『播磨国風土記』研究班の現地調査の記録(1回目)

 平成29年(2017)4月29日 土曜日、高橋明裕客員研究員と坂江渉研究コーディネーターの2名が、『播磨国風土記』宍禾郡御方里の「ミカタ」(三條)伝承の分析を深めるため、宍粟市一宮町の「生栖遺跡」「家原遺跡」「宍粟市歴史資料館」、養父市大屋町宮垣「男坂神社」(但馬国養父郡三方郷比定地附近)、豊岡市日町猪子垣(但馬国気多郡三方郷比定地)附近を訪れ、現地調査をおこなった。
中国製陶磁器等が多数発掘された生栖遺跡では、地形環境分析をおこなうことにより、当地が交通の結節点に位置することを確認できた。
養父郡の「御方郷」比定地の大屋町宮垣についても、近くに中世の三方城(日下部一族)が存在し、また北側の琴弾峠を北側に向かうと「旧山陰道」(国道9号線)に連絡する位置にあるなど、当地も交通要衝地にあたることを確認できた。
一方、気多郡三方郷も、基幹交通路が3方向に分かれる要地にあたる感をもった。

(文責・坂江渉)


▲生栖遺跡付近(宍粟市一宮町)


▲男坂神社の社叢(手前右)と三方城跡の山