過去ログ 2015年1月  2015年2年  2015年3月


No.0564 行事爛漫             1月30日 更新
  本日はいろんな行事でてんやわんやしている。3年生は校外卒業講座で大阪の方へテーブルマナーや吉本を観に行っている。3年間がんばったご褒美の意味もある校長も行きたかった行事だ。2年生は就農講座ということで神戸市西区へイチゴ大福を作ったり楽農生活センターを見に行っている。1年生は校内で家庭科の特別授業を行っている。先生方はそれぞれの引率や担当の他に、農業クラブの研究会へ行っている人もいる。教頭先生は午後から神戸の方へ理事会で行かれる。校長は例によって校内外をふらふらしている。こんな時こそ校内でじっくり構えて欲しいものだが、みんなが忙しくしていると、自分も落ち着きをなくすタイプだから困ったものだ。こうなったら頼りになるのは、いかなる時でも冷静沈着な事務長ぐらいだ。後は事務長に託して、みんながそれぞれの目的を無事になしとげるのを祈ることにしよう。結局いつもの日と同じだ。

 ☆兵庫楽農生活センターにでかける2年生。パスタやあんパンづくりの準備をする1年生。大阪に行っている3年生とうろうろしている校長の写真は今のところない。
    

   



No.0563 卒業講座             1月29日 更新
  昨日で3年生の卒業考査が終わり、今日が校内の卒業講座、明日が校外での卒業講座で大方は学校での活動が終わり、後は卒業式予行と卒業式(2月28日(土))を残すのみとなる。本日は校内卒業講座の一発目として、校長講話がある。校長講話ではこれまでと同じような、「幸せに生きるヒント」について熱く語るつもりだ。しかし、言いたいことの確信は「幸せかどうかは各自の心が決める」ということなので、校長にとって役に立った智慧でも、3年生の生徒には何の役にも立たないかも知れない。いや恐らく力を入れて訴えたことは伝わりにくいという過去からの教訓からすると伝わらない確率の方が高いだろう。でも何かしらでも伝わってくれればと思いやっぱり熱く語った。「人生何とかなる。根拠のない自信を持って気を楽にして進んでいこう」と。

 ☆3年生を前に、「幸せに生きるヒント」について熱く語る校長。3年生のみんな、勇気と愛情を持って、自分の道を歩んでくれ。
   



No.0562 無             1月28日 更新
  今日は特に何の予定もない。会議もなければ出張もない。提出しなければならない書類もないので、提出が遅れた言い訳を考える必要もない。来客も怒鳴り込んでくる人も今のところはない。もっとも怒鳴り込んでくる人やクレームを言いに来る人は突然やってくるので油断は出来ない。唯一の予定であった放課後の空手練習も、先ほど「雪が降ってきたので今日は中止にしましょう」と生徒が言って来た。これでは授業の様子を見て回った後は、教頭先生と結論の出ない話し合いをあれやこれやとするだけだ。しかし、このあれやこれやの話し合いが大切な時間だ。結論がでなければ生産的でないと思う人がいるなら、それは学校管理職の悲哀を知らないと言うしかない。学校現場は企業や行政や警察のように上意下達というわけにはいかない。思い通りに行かない場合も多い。そこであれやこれやと思案が始まる。というより毎日が思案と妥協と神頼みの連続だ。このあれやこれやに付き合ってくれる教頭先生がいるのはありがたい。相性の悪い人とならとっくにギブアップしていたことだろう。でも『絶こうちょう』を見てくださる管理職希望者もおられるだろうから言っておくのだが、学校管理職は面白い。いろんな生徒が近くにいるので面白いし、彼らの成長を見るのはやりがいになる。それに比べたら、学校運営上の苦労など何と言うことはない(涙)。

 ☆登校後直ぐに犬にエサを配る生徒。エンジンの解体をやっている現場を見に行くと「校長隙なん。校長もやってみるか」と声がかかり、ハクサイの取り入れを見に雪混じりの畑へ行くと「そこ動かんといて」と校長を雪よけに使おうとする生徒がいる。教頭先生と密談していると「次の練習はいつするんですか」と生徒が尋ねに来る。かように学校現場は面白い。
 







