過去ログ 2015年1月  2015年2年  2015年3月


No.0585 安全衛生委員会             2月27日 更新
  昨日、校医の先生方や薬剤師さん等に集まっていただき、本校の生徒や職員の健康、飲み水や教室の明るさ・二酸化炭素濃度などの安全衛生環境等について話し合う学校安全衛生委員会が開かれた。最も安全衛生面で心配のある校長(賞味期限の過ぎた菓子パンでも平気で食べる)が主催すると言うところが最大の心配点だが、それ以外の物理的な環境面は概ね大丈夫だ。大丈夫と言ってもまだまだ改善の余地はあるので、今後も引き続き生徒達が少しでも健康な環境で学べるようにして行きたい。物理的な環境以上に校長が心配なのは人間関係に悩む生徒の多さだ。特に1年生の保健室来室が多いのが気になる。これは毎年の傾向のようだが、県下各地から集まる多用な人材が同じクラスで長時間生活するのだから、トラブルや悩みが起きて当然とも言える。特に本校はクラス替えがないので一度友達関係がこじれると、それを修復するのがなかなか難しい。人間関係を良好に保つのは、今後社会生活や結婚生活を営んでいくためにも大切なことなので、いろんな衝突を経験しながらも人間関係を築いていくコツを習得していって欲しいと願っている。大げさに言えば授業よりも大切なほどだ。コツは自分でつかんでこそ意味があるが、おせっかいを承知で校長がつかんだコツを言っておくと(冒険教育では決してこのような学びの内容を先に言うのは良くないこことされているので冒険教育関係者が『絶こうちょう』を見ていないことを願っている)、自分の意見や考えに執着せず相手の考えを受け入れるということだ。それを実際に使う言葉で言うと「そうか、それいいね」と「大丈夫、何とかなるよ」だ。これらの言葉を多用して、各自の精神衛生を良好に保って欲しい。

 ☆農業当番で犬の散歩を担当する生徒とそれに付きそう生徒。本校の安全衛生について真剣な話し合いをする委員のみなさんと友達は少なくても元気に生きる校長。
 
 


No.0584 油断             2月26日 更新
  苦しいことが当たり前の日常に喜びを見いだしていい気になっていたツケが来たのか、油断したのか、体調が思わしくない。「体調が思わしくない」は「隊長が敷いた重い輪がない」や「体重が重く煩わしい」と表現は似ているし、後者は事実なのだが、年に一回は陥る体調不良になったようだ。熱はないが、鼻は出るし、くしゃみは続くし、少し下痢もある。妻に相談したら「花粉症かも知れないから、この薬を飲みなさい」と薬を出してくれた。妻は普段は厳しいが、弱っているときには優しい。ともかく体調がこれ以上悪化しないようにしなければならない。今週土曜日の卒業式で卒業証書を渡さなければならないし、式辞でちょっとしたギャグも披露しなければならない。厳粛な式でギャグとは何事かと思う人があるのなら言いたい。校長の式辞からギャグをとったら何の面白みがあるというのだ。そんなつまらない式辞を聞かされる生徒や職員や来賓の身にもなってもらいたい。それなら、ギャグなしで感動的な式辞を書けば良いと言う意見があれば言いたい、校長にそんな能力があると思っているのか。校長にあるのはわずかに苦しい日常の中に喜びを見いだす能力と、毎日を明るく楽しく愚痴や不満を言わずに生きる能力だけだ。あっまずい、また油断してしまった。病気の悪化が心配だ。

 ☆校長の体調とは関係なく学年末考査を受ける生徒。これも校長の体調とは関係なくユニークな出題がなされた芸術のテスト。これまた校長体調とは関係なく、本校を訪ねてくれた卒業生(農業系大学2回生)。
 




 


