谷津田の桜

 先週まで咲き渋(しぶ)っていた桜が、一気に花開きました。加えて天気も良かったことから、週末はあちらこちらで花見に興じる人々の姿が見られました。

 上の写真は、但馬と丹波の国境、遠阪峠(とおざかとうげ)を源とする、柴川(しばがわ)に沿って植えられた桜に、本校の東に位置する粟鹿山(あわがやま)を入れて撮影してみました。
 この桜はソメイヨシノで、単に桜と言うとこの種を指すほど、現在、最も広く栽培(さいばい)され親しまれている品種です。ソメイヨシノの花を、一言で表すなら豪華絢爛(ごうかけんらん)。満開の花には、思わずござを敷(し)き弁当を広げたくなるような高揚感があるので、多くの人に人気があるのもよくわかります。

 私も、艶(あで)やかなソメイヨシノの花は大変好きですが、それとは趣(おもむき)が異なる桜を、以前から密かに楽しんでいます。今回はその桜を少しだけご紹介(しょうかい)したいと思います。

 本校からほど近い谷津田(やつだ)の奥に、ひっそりと佇(たたず)む一本の桜の木があります。何の変哲(へんてつ)もない桜ですが、うきうきと心が弾(はず)むソメイヨシノの花とは対照的に、眺(なが)めているだけで穏(おだ)やかな気分にさせてくれる不思議な魅力(みりょく)があります。

 これまで何の気なしに観賞していましたが、その樹形や花の色などからソメイヨシノではないことは明らかです。この機会に品種を調べてみることにしました。
 近づいて観察すると、慎(つつ)ましい淡(あわ)いピンク色の小さな花は大変風情があります。花びらを支える萼(がく)は星形に広がり、鋸歯(きょし)と呼ばれるギザギザが付いています。また萼筒(がくとう)が丸く膨(ふく)らんでいる点などをみると、この桜は長寿(ちょうじゅ)で巨木(きょぼく)になることで知られる、エドヒガンに間違(まちが)いないでしょう。

 このエドヒガンをよりよく観賞するには、適した時間帯があります。朝は逆光線に花が透(す)けて、あまり好ましくありません。対して、谷津田の奥に陽が届(とど)き、暗い針葉樹を背景に、桜の花が浮(う)かび上がって見える午後6時前後の数分間は最適です。

 このところ、この桜の周辺に変化が起きています。田んぼの中を通って桜の袂(たもと)まで進んでいく人。他府県ナンバーの車を並べてカメラを向ける写真愛好家。アシスタントを連れたプロカメラマンなど、様々な人がそれぞれの目的で訪れ、随分(ずいぶん)騒(さわ)がしくなってきました。

 この桜の魅力が人々を引きつけるのは当然の成り行きでしょうが、せっかく情緒(じょうちょ)溢(あふ)れる桜なので、この下でどんちゃん騒ぎの花見だけはご遠慮(えんりょ)願いたいものです。

文責 増田 克也



“自然のページ”のご意見ご感想をメールでお寄せください
Email mtajimashizen@pref.hyogo.lg.jp