No.0561 トホホ             1月27日 更新
  今日ははりきって自転車通勤すれば途中で雨が降ってきてカッパを着る羽目に、トホオ。校内を巡回すれば、ぬかるんだ田んぼで後輪がめり込んで動けなくなった運搬車や昨日は順調に動いていた土破砕機が目詰まりを起こしているところに出くわす、トホオ。その後も垂直に立てるのが難しかったり汚れを拭き取らなければならなかったりする竹の工作物や一人で建てようとして結局試験が終わって帰ろうとする3年生に手伝ってもらわなければならなくなった「あいさつあふれる愛の篠山東雲高校」の看板など、トホホな出来事に出くわす。さらに、本年度限りで廃車が決まっているバスや枝が電線にかかって伐採しなければならない木など、やたらトホホな事物に出くわす。しかし、これらトホホな出来事もちゃんと対処すれば、却って成長や工夫のきっかけとなる。結局、運搬車も脱出したし、粉砕機も動き出した。竹の工作物は来月の県庁緑化ですばらしい作品になる予定だ。「愛の東雲高校」の看板も何とか建った。

 ☆本日のトホホなコト&もの。田んぼにめりこんだ運搬車。目詰まりした土の破砕機。準備が大変な来月の県庁緑化で使う竹の耕作物。建てるのに手こずった「あいさつ運動の看板」。4日目の卒業考査をを終えて午前中に帰る3年生(別に彼らはトホホではない)。本年度で引退するバス。電線にかかる枝。
 








No.0560 再生             1月26日 更新
  例によって校内をうろうろしていると、降りしきる雨の中にテントを張って轟音を立てながらすごい勢いで作業をしているグループに出会った。何をしているのか尋ねると、古く固まった土を機会で砕いて再生させているのだという。土と同じく人間も古くなるといろんなところにガタが来て再生が必要となる。固くなるのは身体だけでなく頭の中身や考え方もそうである。柔軟性がなくなり一つの考え方しかできなくなる。この場合もやはり再生が必要だ。人間の場合は土を再生させるような便利な機械はないので、いろんな経験や出会いを通して絶えず自分を変えていかなければならない。古い自分を壊し続ける必要があるのだ。しかしこれがなかなか難しい。自分らしさや個性を大切にしようというかけ声もあるが、校長などは自分らしさが凝り固まった偏狭な癖とか傾向に近いとすれば、大切にするよりどんどん壊していく方が良いように思う。特に若者は自分の悪い癖は壊し、より良い自分にどんどん再生していって欲しい。この場合の良い悪いは、周りの人を喜ばせるかどうか、暖かさがあるかどうか、感謝の心があるかどうかだ。


 ☆本日の類型の授業。土の再生、米の保存、犬の清掃等に励む生徒。中には空手で痛めた手を再生しつつある生徒もいる。校長のように老朽化すると再生は難しいので、自然と朽ちるまで無理に再生させようとせずそっと暖かく見守って欲しい。
 





No.0559 人生の達人             1月25日 更新
  この土日にはいろんなところで生徒達の活動があり見て回っていると、われわれが見本にすべき人生の達人とも言うべき人物に出会った。それはある地区の「いきいきサロン」での出来事だった。「いきいきサロン」とは、その地域に住む高齢者や住民の方が公民館などに集まり食事やレクレーションを楽しむというようなものだが、この地区のサロンで本校生が山の芋カレーを作るというので様子を見に行ったところ、ご挨拶をさせていただき、お食事をごちそうになった上、余興まで楽しませていただいた。その余興に登場されたおばあさまが、今回私がとりあげたい人生の達人だ。そのおばあさんは一応マジックということで登場されたのだが、それはマジックの域を超えた芸だった。その方の生き様そのものが舞台に現れていた。自然体であり、お笑いであり、ホッとする脱力感あふれるものだった。人生もこのように生きていったらさぞ楽しいものになるだろうと思わされた。言葉では表現しきれないが、やはりポイントは「無理をしない」「周りを楽しませる」「自分を楽しませる」ということではないだろうか。校長の目標だが、まだまだ道は遠い。


 ☆この週末に行われたイベントの数々。Y地区の「いきいきサロン」の様子と人生の達人と思われるおばあさま。最後の写真は達人にひれ伏しているのではなくストレッチをしているところだが、校長などはひれ伏したいほどの芸の力だった。
    