No.0583 嬉しいことがいっぱい             2月25日 更新
  嬉しいことが続いている。昨日に続きふらふらしていると、M自動車学校で元気にバイトをしている3年生に出会った。聞いてみるとちゃんと届けを出しているという。立派な者だ。校長のようにちゃんと届けないでふらふらしているのとは大きな違いだ。彼が将来立派な社会人になることは間違いない。校長がいい加減な高齢者になるのも間違いない。校長は別れ際に精一杯の威厳を込めて「F本君、卒業式を忘れるなよ」と声をかけたが、彼のことだからそれは校長が自分自信に言い聞かせるために言ったことをとっくに見抜いていたかもしれない。その後さらにふらふらしていると、子どもの自転車を押していた行きつけの眼鏡店のお姉さんが「私は能を習っていたので、校長先生と狂言のお話ができたらと思っていました」と声をかけてくれた。お姉さんは『絶こうちょう』を見ていて、校長が自分の子どもに危害を加えない人物であることも知っているということだ。その後校長室に戻ると、G藤君が校長室に飾ってくださいとF主幹教諭と一緒に作った花置きを持ってきてくれた。今日も良い日だ。祝杯をあげることにしよう。

 ☆元気に働く3年生。校長室に花を届けてくれた2年生。彼らは既に校長を超えている。校長が辛いこともある日々を毎日が良い日だと思いたいのは、毎日祝杯をあげたいだけかも知れない。
   
 


No.0582 東雲高校(生)元気いっぱい             2月24日 更新
  一般入試の受付が昨日から始まっている。今朝の某新聞は初日の12時の段階で応募が1.0倍を超えた(1.0倍を含む)高校は、本校を含む4校であると校名入りで伝えていた。本校は推薦入試でも定員を超え、一般入試でも定員を超える状況だ。一般入試は志願変更もあるので油断できないが、少子化が進むこの地域でこれだけ志願していただけるのは本当にありがたい。志願していただいた中学生にも感謝したいが、そのような学校を作っている本校生(先輩含む)や職員(校長除く)にも感謝したい。今朝の職員朝礼で伝えたのだが、以前本校に講師に来られたH学校の先生がその学校の報告会で「東雲高校が好きになりました」と言ってくださったそうだ。本日届いたT中学校のトライやるウィーク(兵庫県が実施する中学2年生が1週間程度、いろんな職場や施設で仕事体験をする取組)の感想文集で、本校で実習をした中学生が感謝の言葉とともに将来の進路が見つかりましたみたいなことを書いていた。校長が優しくてかっこよくてあこがれますみたいなことは、1時間ほど探したが書いてなかった。このような嬉しい知らせが一度に来ることはめったにない。盆と正月と小春日和が一度に来たような感じだ。

 ☆学年末考査中の農業当番を元気に終える1・2年生。農当が終わって1時間以上の道を自転車で元気に帰って行く1年生。
    
 ☆生徒が下校した後、校長が車でふらふらしていると、見覚えのある連中が道路横を走っていた。車を停めて聞いてみると、テスト中そこいらを走り回っていると言う。やっぱり本校生は元気だ。
    
 


No.0581 冒険とサバイバル             2月23日 更新
  22日の日曜日に本校の山の芋グリーンカーテンを活用したボランティアの取組が篠山市の「みどり賞」を受賞した。授賞式は生徒と顧問と教頭先生に任せて、校長は自分のライフワークである冒険教育の研究会に参加した。冒険教育は自ら進んで困難な状況や未知の世界(危険がいっぱいある)へ飛び込み、その課題と格闘する中で自己の成長を目指すという教育だ。冒険教育ではグループで課題に挑戦することも重視し、その中で養われるチームワークやコミュニケーション、仲間を思いやる心も大切にしている。サバイバルも冒険と同じく危険な状態に陥り、仲間がいれば力を合わせてその状況から脱出することを目指すという点では同じだが、冒険が自ら進んでであるのに対して、サバイバルの方は自分では望んでいないのに仕方なしにという点が大きく違うと学んだ。しかし校長が思うにはその差は微妙な場合もあり、進んでであろうとなかろうと、危機の状態というのか予期せぬ(不快な)状態になれば、その状況を楽しむというのか、受け入れるというのか、「人生思い通りに行かないことは間々ある」と諦めるというのか、とにかく淡々と御していくのが良いように思う。何と言っても人生なるようにしかならないのであり、それで良いのである。

 ☆篠山市の「みどり賞」を受賞する本校ボランティアチーム。褒められれば喜び、また出来るだけがんばる、それしかない。
 
 


