用語解説一覧

ひょうご伝説紀行に関連する用語解説一覧です。
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快慶(かいけい)

 鎌倉時代の仏師。生没年不詳。運慶の弟子とされ、流麗な作風で知られている。東大寺を再興した重源(ちょうげん)の知遇を得て、浄土寺阿弥陀三尊像、東大寺の阿弥陀如来像、同南大門金剛力士像、同僧形八幡神像などのほか、多数の阿弥陀如来像を残している。

花岳寺(かがくじ)

 赤穂市加里屋に所在する曹洞宗の寺院。台雲山(たいうんざん)と号する。歴代赤穂藩主の菩提寺。浅野長直(あさのながなお)が、藩主として常陸笠間から赤穂に移った際に建立した。浅野長矩(あさのながのり)の切腹によって浅野氏が断絶して後は、永井氏、森氏の菩提寺となった。大石良雄をはじめ、赤穂義士ゆかりの遺品を多く残す。

楽音寺(がくおんじ)

 朝来市山東町楽音寺に所在する真言宗の寺院。正覚山(しょうかくさん)と号する。本尊は薬師如来。寺伝によれば、807年の創建とされ、当時は七堂伽藍に12の僧坊を連ねた大寺院であったという。所蔵の経瓦は県指定文化財。また600平方メートルの境内は、ウツギノヒメハナバチの群生地として、県の天然記念物に指定されている。

加古川(かこがわ)

 兵庫県の南部を流れる一級河川。延長96km、流域面積1,730平方キロメートルを測る県下最大・最長の河川である。但馬・丹波・播磨の三国が接する丹波市青垣町の粟鹿山(あわがさん、標高962m)付近が源流で、途中小野市、加古川市などを流れ、加古川市と高砂市の境で播磨灘に注ぐ。

 加古川の水運は、古代から物流を担う経路であったと考えられ、特に日本海に注ぐ由良川水系へは峠を越えずに到達できることから、「加古川−由良川の道」とも呼ばれて、日本海側と瀬戸内側を結ぶ重要なルートとされている。

カタクリ(かたくり)

 ユリ科カタクリ属に属する多年草。学名はErythronium japonicum。雑木林の林床に群生し、早春に地上部を展開させて薄紫色の花をつける。夏季には地上部は枯れる。鱗茎(りんけい:球根)から片栗粉がとれる。カタコユリは古名。『万葉集』では堅香子(かたかご)とも呼ばれる。

鐘ヶ坂(かねがさか)

 旧多紀郡と氷上郡の郡境をなす峠。両地域を結ぶ街道が通る交通の要衝。『但州湯島道中独案内(たんしゅうゆしまどうちゅうひとりあんない)』では、「鐘が坂追入の村はずれよりとげ登り十丁余難所の峠」 とされる。特に丹波市側からが急峻な難路であった。明治16(1883)年に鐘ヶ坂隧道(ずいどう)、 昭和42(1967)年には鐘ヶ坂トンネル、さらに 平成18(2006)年には、 新トンネルが開通した。

金鑵城(かなつるべじょう)

 小野市昭和町に所在する中世の城跡。青野ヶ原台地の先端に位置する山城で、平成4年から6年にわたる調査で、全容が明らかにされた。城の構造としては、主郭と西の郭からなり、その間に幅約20m、深さ約9mの堀切が設けられている。主郭は土塁に囲まれ、その内側に4棟の建物跡が検出された。城主は、赤松氏の家臣中村氏とされ、後には別所氏が保有した。発掘調査では、壺(つぼ)、擂鉢(すりばち)、茶碗などの陶磁器、石臼、土錘などの漁労具、刀、小刀の鞘などの武具類、瓦、釘、硯、水滴、銅銭などが出土した。

 このほかに山城の範囲内で、弥生時代の竪穴式住居が6棟検出され、加古川を見下ろす高地性集落が存在したことが確認されている。

上賀茂神社(かみがもじんじゃ)

 京都市北区上賀茂に所在する式内社(しきないしゃ)。正式名称は賀茂別雷神社(かもわけいかずちじんじゃ)。山城国一宮。賀茂御祖神社(下鴨神社)とともに、古代賀茂氏の氏神(賀茂別雷大神)を祭る。葵祭(あおいまつり)は京都三大祭の一つとして有名。桓武天皇(かんむてんのう)が平安京に遷都して以来、都を守る神として祭られてきた。神社としては伊勢神宮に次ぐ地位にある。

上立神岩(かみたてがみいわ)