   
 ☆神戸大学との地域連携フォーラムの様子。
    
 ☆市民センターまつりの様子。どちらも参加した生徒達は結構人生の達人に近い。
    



No.0558 外から見てみる             1月23日 更新
  今日は若手地域農業リーダー育成研修団の解団式が県立播磨農業高校であった。11月に2週間ほど県内の高校や若手就農者10人がブラジルやアメリカの農業を研修に行ったのだが、その中に本校生が一名参加してくれているので校長も出席した。本校からは3年連続の参加だ。ブラジルやアメリカの大きな農業を見てきて、日本の農業を見るとまた違った見方が出来るだろう。日本にいただけなら、自分の住んでいる地域から出たことがないのなら見落としがちな、日本の、自分の地域の農業の良さや問題点が見えてくるはずだ。何事でもいつもの世界から抜け出し、外から見ることで、物事を違う面から見ることが出来る。近視眼的な視点では突破口が見えなくても、外からの視点を入れることで、解決策や違った見方が得られることがある。人はついつい自分の置かれた状況の恵まれている点を忘れて不平や不満で一杯になりがちだが、今のままでも自分は十分に恵まれていることに気づくためには外からの視点が有効だ。ブラジルへ行ってきた若者達だけでなく、日常に不満がある全ての人に勇気を出していつもの世界・いつもの考え方・いつものやり方から抜け出すことを勧めたい。


 ☆本日、播磨農業高校で行われたブラジル研修の解団式。研修報告で見せてもらったブラジルの農業・大地・生活は日本では見たことがないものだった。生徒と一緒に写真に写りたがる校長の姿勢はいつもと同じだった。
    
 ☆犬や牛の世話をする生徒。彼らのまじめさ、人懐っこさはいつもと同じだった。外から見ても、変えた方が良いものと変えない方が良いものとがある。しかし、それも一度は外から見てみないと分からない。
   



No.0557 卒業考査             1月22日 更新
  3年生の卒業考査が早くも始まった。インフルエンザによる学年閉鎖、テスト延期の可能性もあった中、予定通りに始められたのは本当に良かった。中には休んでいる者や体調不良の者もいて心配だが、卒業が危ぶまれる者はみんな受験出来たので良かった。受けたからといって安心できるわけではないが、成績に不安を抱える者は受けなければ始まらない。是非この5日間を受けきり、これまでで最もテスト勉強をして欲しい。そうすれば道は開ける。人間、人生においてここぞというがんばりどころがある、それが3年生にとっては今だ。自分に向かっては「がんばりすぎるのは良くない、自然体で行こう。人生何がよいかは最後まで分からない。心配しなくてもなるようになる。今がすでに幸せな状態だということを忘れず、感謝してぼつぼつ自分の出来ることをやっていこう」と言う方針の校長だが、3年生の諸君には「何が何でも卒業しろ。卒業試験突破を目指して、120%の努力をしよう」と言いたい。


 ☆校長の檄(がんばれ。何としても卒業しろ。マスクをしろ。微熱の者は気合いで熱を下げろ。)などものともせず、マイペースで試験に臨む3年生。中にはテスト期間中の一日をボランティアに当てたり、卒業文集づくりに汗を流す生徒もいる。言行不一致の校長より、よほど人生の達人だ。
    

  
 ☆3年生とは違い、学年末考査まではいくらか期間のある1年生。1年生には1年生の悩みもあるだろうが、彼らには言行一致で言いたい。「悩みすぎるな。起きていることが今のあなたには必要なことなのだ。受け入れて前へ進め」
    



No.0556 外部からの電話             1月21日 更新
  外部からの電話に出られないことがよくある。どなたにもあると思うが校長の場合は校内外をうろついていることが多いので、電話に出られないことが多い。校長室を留守にするときには「ちょっと出てきます」「生徒の様子を見てきます」とか事務室に声をかけるが、これでは余り役に立たないだろう。うろうろした後、休憩に校長室に戻ると「○○さんから電話がありました」と声を掛けられたり、メモが置いてある場合があるが、○○さんのところが思い当たる場合はいいが、思い当たらない場合はビクッとする。こういう場合は大概よくない場合が多いからだ。本日も県教委の○○課から連絡が欲しいとの伝言であったが、県教委の場合は特に緊張が激しい。県教委の思い出で良かったのは、教育長室秘書の方と写真を撮ってもらった時ぐらいだ。返事を入れるのに非常に緊張するため、気休めにこういう駄文を書いているのだが、いつまでも返事をしないわけにはいかない。さあ勇気を持って電話をしてみよう。ぐずぐすしていると先に相手からかかってきて、返事が遅かった言い訳まで考えなければならない。