No.0580 旅立ち試練             2月21日 更新
  2月19日に推薦入試の合格発表があった。本校開校以来始めて推薦入試で定員(20人)を超える応募があったので、何名かの方が合格できなかった。不合格の方にとっては、本当につらいだろうとお察しする。学校説明会等で本校に来てください、待ってますよと調子よく言っておきながら、入学してもらえないのは申し訳ない気持ちでいっぱいだ。こんなことがあるので軽々な事は言えないが、来週から一般入試の受付が始まるので気を取り直してもう一度本校を受けていただきたいと願っている。20日には本校はいち早く卒業式の準備や予行に入ったが、本校卒業生にとっても旅立ち(卒業)はめでたくもあるが、新しい環境で試練が待っているとも言える。人はいくつも試練を経験しながら生きていく。不必要な試練はないほうが良いが、凡夫のわたしたちはいくつもの試練を受けてちょっとずつ成長するとも言える。厳しいけれども前に進もう。

 ☆生徒と一緒に掃除や卒業式の準備をする校長。最も試練が必要な人だが、試練に弱い。
 


 


No.0579 恩は石に刻み 恨みは水に流す             2月20日 更新
  これは先日書道の時間に生徒が書いた言葉だ。この日の課題は漢字とひらがなをまじえて心に残る言葉を書くというものだ。先生が配られた例示の中から「人間っていいな」みたいな言葉を書く生徒もいたが、この言葉を書いた生徒のように自力でどこからか探してきた言葉を独自に書く生徒もいて面白かった。特に「恩は石に刻み 恨みは水に流す」が印象に残ったのは、校長自身がこういう生き方が好きなのと、それを書いた生徒がその言葉を選んでくれたのが嬉しかったからだ。この言葉は彼だけでなく、すべての本校関係者に幸せに生きるための大きなヒントを与えてくれる。恨みを引きずっていても何の得にもならず、自分自身をいつまでも苦しめることになるし、恨みから来る不機嫌は周りにも伝染して職場や仲間を嫌な雰囲気にする。感情の伝染は不機嫌のようなマイナス感情ではなく上機嫌のようなプラスの方向で行きたいものだ。加齢から来る物忘れが進行する校長のように、恩も恨みも忘れてしまうのも問題だが、恨みを引きずらないだけまだましか。

 ☆書道の時間にどの言葉を書くかを思案する生徒。校長が提唱する「人生出たとこ勝負」「いい加減が良い加減」「人生思い通りにならないところに味がある」等を選ぶ生徒はいなかった。良かった。
 
 ☆同時選択で行われている美術の授業では、「わたしのゆるキャラ」を作っていた。書道も美術も創造力が養われていい。中には美術教室で雨中通学で濡れた制服を乾かす生徒もいたが、生活力が養われて、これもいい。「東雲の芸術の授業っていいな」誰かこの言葉を清書してくれないだろうか。

 


No.0578 県庁緑化             2月19日 更新
  兵庫県では県庁2号館と3号館の間の通路を県下12校の農水産高校が月毎に順番で各校のオリジナル作品を展示する「県庁緑化」という取組が行われている。2月が本校の当番で、2年生有志6名が現地に出かけ「篠山の里山」をイメージした作品を数時間かけて完成させた。里山にはびこる竹を活用して竹柵をつくり、シュロ縄で結んで回廊式の庭縁を県庁廊下に出現させた。17日には県教育長から感謝状をいただき(他の11校と合同です)、18日には本校の作品があの格式高い「次長だより」に生徒の感想付で紹介された。「次長だより」は高潔な人柄で定評のあるT県教育次長が県下の校長や所属長あてに随時発信されているもので、本校の『絶こうちょう』とは雲泥の差があるすばらしいものだ。今回の「次長だより」でも県庁緑化の記事の他に「推薦・特色等高校入試お疲れ様でした」という記事が入り、当日の実受検者数やらインフルエンザ別室受検者数等を正確に記し、各校教職員をねぎらう記述があるなど隅々まで心配りが行き届いたものだ。毎回このきめ細かさや心配りがあるもので、校長などはとても真似が出来ない。校長が次長なら(このような身の程知らずの例えをしてすみません)「次長ですが自重します」という便り名でわずかに受けを狙うしか思い付かない。

