生き延びてきた証


 本校の生活棟周辺には、コナラやアベマキ、クヌギといったドングリのなる木があります。そのいくつかからは、白く結晶(けっしょう)になるほど大量の樹液が出ており、辺りは甘酸(あまず)っぱい匂(にお)いが漂(ただよ)っています。

 その樹液を目当てに、6月下旬(げじゅん)から、度々、ドングリの木を訪れているのがオオムラサキです。オオムラサキは、日本を代表するチョウ、「国蝶(こくちょう)」に指定されるだけあって、同じタテハチョウ科の中でも大きく、近くを飛ぶと羽音が聞こえるほど立派なチョウです。また、羽の色も美しく、オスは表面が鮮(あざ)やかな青紫色(あおむらさきいろ)をしています。

 ところが、普段、樹液を吸っている時には、羽を閉じているのでこの美しい色は見ることができません。唯一(ゆいいつ)、食事中に、カナブンやアブなどの邪魔(じゃま)な虫が近寄ってきた時、羽で威嚇(いかく)する際に、一瞬(いっしゅん)開きます。ですから、場合によっては、じっと何十分も待たないと、青紫色を拝めないこともあります。

 8月も下旬になると、待ちに待って、やっと羽を広げる瞬間(しゅんかん)を撮影してもがっかりしてしまいます。それは、オオムラサキの羽が色あせて傷ついた“ボロ羽”になっていて、お世辞にも美しいとは言えないものばかりだからです。
 これには理由があります。オオムラサキは、6月から7月にかけてサナギからチョウへ羽化

   6月に撮影した、羽化していくらも経たないと思われる、色鮮やかなオオムラサキ  

し、その後、熾烈(しれつ)な縄張(なわば)り争いや、天敵からの攻撃(こうげき)をかいくぐり、8月を迎えたころにはボロ羽になってしまうという訳です。言うなれば、みすぼらしいボロ羽は、これまで精一杯(せいいっぱい)生き延びてきた証です。ですから、見た目に囚(とら)われず、しっかり記録することとしましょう。

 そんなことを思いながら、写真を撮っていると、近くの木にチョウが飛んできました。これはメスのオオムラサキです。メスにはオスのような美しい青紫色はありませんが、シックな色合いが味わい深く、また、体はオスより一回り大きいので迫力満点です。
 大きな腹部には、まもなく産卵する卵があるのでしょう。オオムラサキは産卵を終え、次の世代に命を引き継(つ)ぐと、やがて死んでしまいます。彼女の左羽にも、やはり生き延びてきた証が刻まれていました。

文責 増田 克也



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