 ☆放課後空手好きの有志に誘われ空手の練習をする校長。こんなことをしているから電話に出られない。
   
 ☆「牛の体重測定をやってますから写真を撮りに行かれた方が良いですよ」と事務室から声がかかった。校長室にじっとしている場合ではない。
    



No.0555 課題研究発表会             1月20日 更新
  本校の特徴の一つでもある3年生の課題研究発表会が5・6限にあった。1年間、あるいはそれ以上の期間の研究成果をパワーポイントなどを使いながら発表した。中には発表内容を劇風にして発表したチームもあった。高度な内容を分かりやすく伝えるすばらしい出来だ。残念なのは校長の出番がちょっとだけだったことぐらいだ。発表者の中には原稿を棒読みする者、観客に尻を向けて画面を読む者、発表内容を完全には理解していないのではないかと思わせる者など様々だったが、みんなそれなりに精一杯がんばった。そして何かをつかんだようだった。発表の内容は、犬の減量・野菜(カボチャやほうれん草、大根やにんじん等)の料理やお菓子を考案したもの・東雲ビオラの改良・ウィルスフリーの山の芋の普及について考えたもの・トマトやキュウリの研究など多彩だった。中には同じ種をハウスと畑で栽培すれば味や収量はどう違うかを研究したものなど研究結果が楽しみなものだったが、結果は台風で研究が続行できなかったというものだった。笑かす内容だが当人はすこぶるまじめに取組み残念なことだったろう。このように、人生においては当人はいたってまじめなのだが側からみていると笑えるということがある。この場合、当人も笑えるぐらいになれば良いのだが。


 ☆課題研究前の授業で自分が作ったコサージュを校長にプレゼントしに来た生徒達。気持ちが嬉しい。
 
 ☆内容はそれぞれだが、3年間の集大成ともいうべき課題研究発表会。3年生の皆さんお疲れ様でした。そして次は1・2年生の皆さんの番だ。








No.0554 NIE             1月19日 更新
  NIE と言っても、「新しい」や「膝」という意味でもなく、ましてや1の次の数字でも笑ったときの擬態語でもない。新聞を教育に取り入れていこうという取組のことである。指定校2年目の本校は、本日新聞記者の方が3年生に授業をするためにきてくださった。しかもNIE顧問の方と一緒にだ。顧問といってもウンチとも人を呼ぶときの言葉とも関係ない。授業の様子と本校の様子を見に来てくださったのだ。帰り際には「良い生徒さん達ですね」というお褒めの言葉までいただいた。

 ☆類型の授業でテキパキとそれぞれの作業に取り組む生徒とそれを見守る犬たち。校長が持っているのは色の悪いハクサイではなく、もとから黄色い色のハクサイということだ。後半は新聞を使った新聞記者さんの授業。生徒達が授業をさぼって新聞を見ているのではなく、新聞を使った授業なので、熱心に新聞を見ているほど熱心に授業を受けていることになる。このように一瞬見たり聞いたりしただけでは、事の本質が分からないことがある。人の本質も簡単には分からない。誰にも2面性があったり、成長によって変わったりするから、自分自身でさへよく分からないこともある。人を評価するには慎重にしたい。慎重といっても背の高さの事ではない。もういいか。
    

    

    

   



No.0553 Have fun             1月17日 更新
  この英語は専門的に正確な意味はよく分からないが、校長としては「楽しく行こう」というような意味で使っており、校長の生き方の中心をなす考え方である。かつて冒険教育に携わっていた頃、この言葉を知り、それ以来座右の銘としている。最も座右の銘は7500ほどあり、毎日何個か増えている。例えば今日加わったのは「血液検査結果が何だ」「胃カメラよりもビール」「実習棟の鍵はマスターでは開かない」「友あり、ハワイより来たる」「休日に学校に来てテレビ見る」「忘れるが勝ち」「論よりだいたい」等だ。ほとんど校長以外には意味が分からないだろう。自分でも意味が分からないほどだ。座右の銘かどうかも定かではない。ともかく、この前、冒険教育関係者の方と会食をして、久しぶりに熱い気持ちが湧いてきた。「退職して冒険の世界へ戻ろうか」と妻に相談すると、「自分のことしか考えていない」「どうせすぐ飽きるくせに」とたしなめられた。

 ☆ハブファン的な行動をとる陽気な生徒達と意見を出し合うワークショップ的な授業。来週の火曜日にある課題研究発表会(どなたでも見学自由です)の発表順を引く生徒。生徒が心を込めて作ってくれたコサージュを手にwarm heart な校長と心の純な生徒。everybody have fun
   