 ☆2月の県庁緑化作品「篠山の里山」を制作する本校生。保護者の皆様も県庁にお越しの際はどうぞご覧ください。
 


 ☆「来年度の実習服どれがいい?」「卒業式に何の曲弾いてくれるの?」「卒業生を送るビデオレターに校長のギャグは入らんの?」
 





No.0577 十牛図             2月18日 更新
  十牛図(じゅうぎゅうず)とは禅の世界において悟りに至る道筋を牛との関係で表したものだ。多分間違っていると思うが校長なりに解釈すると、牛(悟り)を求めて修行をするがなかなかうまく捕まえることはできない。終わりの方では牛を捕まえるとか捕まえないとかいうことにとらわれず、牛の存在を忘れていつもの生活にもどるというような過程を、10枚の牛の絵で表そうとしたようなものではないだろうか。この十牛図を地でいくようなことが昨日の本校で起こった。つないである縄をふりほどいてドッグランに逃げ出した牛を生徒や先生が捕まえようとしたがうまくいかず、諦めかけた時に無心の心で立っていた少女の懐に入っていった。牛舎に牛が戻されると、いつものような日常の実習が何事もなかったかのように再開された。一部始終を見守っていた(カメラを抱えて野次馬していただけだと言う声もあり)校長は、この様子から十牛図を想い、やはり悟りは無理に捕まえようとせず無心で淡々と日常生活を送ることが大切だという思いをかみしめた(そんなことを思っている隙があったら万が一に備えた危機対応を考えよという声あり)。

 ☆十牛図を地でいく牛捕獲の様子。
    

    

 ☆思いがけず先日の「お金と人生」講師の方から頂いた激励の便りに返事を書く校長。褒められれば喜び、叱られればしょげる。ただそれだけ。
 



No.0576 校長の発言力             2月17日 更新
  通常校長の発言が重視されることはあまりない。立派な校長の場合は別だとは思うが、本校で校長の発言が重視されるのは職員が重視した方が良いと判断したときだけだ。自分の意見が通らないことを一々気にするようでは、校長としてまだまだである。本校校長のように、自分の意見は通らないことも多いので気楽に発言できてラッキーと思うような域に達しなければならない。ところが今朝校門に立って驚いた。ほとんどすべての生徒を送ってこられた保護者の車が校門直近で生徒を降ろすのではなく、少し離れた竹藪のところで車を停められたのだ。これは昨日校長らが生徒に話し、ご家庭へ配った「生徒を自家用車で送迎される場合のお願い」にも書いてあることを守っていただいた結果だと思われた。普段から自主的に竹藪前で降ろされる方もいたが、何人かは橋を渡ったところにある校門近くのスペースで生徒を降ろされる方もいたのに、今日に限って全員が写真のように竹藪前で生徒を降ろされたのだ。本校生や地域の小学生の安全を考えてのお願いだったが、このように完璧に守っていただくと、普段とのギャップから、何か落ち着かないような申し訳ないような気持ちになった。こんなに発言力があるのなら、迂闊なことは言えないと今さらながら気持ちを新たにした。ご協力いただいた保護者の皆さん、保護者にちゃんと伝えてくれた生徒の皆さん、ありがとう。これからも安全に、出来れば自力で登校してくださいね。

 ☆本日の登校時の様子。校長が立ち番をしたのは自分の言ったことが守られたかを確認するためではなく、休みの多い気になる生徒が登校するのを見守るためでした(写真の生徒達とは直接の関係はありません)。
    

    

 



