播磨国風土記研究班の現地調査記録

(1) 期 間
 平成28年3月11日 金曜日

(2) 参加者
・風土記研究班5名。
 朝来市教育委員会と朝来市和田町与布土地区の地域住民(3名)の案内のもと、現地を巡る。

(3) 調査概要
▼『播磨国風土記』神前郡粟鹿川内条の伝承、および播磨と但馬を結ぶ「古道」の実態調査のため、朝来市教育委員会の田畑基氏らの案内のもと、以下の遺跡、交通路を現地調査した。
▼JR和田山駅に集合して、以下の遺跡、史跡等を訪問
□和田山町加都遺跡(和田山IC付近)〜和田山町加都の道路遺構(仮称但馬道)〜物部八幡神社(和田山町物部)〜釣坂遺跡(和田山町桑市)通過〜立脇廃寺(和田山町立脇)〜薬師前遺跡(昼食)〜伊由神社前(和田山伊由市場)〜「由坂道」(伊由峠)〜与布土通過〜越田宮之前遺跡(山東町越田)〜柿坪遺跡(山東町柿坪)〜朝来市埋蔵文化財センター(北近畿豊岡自動車道の道の駅構内)〜和田山駅にて解散。
□朝来市和田山町付近および円山川流域の古代道路遺構、それと「由坂道」(伊由峠) との密接な関連性を実感することができた。
 参加メンバーからは、「『粟鹿大神元記』に載る「由坂道」が、従来いわれる遠坂峠(但馬・丹波国境)ではなく、むしろ伊由峠である可能性が高い」、あるいは他の古代史料にもとづくと、「現在の遠坂峠と伊由峠を合わせた「坂」が、全体として「由坂道」といわれたのではないか」との意見が出された。
 また山東町一帯には、古墳時代の重要遺跡が集中的に存在することを確認できた。

(文責・坂江渉)



▲物部八幡神社からみた由坂道


▲朝来市埋文センターでの資料調査風景