   




No.0552 命が一番             1月16日 更新
  今朝は阪神淡路大震災の追悼集会を行った。犠牲者のご冥福をお祈りして黙祷を行った後、校長が命を大切にしようという話しをし、その後神戸市で震災を体験したO先生が自身の体験談を話しながら、自他の命を大切にしようという話しをされた。自身の体験に基づく具体的な話しで、とても感銘を受けた。自然災害に備えることは勿論大切だが、備えたからといって人生の危険が0になることはない。自然災害以外にも病気や交通事故をはじめ命の危険は常にある。今、自分が生きているのは、大きな力に生かされているのであり、生かされている事への感謝の気持ちと生かされている命(人生・毎日)を充実したものにする責務があるということを忘れてはならない。と言っても別に難しいことではなく、日々・瞬間瞬間を感謝と笑顔で「嬉しい」「楽しい」「幸せです」を口癖に上機嫌で、出来るときには他人の役に立つことをしながら暮らせば良いだけのことである。決して愚痴・不平・悪口、しかめっつらで暮らしてはならない。それにしても校長自身の人生を振り返っても、よく今生きていると思う。肝炎でGOT・GPTが3000だか4000だかまで上がったり、単車で対向車と正面衝突をしたり、酔っぱらって団地近くの雨の路上で寝ているところを階下のご主人に起こされたり(冬期だったのであのまま寝ていれば危ないところだった)した経験がある。生きていればこそである。みなさんもいろいろとつらいこと意に沿わないこともあるでしょうが、生きていればきっと良いことも巡ってきます。自他の命を大切に生きましょう。

 ☆阪神淡路大震災の追悼集会の様子。本日の生徒達はいたってまじめでした。命と命の輝きを大切にしよう。
    

    




No.0551 巣立ち間近             1月15日 更新
  3年生の卒業が近づいてきた。卒業式は2月28日(土)だが、来週からもう卒業考査が始まる。今日の三年生は「課題研究」のまとめをしたり、卒業記念写真のポーズを考えたりしていた。中には卒業時に校長に言う感謝の言葉について思いを巡らせている者もいるかもしれない。思い起こせば彼ら彼女らとも3年間いろんな思い出がある。泣いたり笑ったり、大きな声を出したり謝ったり。一緒に遊んだりボランティアにいったり、実習を見に行ったり、家に迎えに行ったり、自転車で追いかけたり、卓球をしたり。それにしてもみんな良く成長してくれた。これからみんなが巣立っていく社会は厳しいところもあるが、大丈夫だ。校長のようなお気楽な人間でも何とかやっている。自信を持ってそれぞれの道を歩んで行こう。後に続く1・2年生には、いろんな悩みはあると思うが、何とか我慢して、自分を成長させていって欲しい。不平や不満、愚痴や悪口は止めて、笑顔と感謝の言葉あふれる人間に自分を変えていこう。この道はいつからでも、どこにいても始められる。

 ☆課題研究のまとめや記念写真のポーズを考える3年生。生徒に面白ポーズ(変顔)の指導をする校長。そう人生はふざけたふざけたぐらいが丁度良い。
 




No.0550 厳しいご意見             1月13日 更新
  この頃厳しいご意見をいただくことが多い。「校長講話の内容が良くない」「軽薄だ」「若作りだ」「生徒や外部(保護者・地域の人・絶こうちょう愛読者等)からの人気があると思っていい気になるな」「狂言がおもしろくない」「汗をかきすぎだ」「授業に顔を出しすぎだ」「もっと授業を見に来い」「元気で颯爽としすぎだ」「生徒に甘すぎる」「一カ所で長く校長をやりすぎだ」「教育事務所に戻れ」「家庭のことは書くな」「『絶こうちょう』を止めろ」「『絶こうちょう』の更新をもっとマメにやれ」etc。中にはどちらにしても叱られるものもある。校長というのは厳しいものだが、少し批判されすぎではないだろうか。このように書くと「反省が足りない」「お前には何を言っても通じないのでもう言うのはやめる」というような声が聞こえてきそうだが、所詮人が良いのと生徒とワイワイやるのが好きなだけの底の浅い人間なので、厳しいご意見は肝に銘じていますが、なかなか直ぐには改まりそうにもありません。どうか長い目と温かな目で見てやってください。