No.0575 すばらしき教頭先生             2月16日 更新
  教頭職は激務である。提出書類の作成・校内調整・対外折衝・苦情の処理・校長の相手等、休む隙がない。夜間でも休日でもひっきりなしに連絡が入る。何が最も大変かは、本人の資質や学校の置かれた状況などによって違うと思うが、大変であることは間違いない。教頭職に求められるキーワードも人や環境によって違うと思うが、校長の経験では「譲歩」と「妥協」だ。教頭職をスムーズにすすめるためには、自分の主義主張に拘りすぎるのはよくない。自分をしんどくするだけだ。職員室の先生方の中には、穏やかな家庭生活を送るために必須の「妥協」や「譲歩」、「自分から先に謝る」「自分が悪くなくても謝る」「なにわともあれまず謝る」等を得意とされる人が少ない。こうした職員をまとめて、学校を回していくためには、調整力・柔軟性・敵を作らない人間力が必要だ。幸い本校の教頭先生は現在も先代もこうした能力に長けたすばらしい方々だ。特に先日職員の悩みに応える教頭先生の深い人生観に触れ、密かに尊敬の念を抱いた。そんなに大変なら教頭などやりたくないと思う人がいたらそれは間違っている。たいへんだけどもそこで人間が磨かれ、人格が高まり、幸せに繋がっていくのだから。

 ☆本校の実務を担うすばらしい教頭先生。
 
 ☆それぞれの個性で話しをするF主幹教諭・校長・数学の先生。修行が足りない校長の「生徒は自転車で来るのが一番」という主張は一方的だ。
   




No.0574 お金と人生             2月14日 更新
  前にも書いたように失言癖のある校長は、入試の日に問題のある情報を発信しないように用心のため前日にこの日の分を書きます。入試前日は大掃除やら入試準備のための午前中下校やらのため、特別時間割が組まれた。本校初の試みとして、全国的に金銭教育プログラムを提供されているネットワークの優秀な講師の皆様をお招きして、「お金と人生」についての参加体験型授業が行われた。参加した1年生も2年生も先生方もその授業の魅力に引き込まれてしまった。生徒と校長は誰一人として寝る者もなく、真剣に自分の将来の働き方やお金との付き合い方について考えさせられた。正社員で行くのか・派遣社員で行くのか・フリーターで行くのか、何歳で結婚して持ち家に住むのか借家に住むのか、結婚式に何百万円つぎ込むのかつぎ込まないのか、子どもを持つのか持たないのか等について考えた。考えたからと言って思い通りに行かないのが人生だが、大きな進路選択を1年後2年後に迎える生徒達にとってこの時期に一度はまじめに人生について考えるのは大きな意義があったと思う。遠くから本校にお越し頂いた講師の皆様ありがとうございました。こうした教育の大切さを理解した上で言うのだが、生徒の皆さん、人生やお金について考えるのは良いですが、人生には考えたからと言ってどうにもならないこと、予期せぬ事が待っています。そうしたことに出会ったときにあわてない心の持ち方、「まあいいか」「何とかなる」「(起きたことが)これでいいのだ」という校長推奨精神も忘れないようにしましょう。

 ☆各地から来られた金銭教育の講師の皆さん。この中に本校とは何の関係もないのに『絶こうちょう』を見ておられる方がいて、気をよくした校長は初対面にも関わらずずずーっと間に入って写真に収まりました。
 
 ☆入試前日に行われた特別授業。「仕事とお金と校長との付き合い方」について考える1・2年生。
    

    

    




No.0573 明日は入試             2月13日 更新
  明日はバレンタインでもあるが推薦入試の日でもある。今回は本校開校以来始めて推薦入試で定員を超えたので、不合格もあり得る緊迫した入試となる(いつも入試は緊迫しているが、より一層緊迫するという意味)。あの口の軽い(性格も軽いーほっといてくれ)校長なら、入試の合否に関わる情報でもこの『絶こうちょう』で書くのではないかと期待してこれを見ておられる中学校関係者の方に言っておきたいのだが、公平さが必要な入試において慎重を期さなければならないことは、如何に口が軽い(尻も軽いー再びほっといてくれ)校長でも分かっているので、今日と明日は一切入試に関わることは書きません(と言っても最早十分に書いたような気もするが)ので悪しからず。今言えることは、数ある学校の中から本校を選んでくれた受験生のみなさんに気持ちよく受験していただき、各自のベストを尽くしてくれることと校長の家庭の平和を祈るだけだ。

