春花のファンタジー


 ご馳走(ちそう)を食べた後は、お茶漬(づ)けをサラサラとやりたいように、きらびやかな桜の花が終わると、清楚(せいそ)な山野草の花が気になり始めます。そこで、本校のフィールド朝来山とその周辺に、春の花を探して歩きました。

 この時季、真っ先に目に付くのは、やっぱりスミレです。野草にしては大きめな花びらを眺(なが)めていると「あぁ、これがすみれ色なんだなぁ」と改めて感じます。スミレは種類が多く判別が難しいですが、写真のものは丸いハート形の葉っぱからして、タチツボスミレの仲間と思われます。

 すみれ色に負けないほど、鮮(あざ)やかな瑠璃色(るりいろ)の花をいくつも付けているのは、その名もヤマルリソウです。葉っぱを低く放射状に広げたロゼットと呼ばれる姿で、斜面(しゃめん)にたくさん花を咲かせると、暗い人工林に明かりが灯ったようです。

 ぐーんと茎(くき)を伸(の)ばした、ショウジョウバカマは、下から見上げると周りのヒノキと高さを競い合っているかのようです。咲き始めの短い茎も、花が終わりに近づくと長くなり、最終的には50センチ以上にもなります。これは風に乗せて種をより遠くまで散布させる、ショウジョウバカマの賢(かしこ)い作戦です。

 うす紫(むらさき)の幻想的(げんそうてき)な花をこちらに向けるのは、イカリソウです。以前、この花の名前を知ったころ、激しくそっくり返った4枚の花びらを見て、威嚇(いかく)されているように感じて「名前の由来は“怒(いか)り草”だろう」と勝手に想像していました。ところが実際は、花びらを船の錨(いかり)に見立てて“錨草(いかりそう)”ということです。この花を名付けた先人の感性に脱帽(だつぼう)しました。

 ヒノキ林の奥から流れ出る沢では、ワサビの白い花が揺(ゆ)れています。近くにわさび田はないので、おそらく自生しているものでしょう。4枚の白い花びらをのぞき込むと、チューブ入りの練りワサビでは味わえない、本ワサビ独特の甘(あま)みから湧(わ)き立つさわやかな辛(から)さを思い出しました。

 春にこの花を見ないと、何か忘れ物をしたようですっきりしません。朝来山のつづら折りを登ること40分、ようやくたどり着いたいつもの場所で、ミスミソウが白い花を見せてくれました。暗い山肌(やまはだ)に咲くミスミソウに、反射板で光を当てると、花は宙に浮(う)き上がり、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだようです。
 「ワーッ、キャー」いきなり黄色い声が山に響(ひび)き、現実に連れ戻(もど)されました。その歓声は、本校を入校訓練で訪れている高校生のグループが、登山道を下って来たのです。「おっちゃん、こんなとこで何しとん?」話しかけてきた生徒に、ミスミソウの小さな花をそっと指さすと、あちらも無言でうなずき納得した様子で下山していきました。

文責 増田 克也



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