょうてき)な形は、物覚えが良くない私でも忘れることはありません。これは殺人事件で一躍(いちやく)有名になった有毒植物(ゆうどくしょくぶつ)、トリカブトです。しかし、日本に自生するトリカブトの仲間は30種類以上もあるので、名前を調べるとなると簡単ではありません。今回のものは、葉の形などから西日本に多いとされる、サンヨウブシではないかと思われますがいかがでしょう。間違(まちが)っているようなら、ご指摘(してき)をいただければ幸いです。

 さて、トリカブトと言えば、やはり毒草のイメージが先行します。根や茎(くき)、葉に含(ふく)まれる毒(どく)は、植物の中でも最強の猛毒(もうどく)で、それは人間の致死量(ちしりょう)をはるかに超(こ)えているそうです。
 そんな猛毒のトリカブトの中にあって、この辺りで見かけるサンヨウブシは無毒と聞いていますが、果たして本当でしょうか? 身体を張って確認する気には到底(とうてい)なりませんので、個性的な花を眺(なが)めるだけにしています。

 まずは、全体を見回しました。すると、この株では、花が終わった後に残された、子房(しぼう)と呼ばれる種子を育む部分や、これから花を開かせるつぼみも見られます。次に、たくさん付いた花のひとつひとつに目を配ると、花の先端(せんたん)に変わった体勢でとまるアブがいました。不思議に思い近寄ると、5ミリにも満たない小さなクモがアブの頭を掴(つか)んでいます。蜜(みつ)を求めて来たところを捕(と)らえられたようです。

 それでは、開いた花をじっくりと見てみましょう。花の上部が帽子(ぼうし)のようになっていますね。昔の人も、これを神社の神主さんなどがかぶる、烏帽子(えぼし)という帽子に見立て、トリカブトの名前が付けられました。
 この帽子を含めた紫色(むらさきいろ)の部分は、花びらに見えますが、実は萼(がく)が変化したものです。では、花びらはどこにあるのでしょう。それは帽子の中に対になって隠(かく)れています。この奥(おく)まった花びらの更(さら)に奥には蜜があり、花を訪れた虫たちは、雄(お)しべや雌(め)しべがある場所を通過して花びらにたどり着くことで、知らず知らずのうちに受粉の役割を担っています。一見、奇妙(きみょう)に見える花の形も、うまく虫たちを誘導(ゆうどう)し受粉するために仕組まれた、トリカブトの巧(たく)みな作戦なのです。
 “トリカブト”名前を聞くだけで毒々しい印象が強い植物ですが、谷筋にひっそりと咲く一株のトリカブトに、思いがけないナイーブな一面を見たような気がしました。

文責 増田 克也



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