 ☆入試に関係のないことと言えば、昨日の放課後、2年生有志が体育の先生と自主的バレーボールを楽しんでいた。これこそ久しぶりに見る本校の特色で、校長が最も好きなところです。

 ☆本日行われた大掃除の様子。しまった、これは明日の入試向けだった。本校生では先生だけでなく在校生も受験生に対する「お・も・て・な・し」の気持ちで一杯です。受験生の皆さん、明日はこのきれいになった校舎で思う存分力を発揮してください。
 






No.0572 日常の修行             2月12日 更新
  先日本校を密教の修行者の方が立ち寄られた。若い頃に命がけの凄まじい修行をされた方だ。厳しい修行は避けたいが、幸せな人生には強い関心のある校長が幾つか尋ねると、その方がおっしゃるには、肉体的には命がけの修行であってもゴールのある仏道修行は、何時までがんばったら終わるのだという目標があるのでまだ頑張れるが、普段の日常における修行というのか日常生活そのもの方が大変だと思うとのことだった。そう言えば生きていると、特に管理職をさせてもらっていると、あれやこれやと悩ましい出来事に日々遭遇する。すぱっと一刀両断に判断できないことが多い。こうも考えられるし、ああも考えられるということが多いのだ。しかし、職員は自分の立場でのみ強く主張されるので困ってしまう。「そう言われるけれども、別の立場ではこう考える人もいるんだよ」と言って思案していると決断が遅いとか前に言ったのと違うとか言って怒られる。どう判断しても万人に気に入られる結論はないように思う。どうせ文句を言われるので、思いつきとひらめきで適当に処理しているのだが、日々の非難を受け流し、毎日を陽気に過ごすためには相当の修行が必要だ。ああやっぱり日常生活は修行だった。


 ☆校内あちこちに置かれた花の置物と大特の免許取得のために校内で練習する3年生。どちらも結構なことだが、これらにしてもいろんな意見がある。
   

 ☆今月が本校の当番で多くの人から好評の県庁緑化作品を中心になって作ってくれた2年生。毎日を修行だと思って暮らす校長だが、修行など意識しないで生き生きと暮らす生徒達に負けているように思う。勝ち負けを意識すること自体、修行が足りないか。
 


No.0571 『絶こうちょう』を見る人 その何回目か             2月10日 更新
  いつかは忘れたが前にもこのようなタイトルで駄文を書いたはずだ。ひょっとすれば書いていないかも知れないが、書いていたすればそれが駄文であったことは自信を持って言える。普通にはこの『絶こうちょう』を見る人は、生徒・保護者・関係者ぐらいだ。関係者にはいろんな人が入るが、生真面目なタイプの他校校長やお気楽な生き方が嫌いな本校関係者などは見ていない。写真によく出てくる犬や牛たちも見る機会はないと考えるのが妥当だ。ところがここに普通では考えられないような人が見ていることが先日分かった。かつてと言っても10年ほど前に同じ職場にいた先輩が自分は愛読者だと告白された。教育関係者である先輩からは、「いろんなホームページを見たが、こんなものは見たことがない」「学校便りでは出せない内容だ」「これまでに苦情はなかったのか」「ここでは難しいことを優しく、優しいことを難しく、面白く書いてある」等、一見褒めているのかけなしているのか分からないコメントをいただいたが、『絶こうちょう』ファンであることは間違いないようだ。毎日見てくださっているという。こんなものを毎日見てくださり申し訳ない気持ちでいっぱいだ。今後もより一層気合いを入れて、良い加減なものを書こうと覚悟を新たにした。

 ☆寒い朝、信号待ちをする生徒と全校朝礼で寒がる生徒。「コミュニケーションを大切にこの学校にいる全ての人と話をしよう」という今朝の訓辞当番先生のお話は暖かかった。朝礼後の園芸部の熱いミーティング。