 沼島東岸にある、高さ15mの巨岩(*)。先端が鋭く尖っており、国産み神話に登場する「天の御柱」にあてる伝説がある。(*上立神岩の高さについては、兵庫県大百科事典上に従った)

伽藍・伽藍配置(がらん・がらんはいち)

 伽藍とは寺院の建物のこと。伽藍配置とは、寺院における堂塔の配置で、時代や宗派により、一定の様式がある。

苅野神社(かりのじんじゃ)

 丹波市柏原町上小倉(かいばらちょうかみおぐら)に所在する式内社(しきないしゃ)。祭神は葛原親王(かづらはらしんのう)。元は鐘ヶ坂の麓にあり、現在、旧鎮座地には古宮(ふるみや)と呼ばれる祠(ほこら)が祭られている。

神出神社(かんでじんじゃ)

 神戸市西区神出町の雌岡山山頂に所在する神社。スサノオノミコトと妻のクシナダヒメ、およびオオナムチノミコトを祭神とする。後に、前2神の孫にあたるオオクニヌシノミコトから八百余の神々が生まれたことが、「神出」の由来とされる。雌岡山は牛頭天王を祭っているため、「天王山」(てんのはん)とも呼ばれる。山頂からは、六甲山・淡路島方面から小豆島までを望むことができる。

木地師(きじし)

 木地屋ともいう。ろくろを用いて、椀、盆など、日用の器物を作る工人あるいはその集団。原料を求めるため、山中で漂泊生活を送っていたとされる。このため定住民からは軽べつされがちであったというが、庶民工芸史上、木地師が果たした役割は大きい。

絹巻神社(きぬまきじんじゃ)

 豊岡市気比(けひ)の、円山川河口右岸に所在する神社で、但馬五社の一つ。天火明命(あまのほあかりのみこと)、天衣織女命(あまのえおりめのみこと)、海部直命(あまのあたえのみこと)を祭神とする。背後の山地に広がる、シイ、クスノキ、サカキ、ダブ、ヤマザクラ、ツバキなどの暖地性樹林は、県の天然記念物に指定されている。

ギフチョウ(ぎふちょう)

 アゲハチョウ科に属するチョウ。年に一度、4月に現れ、その美しさから「春の女神」と称えられる。播磨地域では、幼虫はミヤコアオイ・ヒメカンアオイなどを食べて育つ。食草の関係から、播磨地域では、里山の雑木林が主な生息地となっていたが、開発による生息地の破壊と、雑木林の放置による荒廃で減少しつつある。環境省絶滅危惧(きぐ)II類、『改訂・兵庫の貴重な自然 兵庫県版レッドデータブック2003』Bランク。

行基(ぎょうき)

 奈良時代の僧(668〜749)。河内国(かわちのくに)出身。父は百済系の渡来人であった。はじめ官大寺で修行したが、後に民間布教をおこなったため律令政府の弾圧を受ける。ため池や水路などのかんがい施設を整備しながら説教をおこない、広く民衆の支持を集めた。東大寺の大仏造営にも協力し、745年には大僧正となった。墓は奈良県生駒市の竹林寺にあり、1235年に金銅製の骨蔵器が発掘されたが、現在はその断片が残されるのみである。

切戸(きれど)

 京都府宮津市天橋立文殊に所在する小字(こあざ)。同地には「切戸の文殊」として知られる天橋山智恩寺(てんきょうざんちおんじ)がある。智恩寺は、奈良県桜井市の安倍文殊院、山形県高畠町の亀岡文殊堂とともに、日本三文殊のひとつとされる。

欣勝寺(きんしょうじ)

 三田市桑原に所在する、曹洞宗(そうとうしゅう)の寺院。太宋山(たいそうざん)と号する。平安時代中期にあたる天禄年間(970〜73)に、清和天皇(せいわてんのう)から分かれた源満仲(みなもとのみつなか)が開いたとされる。元は真言宗であったが、鎌倉時代、曹洞宗の開祖道元が桑原を訪れた際、この寺の山が宋の不老山に似ることから太宋山欣勝寺と命名し、以後、曹洞宗に改宗されたと伝える。

銀の馬車道(ぎんのばしゃみち)

 旧生野鉱山寮馬車道の愛称。明治9年に朝来市生野町と姫路の飾磨港との間、市川沿いの約49kmを結んだ馬車専用の道路である。産出した銀を港に運ぶ一方、港から鉱山には精錬に必要な機械や石炭が運ばれた。欧米の最新工法を取り入れた馬車道は、幅約6m、日本初の高速産業道路とも言われる。