 ☆校内課題山積する中、市内教頭先生研修会でお気楽な話しをする校長。参加者の皆様、程度の低い話しですみませんでした。
   

 ☆本日の校内の様子。例によってウロウロしていた校長は、「焼き芋」やコサージュを生徒からもらった。生徒はいつも暖かい。
    

     


No.0549 修行開始             1月8日 更新
  今日は3学期始業式だ。校長講話で、校長は「今年は、この学期は、心の修行に励もう」という話しをした。心の修行とは、直ぐに腹を立てたり、愚痴や不平・不満・泣き言を言ったり、諦めたりするのではなく、いつも笑顔で穏やかに人に接し、感謝や暖かい言葉を周囲の人にかけられるようになることだ。修行が進めば、自分自身が毎日を上機嫌で過ごせるし、将来の職場や家庭での人間関係も良くなる。一言で言えば幸せに暮らせるようになるという話しをした。手製のフロップまで用意して力説したが、生徒の心にはどれほど届いただろうか?残念なのは修行の必要性を語る校長自身が一番修行が必要だと言うことだ。次回はもっと生徒の心に響くように、講話の内容と人格の修行に励みます。

 ☆始業式の朝、雪交じりの天気の中を元気に登校する生徒。大掃除をする生徒と校長講話をする校長。習字と話し方の修行が必要だ。
    

    

  
 ☆昨日、所用あって立ち寄った県教育委員会教育長室前の受付の方に新春飾りを届ける校長。美人と見ると直ぐに一緒に写真を撮ろうとする癖を直すには相当の修行が必要と思われる。
   



No.0548 今年は何にチャレンジしますか?             1月6日 更新
  今年は喪中のため校長が受け取った賀状は少なかったが、頂いた賀状はみんな心のこもったものだった。中には「いつも先生の様子はホームページで見ています」というようなことが書いてあるものもあった(少なくともかつて三田の特別支援学校に一緒に勤めていた先生からのものが一通はあった)。一通から何の根拠もなく断定するが、この『絶こうちょう』は思いがけない結構多くの人に見られている。中には「あの頃はいろいろやりましたね」というような記述があるものもあった。このことからまた何の根拠もなく断定するのだが、いろんな思い出が人生にあることは良いことだ。みなさんも今年いろんな事に挑戦し、沢山の思い出をつくってください。それが、年寄って人生を振り返るときの宝となるから。さあ皆さん、家と学校・職場の往復に、プラスα(アルファ)の活動を加えましょう。今年は何を加えられますか?願わくばそのプラスαは後から思い出して暖かく誇れるものがいいですね。

 ☆本日の農業当番で犬の世話や片付け、ハウス野菜の収穫等に励む感心な生徒とホウレンソウの収穫の格好だけの不感心な校長。
    

    

  



No.0547 「あけおめ」「ことよろ」             1月5日 更新
  新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。平成27年が始まり今日が仕事始めです。年末年始に農業当番をはじめ、色々な理由でゆっくりできなかった人にはもうしわけないが、校長はゆっくりと家族と過ごさせていただいた。しかし、昨年からこの『絶こうちょう』で何度も言うように(何回言ったのか、本当に言ったのかは定かではないが、そのような細部に拘る態度では幸せになれないことは確実だ)、幸せかどうかは見かけでは分からない。外から見て幸せそうに見えても案外当人達はそうでなかったり(妻が見ていると怖いので断っておくが、別に校長の家庭のことを言っているのではない)、その逆の場合もある。そもそも幸せかどうかは他人と比べるものではなく、当人が感じるものである。幸せの客観的基準があるわけではなく、どのような事態・どんな環境でも、本人が幸せ・有り難いと思えばそうであり、不幸せだ・不満だと思えばそうなるのである。大切なことは日々の様々な出来事をいつも有り難い・幸せだ・面白いと思える心の持ち方を身につけることである。要は心(魂)の修行が必要だということだ。この修行が不十分だと日々の事態に一喜一憂しなければならない。このことは日々、一喜一憂して暮らす校長が言うのだから間違いない。

 ☆年末年始に英気を養い、勢い余ってまだ雪の残る道を自転車で学校に来た校長。風邪を押して補習に来た生徒と彼を心配しながらも自分の仕事(農当)に行く生徒。農業当番(農当)でトマトの苗を蒔く生徒や犬のエサや牛のエサを準備する生徒。
    

  

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