No.0570 地域はありがたい             2月9日 更新
  先週末、地元の方がやっている一本杉販売所に本校生が協力していることを農業共済新聞に載せたいと言うことで取材があったので出かけた。校長は別に呼ばれたわけではなかったが、いつものようにちゃっかりと写真に収まった。実際に生徒の指導をしているF主幹教諭のような先生方を差し置いて、校長がさぞやっていますといわんばかりに表に出るのは気が引けるが、気が引けますねといいながらも表に出てしまった。さらにそこで地元の方から、学校への感謝の言葉やお褒めの言葉をいただき、これも学校を代表して校長が承った。本当にありがたいことだ。校長の出しゃばり方はあつかましいことだ。福住の街並みを歩いていても、地域の方が声を掛けてくださる。本当にありがたいし、暖かい地域だと思う。

 ☆一本杉販売所で取材を受ける生徒達。受け答えもしっかりしており、校長の知らないことまで知っている。たいしたものだ。
   
 ☆暖かい地元を颯爽と帰る本校生。
 


No.0569 何故バスで来たか             2月6日 更新
  今朝はバスで学校に来た。家から小学生の集団登校と一緒に小学校近くにあるバス停まで歩き、本校生が通学に利用させてもらっているバスに乗り、生徒達と一緒に「福住」バス停(終点)で降りて10分ほど歩いて学校まで来た。その間、妻からはバスで学校に行く暇があったら洗濯を干してから行けという視線を送られ、村道で出会った村の人からは「見守り隊」のように思われ、小学校前バス停付近で出会った顔見知りの小学校の先生からは「登校指導ですか」と問われ、バスに乗り込んだ時に目のあった生徒からは「ヨオッ」と挨拶され、校長が座った隣の生徒には「いつもこのバスに乗っている一般の人は今日みたいに2人だけか」と尋ね、前側と右側にカップルで座る生徒達からは無視され(彼らは自分たちの世界に入っている)、一緒に歩いた生徒達は「写真に写るときはいつもピースするんです」派と「写真は苦手なんです」派または「写真を撮るのを頼むわ」派に分かれた。「今日は写真を撮るためにバスで来たんですか」と尋ねてくる生徒もいた。これでは「思いつきでバスにした」とは言いにくい。

 ☆今朝のバス通学・バス停から学校まで歩きの風景。バスはほとんど本校生だが一般の方も乗っておられる。この頃はバス通学マナーも良く、ほとんど苦情はかかってこない。
    


No.0568 弁当をどこで食べるか             2月5日 更新
  今朝JRが遅延した。JR篠山口から本校に向かうバスは7時台を逃すと、次はお昼までない。普段JRで通学している者の多くが家の人に送ってもらったりして定刻に登校したが、家の事情により送ることが出来ない家があるのは当然だ。彼らは昼休みに登校してきたが、勿論午前中の欠席については配慮するつもりだ。その間校長がしたのは、①いつ生徒が登校するのかと思っておろおろした、②バス会社に電話して増便をお願いしたが断られおろおろした、③誰が来て誰が来ていないのかを確認するために1年教室と2年教室をうろうろした、④安否確認のため列車に乗っているであろう生徒の携帯に電話したが、誰も繋がらなかったのでおろおろした、⑤ヤクルトおばさんにちゃんと昼食を食べるように指導されておろおろした、⑥来年度の講師がみつからずにおろおろした、⑦生徒の授業(1年生ー体育、2年生ー家庭)を見に体育館と教室をうろうろした、⑧定員を下回るのに慣れている推薦入試の志願者が定員を超えたのが嬉しくもあり不合格者を出すのが申し訳なくもありでどう表現して良いのか分からずおろおろ、のように要約すると「おろおろ」と「うろうろ」だ。いつもと同じだ。それはともかく昼休みに生徒が登校してきたというので顔を見に教室に行って分かったのが、「弁当をどこでだれと食べるのかは重要だ」ということだ。昼休みの教室では、生徒達は気の合う連中と机を囲んだり、地べたに座ったりして食べたりしているが、これは校長のように一人で食べるのを好む者にとっては居づらいだろうと思われた。その場にいた頼りになる生徒に、「一人で食べる寂しい者が出ないように頼むよと」と声を掛けたが、生徒の世界も大変なことが多い。いろんな大変なことに対処する技を身につけ、お気楽な大人を目指して欲しいと願わずにはいられない。

 ☆今日も「おろおろ」「うろうろ」の一日だが、JRの遅延や推薦入試の締め切りや人事やらが絡んで、より一層「うろおろ」が増した。
    

    

