用語解説一覧

ひょうご伝説紀行に関連する用語解説一覧です。
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あ行

薬師如来(やくしにょらい)

 東方浄瑠璃世界(とうほうじょうるりせかい)の仏。修行者の時に12の願を立てて成仏したとされ、衆生(しゅじょう)の病気を治し、安楽を得させる仏とされている。仏教の伝来以後、治病の仏として広く信仰された。薬壺(つぼ)を持つ像が多い。

柳田国男(やなぎたくにお)

 民俗学者(1875〜1962)。兵庫県神崎郡福崎町(当時は田原村)に生まれる。東京大学卒業後農商務省に入り、後には貴族院書記官長となったが1919年に退官。朝日新聞社に入る。同社の論説委員などを経て1932年に退社。以後は民俗学の研究に没頭する。1935年に民間伝承の会(後の日本民俗学会)、1947年に民俗学研究所を創設し、日本民俗学の発展に努めた。100余の編著を残している。福崎町辻川に記念館があり、生家が保存されている。

養父神社(やぶじんじゃ)

 養父市養父市場に所在する式内社(しきないしゃ)で、但馬五社の一つ。倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、大巳貴命(おおなむぢのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)などを祭神とする。

邪馬台国・卑弥呼(やまたいこく・ひみこ)

 邪馬台国は、『魏志(ぎし)』の東夷伝倭人の条(一般には魏志倭人伝と呼ばれる)に記載された倭の国の一つで、卑弥呼はその女王。『魏志』によれば、小国が分立して争乱状態にあった倭は、卑弥呼を女王に立てることで安定したという。卑弥呼は数回にわたって魏に遣使し、「親魏倭王(しんぎわのおう)」の称号と金印を与えられた。卑弥呼は3世紀中ごろに没したとされるが、これは古墳時代の初頭にあたる。邪馬台国の所在地は古くから論争の的となっており、九州説と大和説が対立していたが、近年、初期の大型古墳が大和地域で発生したことが明らかになり、大和説をとる研究者が多くなっている。

永沢寺(ようたくじ)

 三田市に所在する、曹洞宗の寺院。青原山(せいげんざん)と号する。応安年間(14世紀後半)に、細川頼之(ほそかわよりゆき)が後円融天皇(ごえんゆうてんのう)の命により七堂伽藍を建立した。開祖は、通幻(つうげん)。以後細川氏の庇護を受けた。

 釈迦如来、大日如来、阿弥陀如来の釈迦三尊を本尊とする。建物は、安永7(1778)年に再建された本堂、開祖堂、庫裡、接賓、書院などがある。

横穴式石室(よこあなしきせきしつ)

 古墳に設けられる埋葬施設のひとつ。竪穴式石室と対比される。石材を積んで構築された石室の一方に、外部と結ばれた通路を設けたもので、通常は棺を納める玄室(げんしつ)と、通路にあたる羨道(せんどう)から構成される。