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庶民の旅について

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温泉

現代の観光旅行は、神社仏閣を巡る、温泉に入る、景色を楽しむ、おみやげを買うなどの要素から成り立っている。こういった旅は江戸時代にはすでに成立していた。はじまりは「伊勢参り」に代表される信仰の旅である。移動に厳しい制限のあった庶民にとって、許されたのが信仰を目的とする旅であった。伊勢参りは周期的に爆発的なブームとなり、(文政13)年には5ヶ月足らずで427万人の参宮者があったと記録されている。

お伊勢参り

制限はいったん緩めると拡大する。信仰の旅を契機に旅行は一挙に庶民レベルに広まったのである。次第に「伊勢参り大神宮へもちょっと寄り」などと当時から揶揄されたように、道中の別の楽しみが旅の目的となる。伊勢参りは口実にされていたのである。旅は娯楽化し、人々の興味は物見遊山や温泉入浴へと移る。現在我々が行っている旅行と変わるものは何もない。観光をテーマにした出版物が刊行され人々は案内記とよばれる小型のガイドブックを懐に旅にでかけていったのである。

楽しい道中

 しかし旅の大衆化は単に娯楽だけで語ることはできない。それは同時に自ら見聞して得た知識を地元に還元する学習の旅でもあった。行き交う旅人は各地へ技術や道具を伝播させ異文化交流の担い手となった。庶民の旅を通じて人と物資と文化の交流が盛んになり、拡大した経済と自由な空気は次第に幕藩体制を崩壊させていくことになる。庶民が参加した旅は時代の変革への一里塚となったのである。