用語解説一覧

ひょうご伝説紀行に関連する用語解説一覧です。
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大宮寺(だいぐうじ)

 南あわじ市広田広田に所在する真言宗の寺院。広林山(こうりんざん)と号する。本尊は阿弥陀如来。開基は不詳であるが、安土桃山時代に中興された。かつては末寺や奥の院も有していたとされ、奥の院跡からは、平安時代末期の瓦が出土している。

大仏様(だいぶつよう)

 天竺様(てんじくよう)ともいう。鎌倉時代に、東大寺大仏殿再建に採用された、中国(宋)の建築様式。構造上、大型木造建築に適する様式である。

高御位山(たかみくらやま)

 高砂市と加古川市の境界にある山。標高は304m。低山ではあるが、山頂から山腹にかけて岩盤が露頭する急斜面が続く。頂上からの展望がよく登山者も多い。また、高砂市北西部の鹿島神社からは、百間岩、鷹の巣山、鹿島山、高御位山と続く縦走路がある。

大宰府(だざいふ)

 中世以降太宰府とも表記するが、歴史用語としては「大」の字を用いる。

 7世紀後半に、九州の筑前国(ちくぜんのくに)に設置された地方行政機関。外交と防衛を主任務とすると共に、西海道9国(筑前、筑後、豊前、豊後、肥前、肥後、日向、薩摩、大隅)と三島(壱岐、対馬、種子島)の行政・司法を所管した。与えられた権限の大きさから、「遠の朝廷(とおのみかど)」とも呼ばれる。

但馬道(たじまみち)

 播磨国と但馬国を結び中国山地を貫く南北の街道。姫路を起点にして粟賀、生野、竹田、和田山、八鹿、納屋、豊岡を経て城崎まで、延長約95kmを測る。温泉として有名であった湯嶋(城崎)へ向かう道として利用されたほか、近世以降は、生野銀山と姫路を結ぶ産業道路としての性格も帯びるようになった。瀬戸内側では市川、日本海側へは円山川と並行して整備されていたので舟運とも競合していたようである。納屋(豊岡市日高町)から北へ城崎までの4里(約16km)の間は道路事情が悪いため、舟に乗るのがよしとされていた。

達身寺(たっしんじ)

 丹波市氷上町清住(きよずみ)に所在する曹洞宗の寺院。十九山(じゅうくさん)と号する。開基は行基(ぎょうき)、あるいは法道仙人(ほうどうせんにん)とも伝え、元は天台または真言系の宗派であったと推測されている。平安時代から鎌倉時代には、丹波一円に勢力を張ったとされているが、天正年間(1573〜92)に兵火にあい、タルミ堂を残して全山を焼失した。その後は荒廃したが、江戸時代の元禄年間(1688〜1704)に当地に疫病が流行した際、占いによって、村人が渓谷に流出していた仏像を集めて、現在の位置に本堂が建立された。平安時代の弘仁・貞観期(9世紀)から鎌倉時代初期にかけての優れた仏像が多数残されており、「丹波の正倉院」と呼ばれる。また、鎌倉時代の仏師快慶(かいけい)も、達身寺と深いかかわりがあったとする説がある。

たつの市(たつのし)

 兵庫県の播磨地域西部に位置する市。市域は、南北に流れる揖保川(いぼがわ)に沿って広がり、南は瀬戸内海に面する。平成19年11月現在の人口は、約82,000人。風土が生み出した手延素麺(てのべそうめん)や醤油醸造、皮革産業、かばん産業といった伝統的な地場産業で知られる。市街の中心には、龍野城がある。

但州湯島道中独案内
(たんしゅうゆしまどうちゅうひとりあんない)

 江戸時代に出版された、城崎温泉への旅行ガイドブック。宝暦13(1763)年版と文化3 (1806)年版があり、国内各地に現存。温泉の効能と入浴方法、環境、歴史、名所案内、みやげ物、交通路と交通費などが記されている。旅行に携行しやすいよう、ごく小型の書物(約7cm×16cm)となっている。

丹波(たんば)

 丹波国と同じ。現在の京都府と兵庫県にまたがる地域。国府、国分寺は、ともに現在の京都府亀岡市(かめおかし)に所在する。兵庫県の丹波地域は、現在、篠山市・丹波市の2市。

丹波志(たんばし)

 江戸時代(18世紀末)に編纂された、丹波地域3郡(天田郡(あまたぐん:現京都府福知山市)・氷上郡(ひかみぐん:現兵庫県丹波市)・多紀郡(たきぐん:現兵庫県篠山市))の地誌。全21巻25冊。編集は篠山藩の永戸貞著(ながとていちょ)と、福知山藩の古川茂正(ふるかわしげまさ)。まとまった史料に乏しい丹波では、地域研究に欠かすことのできない資料である。

千種川(ちくさがわ)

 兵庫県の播磨地域西部を流れ瀬戸内海に注ぐ河川。鳥取県境にある三室山南麓に源流をもち、延長は67.6km、流域面積は752平方キロメートル。河口には赤穂三角州が発達する。上・中流域に大規模な都市がないため、良好な水質が維持されており、兵庫県を代表する清流とされている。

チトセカズラ(ちとせかずら)

 マチン科ホウライカズラ属のつる性木本。学名はGardneria multiflora。日本、中国に分布するが、国内での分布は中国地方と琉球列島に限られ、兵庫県は分布の東限にあたる。

茶すり山古墳(ちゃすりやまこふん)