 ☆JRのトラブルで遅れてきた生徒の顔を見に昼休みの教室を見に行ってパチリ。そして、どきり。
  


No.0567 語るわ語るわ             2月4日 更新
  1年生の「農業情報処理」の1年間のまとめとして行われた自己PR発表会の様子を見に行った。1年生が一人ずつ、自分が関心を持つ世界についてパワーポイントを使って発表した。パソコンの使い方や資料の作り方も大したものだが、各自が語る世界がバラエティーに富んで面白かった。お気に入りのアニメやゲーム、バンドや趣味につての発表があったが、中には「これまでの学校生活を振り返るもの」や「授業中の居眠りの原因と防止策」、「(これからの)日本の課題」や「日本や世界のトラクターの種類や特徴」等についてのものもあり、硬軟織り交ぜて実に幅広いテーマだ。特に良かったのが、各自が自分の選んだテーマについて自分の頭で考え自分の言葉でしゃべっているところだ。一人5分の持ち時間の中で行われる質疑応答もアットホームな雰囲気で、これまでの1年生のイメージを破る活発なものだった。校長の隣の席のT君もドラゴンボールについて熱く語ってくれたが、誰もが語るわ語るわ。やはり自分の語りたいことについては、みんな語る内容と言葉を持っているのだ。こうした面白さで惹きつける授業がさらに広がりますように。

 ☆発表者は緊張、見る方は面白い「農業情報処理」の発表会。発表者のみなさんお疲れ様でした。校長のように家で家族に話すのは緊張するが、人前ではいくらでも話せるタイプと違って、人前で話すのは大変だったでしょう。本日のチャレンジャー全員よくやりました。
     

     

     


No.0566 待つわ             2月3日 更新
  「(わ・た・し)待つわ」と言っても昔のヒット曲をのことを言っているのではない。こう言っても今の生徒達には通じない。次代の流れと共に生徒達の知っている芸能人やヒット曲とおっさん世代の間に大きなずれが出来てきている。昨日も「私はチューブの前田に似ているとよく言われる」と校長が言っても通じなかった。そもそも校長が似ているのは前田ではなく格闘家の角田ではないかという声もあるがそれはそれとして、待っているのは持病(耳鳴り・頻尿他多数)の回復でも職員からの信頼回復でも身に覚えのない払戻金でもなく(待って何と中なるものなら共に待っていたいが)、推薦入学の願書である。本日が推薦入学願書受付の初日なので、推薦定員(20人)を超える応募を待っているが、まだまだ厳しい状況だ。何せ学校の存続がこれにかかっている。日頃の教育の成果も、志願者数に反映するという持論を持つ校長としては、多くの中学校から一人でも多くの応募があることが、自分たちがやっている教育が評価されることだと思っている。どうか中学校の願書届け係の先生方、一刻も早く本校に来てくださいね。

 ☆春を待つ3年生と後を受け継ぐ2年生。バレーの授業でパスを待つ2年生。
    

    

   
 ☆受付で応募を待つ校長。「わたし待つわ」



No.0565 3年生がいない             2月2日 更新
  3年生は自宅学習に入った。今日学校にいるのは1・2年生だけだ。校長も出勤しているがいつものように不始末の責任を感じて校長室で自粛しているので、生徒の中には校長は今日も学校にいないと思っている人がいるかも知れない。いるかいないか分からないとは何事だもっとリーダーシップを発揮しろという意見の人もあるかもしれないが、校長のやることはけしからんもっと大人しくしていろという意見の人もいるので、がんばってもがんばらばくても叱られる定めだ。こうなったら頼りは校長ファンの生徒だが、大人の対応をしてくれる3年生がいないので、頼りになるのは2年生だ。1年生に校長の良さが分かるにはもう少し時間がかかるだろう。ひょっとすれば、良さではなくて良い加減さがわかるだけかもしれない。

 ☆本日の授業の様子。体験的な授業も座学的な授業も生徒は生き生きと受けている。
 


 ☆校長の良さが遺憾なく発揮される唯一の場。某日某所。


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