用語解説一覧

ひょうご伝説紀行に関連する用語解説一覧です。
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あ行

長谷貝塚(ながたにかいづか)

 豊岡市長谷に所在する縄文時代後期の貝塚。出土する貝はヤマトシジミが80%を占め、サルボウ、マガキ、ハマグリなども見られる。また、タイ、フグ、ニホンジカ、イノシシ、タヌキなどの骨、トチ、ノブドウなども出土している。中谷貝塚同様、豊岡盆地が汽水域の入り江であったことを示す遺跡である。

中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)

 飛鳥時代、舒明天皇(じょめいてんのう)の皇子(626〜71)。後の天智天皇(てんじてんのう)。中臣鎌足とともに蘇我氏を滅ぼし、孝徳・斉明の両天皇の皇太子として、大化改新後の政治を主導した。外交では百済を支援したが、白村江(はくすきのえ)の戦いで唐と新羅の連合軍に大敗した。668年に滋賀県の大津京で即位。

中谷貝塚(なかのたにかいづか)

 豊岡市中谷に所在する縄文時代中期〜晩期の貝塚。1913年に発見された、但馬地域を代表する貝塚の一つである。出土する貝はヤマトシジミが98%を占めており、ほかにハマグリ、アサリ、マガキなどが見られる。また、クロダイ、タイ、ニホンジカ、イノシシ、タヌキなどの骨、トチ、ドングリなども出土している。ヤマトシジミは海水と淡水が入り混じる汽水域に生息することから、縄文時代の豊岡盆地が、入り江となっていたことがわかる。

名草神社(なぐさじんじゃ)

 養父市石原に所在する式内社(しきないしゃ)。妙見山山腹の、標高800m付近に位置する。祭神は名草彦命(なぐさひこのみこと)ほか6神だが、北辰(北極星)とされる天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)を含むことから、同地の帝釈寺と一体化して、平安時代末より妙見信仰の場となっていたという。明治5(1872)年の神仏分離令により、現日光院と分離した。日光東照宮を模した本殿、厳島神社を模した拝殿は県指定文化財。また、16世紀に出雲大社より寄贈された三重塔は国の重要文化財。

七種山・七種滝(なぐさやま・なぐさのたき)

 七種山は神崎郡福崎町に所在する山で、標高は683m。峻険な頂上と中腹にある七種滝が著名。七種滝は合計48の滝からなり、兵庫県の観光百選にも選ばれる。うち最大の雄滝(七種滝)は落差72mを測り、県下屈指の規模を誇る。

にい塚(にいづか)

 雌岡山西側の中腹にある古墳。大型石材が露出していることから、横穴式石室が埋葬主体と思われる。調査がおこなわれていないため詳細は不明。

日光院(にっこういん)

 養父市八鹿町石原に所在する真言宗の寺院。妙見山(みょうけんさん)と号する。本尊は弘法大師作と伝えられる妙見大菩薩。日本三妙見に数えられる。寺伝によれば、敏達天皇(びだつてんのう:6世紀)の時、日光慶重(にっこうけいちょう)が草庵を開いたのがはじまりという。永禄・天正年間(16世紀)には最盛期を迎え、妙見信仰の一大霊場となった。現在名草神社に残る三重塔(重要文化財)は、この時期に出雲大社より日光院へ寄贈されたものである。しかしその後、羽柴秀吉による山陰攻略の兵火で堂宇の多くを焼失したという。江戸時代には復興したが、明治5(1872)年の神仏分離令により、現名草神社と分離した。妙見信仰を示す史料は「日光院文書」として県指定文化財。

仁徳天皇(にんとくてんのう)

 第16代の天皇。『日本書紀』によれば290〜399年の人物であるが、歴史上は5世紀前半の大王であったとされている。「倭の五王」として、中国の史書『宋書』、『南史』に記載された讃(さん)または珍(ちん)、『梁書(りょうしょ)』に記載された、賛(さん)または彌(み)に比定する見解がある。難波(現在の大阪市)に都を置いたとされ、陵墓は堺市の百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)にある大仙(大山)古墳とされている。

沼島(ぬしま)

 淡路島の南海上にある、東西1.8km、南北2.5kmの島。行政区画上は南あわじ市に属する。沼島の名称は、紀貫之の『土佐日記』(成立は10世紀前半)にも見えるという。