芝右衛門狸
洲本にひびく腹つづみ

淡路島(あわじしま)の洲本(すもと)の町の南に、三熊山(みくまやま)という山があります。この山には芝右衛門(しばえもん)と呼ばれる狸(たぬき)が住んでいました。よく晴れた月の夜などには、「ぽんぽこぽん。」と陽気な腹つづみの音がひびき渡り、洲本の人たちにも親しまれていました。

芝右衛門狸には、親友の狸がいました。名を阿波の禿げ狸(あわのはげだぬき)といい、よく芝右衛門狸と化けくらべをして遊んでいました。ある日、いつものように化けくらべをすることになり、芝右衛門狸が、街道を行く大名行列(だいみょうぎょうれつ)に化けることにしました。
「下ぁーにぃー。下ぁーに。」
阿波の禿げ狸が木の上で見物していると、たくさんのお供衆を連れた立派な行列がやってきました。阿波の禿げ狸は感心して、木の上から、「いやー、立派なもんやなぁ。本物そっくりや。」と手をたたいて大声でほめてあげました。

しかし、そのとき。
「無礼者!」
と、行列の先頭の侍(さむらい)が刀を抜き、阿波の禿げ狸を木からひきずりおろし、一刀のもとに切りすててしまいました。阿波の禿げ狸が見たのは本物の大名行列だったのです。芝右衛門狸は、自分が変なものに化けると言ったせいで親友を失ってしまったと、深く悲しみました。

それからしばらくして、芝右衛門狸はふと思いたって、大坂(おおさか)の芝居(しばい)を見に行くことにしました。芝右衛門狸は芝居見物が大好きでした。
「やっぱり芝居は大坂が本場や。一度じっくりと本場の芝居を楽しんでみたいな。」
芝右衛門狸はお侍の姿に化けると、船に乗って一路大坂へと向かいました。大坂の芝居小屋はさすがににぎやか、役者の芝居もすばらしいものでした。すっかりとりこになってしまった芝右衛門狸は、洲本へ帰ることも忘れて、毎日毎日、芝居小屋に通いました。

でも、窓口ではらう銭は、木の葉を化かしたものです。芝居小屋の人たちは、このところ毎日銭の中に木の葉がまざっているので、「これは狐(きつね)か狸のしわざに違いない。」と腹を立て、銭を受け取る窓口の下に犬をひそませることにしました。

次の日、芝右衛門狸はいつものように心を浮き立たせながら小屋にやってきました。ところが、窓口で銭を払おうとしたとき、下から犬がものすごい勢いでほえかかってきたのです。化け上手の芝右衛門狸でしたが、こうだしぬけに苦手の犬にほえられてはたまりません。ぽろり、とふさふさしたまん丸いしっぽが出てしまいました。

「おのれ、おまえが悪狸やな。」
小屋の人たちは芝右衛門狸をさんざんに棒でたたきのめしました。いつもかわいがってくれている洲本の人たちならば、笑って許してくれたのでしょうが、ここは遠くはなれた大坂。そういうわけにはいきませんでした。芝右衛門狸の意識は、だんだん遠くなっていきました。

それからしばらくして、洲本の町にも、「大坂で芝居見物に来ていた狸が殺されたらしい。」とうわさが流れてきました。「このところ三熊山から腹つづみが聞こえてこないな」、と思っていた人たちは、このうわさですべてをさとりました。洲本の人々は心から悲しんで、三熊山に祠(ほこら)を建て、ねんごろにとむらってあげたということです。

(『郷土の民話』淡路編、『兵庫の伝説』第一集をもとに作成)