たたら・製鉄研究班 研究会

2016年6月18日 土曜日

 たたら製鉄研究班の今年度1回目の研究会が、館内の会議室で開かれ、大槻守客員研究員が、「播磨におけるたたら・製鉄研究史覚書」と題する報告を、伏谷聡研究員が、「近世千種鉄関係資料とその課題」というテーマの報告をおこない、その後、討論をおこなった。大槻報告では、たたら製鉄をめぐる研究史の課題が整理され、伏谷報告では、関連する文献資料をめぐる研究到達点と課題とが提示された。
 討論では、出雲・石見などと比べた播磨の関連史料の少なさが指摘された。
 まずは『山崎町史』において調査・把握されている、近世の鉄山の稼働状況を知った上で、さらに宍粟市内の『千草屋手控帳』と、平瀬家所蔵の古文書類、および宇野正氏収集の資料ダータの確認が重要になるという意見が出された。10名参加。



2016年11月23日 水曜日

 たたら製鉄研究班の今年度2回目の研究会が、館内の会議室で開かれ、笠井今日子共同研究員が、「中国地方における近世製鉄業の概要」と題する報告をおこない、その後、討論をおこなった。
 報告に対して参加者から、@報告素材の石見製鉄関連資料の古文書群の数量はどれだけか、A近世の石見鉄の利用形態、B鉄の消費地はどこか、C流通過程における兵庫津の関与の有無など、基礎的な事項の質問が出された。
 笠井氏は、@調査素材となった古文書数は約1万点、A日本刀のほか、船の碇もあるが、庶民の日常製品である農具、鍋、釜などにも用いられていた、B大坂には鉄仲買がいて基本的な消費地はここだと考えられ、また大坂で2次加工されていたとも考えられる、C摂津の兵庫津で石見鉄が「抜け荷」された痕跡があり、また播磨の場合、三木が大きな加工地だったと推定される、などと答えた。
 また報告と今後の研究班の調査の方向性をめぐり、(1)明治7年の「県物産表」資料によると、当時の餝磨県の鉄生産量は全国第7位となるが、このデータに信憑性をおけるのか、(2)たたら製鉄用の木炭の素材は、マツではなく、クヌギなどの雑木であったこと、(3)たたら製鉄場と近世幕藩領主権力との関連については、領主側が「株」を与えていたといっても、たたら側が上から下まで縛られていたのではなく、出るもの(冥加金)だけを抑えていた体制として見るべきこと、(5)近世播磨の製鉄は、石見・出雲のような大規模生産・流通体制ではなく、国内で「ゲリラ」的に生産され、生産物は「ブランド」を付けさせるために、一元的には宍粟郡の千種に廻されていたのではないか、(6)石見・出雲のような近世史料群に恵まれていない播磨のたたら製鉄の研究にあたっては、播磨だけでなく、但馬地域などにも注目し、さらに鉄だけでなく、銀や銅にも眼を向けるべきではないか、などの意見がだされた。参加者は12名だった。