 朝来市和田山町筒江に所在する古墳。5世紀前半に築造された円墳で、直径は90mを測り、円墳としては全国で第4位の規模である。北近畿豊岡自動車道の建設に伴って発掘調査がおこなわれ、頂上部に埋葬された2基の木棺から、畿内以外では初めてとなる「三角板革綴襟付短甲(さんかくばんかわとじえりつきたんこう)」をはじめ、多数の鉄製品、銅鏡、玉類などの副葬品が出土した。5世紀前半の但馬地域の王墓と考えられている。なお古墳は、道路の設計を変更して保存され、2007年現在整備工事中である。

仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)

 記紀によれば第14代の天皇で、没年は西暦200年。陵墓は、大阪府藤井寺市の岡ミサンザイ古墳(前方後円墳、全長242m)に比定されている。記紀ではヤマトタケルノミコトの子とされているが、記載された没年と年齢から計算すると、父の死後36年を経て誕生したことになる点、名の「タラシナカツヒコ」に用いられる「タラシ」が、7世紀代に実在した天皇の名にも用いられている点などから、架空の天皇とする説もある。

重源(ちょうげん)

 鎌倉時代初期の、浄土宗の僧。醍醐寺(だいごじ)で真言を学んだ後、法然について浄土宗を学んだ。3度にわたって宋へ入り学んだほか、土木建築の技術を習得した。戦乱で荒廃した東大寺再建のために、造東大寺大勧進職(ぞうとうだいじだいかんじんしき)に任ぜられ、諸国をまわって勧進(かんじん:寄付を募ること)に努めるとともに、民衆の教化・救済などの社会事業を推進した。

勅使門(ちょくしもん)

 勅使(天皇の使者)が寺社に参向した時、その出入りに使われる門。

通幻(つうげん)

 室町時代、曹洞宗の僧(1322〜91)。豊後国(大分県)に生まれ、長じて能登国(石川県)総持寺に入った。細川頼之(ほそかわよりゆき)により建立された、永沢寺の開山として迎えられ、丹波地域に教えを広めた。後、総持寺住職。

 通幻の禅は極めて峻烈で、試問に答えられない者を、境内に掘った穴へ投げ込んだと伝えられる。門下には、「通幻十哲」と称される優れた禅僧があって、通幻の教えを広めた。

天台宗(てんだいしゅう)

 隋(ずい)の天台智者大師により開かれた仏教の宗派。法華経を根本経典とする。平安時代前期に最澄(さいちょう)が入唐してこれを学び、帰国後、比叡山延暦寺を開いて教えを広めた。後にはしだいに密教化した。鎌倉時代には、天台宗より多くの新宗派が出た。

天満大神(てんまんおおかみ)

 菅原道真を神としたもの。天満宮の祭神。

天明の縄騒動(てんめいのなわそうどう)

 天明2(1782)年に起こった淡路島最大の農民蜂起。当時淡路を領していた徳島藩が出した「増米法」と「木綿会所法」によって、農民は生活を圧迫されていた。ここへさらに、洲本の藩庁役人が出した縄を供出させて大坂で販売するための法を出したため、合計12か村の農民が、下内膳村の組頭庄屋であった広右衛門方へ押し寄せて、法の廃止を陳情した。これに対して徳島藩は縄供出の法などを廃止し、藩の責任者を処分したが、一揆(いっき)の首謀者も捕縛され、広田宮村の才蔵と山添村の清左衛門は打ち首となった。この両名の供養碑は、島内に4基が残されており、大宮寺境内には事件の記念碑がある。

東寺(とうじ)

 正式名称は金光明四天王教王護国寺(こんこうみょうしてんのうきょうおうごこくじ)。平安京の左京に設けられた寺院で、823年に空海に与えられて、真言宗の根本道場となった。

東大寺(とうだいじ)

 奈良市に所在する華厳宗(けごんしゅう)の寺院。聖武天皇の発願により745年に建立されたもので、本尊は盧舎那仏(るしゃなぶつ)。平安時代にかけて、23か国に92か所の荘園を領有して勢力を誇ったが、1180年に平重衡(たいらのしげひら)の焼き討ちにあって、堂塔の大部分を焼失した。その後、重源(ちょうげん)が中心となって復興されるも、1567年には三好氏一族と松永久秀の戦火により再び焼失。大仏殿は1692年に至ってようやく復興された。

 創建以来の建築として、三月堂、正倉院(いずれも国宝)が、鎌倉時代の建築として南大門、鐘楼(いずれも国宝)などが残るほか、奈良〜平安時代の仏像、古文書など、日本史上重要な資料が多数残され、その多くが国宝、重要文化財に指定されている。

東播系中世須恵器(とうばんけいちゅうせいすえき)

 兵庫県の東播磨地方で、平安時代末〜室町時代初期に生産された須恵器。三木市、神戸市西区、明石市などに窯跡が集中する。大型の甕(かめ)、片口鉢、碗などを生産していたが、特に生産の後半期には、片口鉢を多量に生産するようになった。東播系の須恵器は、全国各地の遺跡から出土し、東播磨地域が当時の一大窯業地帯であったことを示している。またこの地域の窯で焼かれた瓦は、主に平安京内の寺院で使用され、鳥羽離宮、東寺、尊勝寺(そんしょうじ)などから出土している。15世紀には生産を終えた。

東方浄瑠璃世界(とうほうじょうるりせかい)

 阿弥陀如来(あみだにょらい)の浄土が西方にあるのに対し、東方に存在するという薬師如来(やくしにょらい)の浄土。地は瑠璃(るり)からなり、建物・用具などがすべて七宝造りで、無数の菩薩(ぼさつ)が住んでいるという。

遠阪峠(とおざかとうげ)

 丹波市と朝来市との境界にある峠。標高363m。古代山陰道にも、遠阪峠を越える路線があった。急峻で、特に冬季には雪が多い難路であったが、現在はトンネルが開通している。

鳥羽離宮(とばりきゅう)

 白河上皇(1053〜1129)が、平安京の南に造営した離宮。