櫛岩窓神社(くしいわまどじんじゃ)

 篠山市福井に所在する神社。延喜式(えんぎしき)で、名神大社に列せられる古社である。社殿背後の山には、磐座(いわくら:神が宿る巨岩)を祭り、古代信仰を伝えている。祭神は、櫛岩窓命(くしいわまどのみこと)、豊岩窓命(とよいわまどのみこと)、大宮比売命(おおみやひめのみこと)で、3神の木像は重要文化財に指定されている。

櫛岩窓命・豊岩窓命・大宮比売命
(くしいわまどのみこと・とよいわまどのみこと・おおみやひめのみこと)

 『古事記』によれば、アマテラスオオミカミが天の岩戸(あまのいわと)から出て御殿に入った際、その門を守った神が、櫛岩窓命と豊岩窓命であり、仕えた女官神が大宮比売命であったとされる。このため朝廷でも、この3神への信仰が深かったという。

来日岳(くるひだけ)

 豊岡市城崎町の円山川左岸にある山。標高は566.7m。山麓には式内社(しきないしゃ)の久流比神社(くるひじんじゃ)が祭られている。夏季の早朝には、山頂から雄大な雲海を見ることができる。

黒鉄山(くろがねやま)

 赤穂市西部にある山。標高は430.9m。頂上からは、瀬戸内海方面の眺望が開ける。

くわばらくわばら(くわばらくわばら)

 落雷や災難、いやな事などを避けるために唱える言葉。桑畑には落雷しないという言い伝えによるものとされ、あるいは、菅原道真の領地であった和泉国桑原には、一度も落雷がなかったことによるともいわれる(ただし、和泉国の桑原に菅原道真の所領があったことを示す、正確な史料は存在しない)。三田市桑原と同様の伝説が、和泉国(現在の和泉市桑原町所在の西福寺)にもあるという。

ゲンジボタル(げんじぼたる)

 甲虫目ホタル科に属する昆虫。成虫の体長は15mm前後で、腹部末端に発光器官をもつ。また、卵・幼虫も発光する。本州・四国・九州の、水質が良い河川に生息し、成虫は6月頃にあらわれる。水質の悪化や、河川の護岸がコンクリート化されたことによって激減していたが、現在は、各地で復活の試みがおこなわれている。

荒神(こうじん)

 「猛々しい神」の意味をもつ言葉であるが、同時に霊験ある神をも指す。また、三宝荒神(さんぼうこうじん:仏教の三宝(仏・法・僧)を守護する神)を指す。三宝荒神は不浄を忌み、火を好むとされることから、近世以降はかまどの神として祭られた。

広渡廃寺(こうどはいじ)

 小野市広渡町に所在する古代寺院跡。昭和48〜50(1973〜75)年と、平成5〜7(1993〜95)年に発掘調査が実施され、伽藍配置と規模が明らかになった。伽藍配置は、金堂と中門の間に東西両塔を配し、金堂の背後に講堂をおき、これらを回廊で取り囲むという薬師寺式を踏襲しており、寺域は、東西約100m、南北約150mにわたる。

 出土遺物等から、創建年代は奈良時代中ごろ、廃絶年代は平安時代後期と考えられている。なお、小野市の浄土寺に伝わる『浄土寺縁起』では、荒廃したままとなっていた広渡寺の本尊を、浄土寺薬師堂の本尊として移して安置したと記されている。

古事記(こじき)

 奈良時代に成立した歴史書。全3巻からなる。天武天皇(てんむてんのう)の命により、稗田阿礼(ひえだのあれ)が記憶していた歴史を、太安万侶(おおのやすまろ)が採録したという。天皇家の系譜を明らかにするという、政治的目的をもって編集されたもので、歴史書としては、日本に現存する最古のものである。

コヤスノキ(こやすのき)

 トベラ科トベラ属の常緑低木。学名はPittosporum illicioides。中国中部、台湾にも分布する。明治32年に、揖保郡(いぼぐん)新宮町において大上宇市(おおうえういち)が発見し、牧野富太郎(まきのとみたろう)が新種として発表した。

五輪塔(ごりんとう)

 墓、または故人を供養するために建てられた塔の一種。多くは石製。下から順に、基礎、塔身、笠、請花(うけばな)、宝珠の5段に積み、それぞれが、地、水、火、風、空をあらわす。密教に由来し、平安時代中ごろから造られるようになった。一石五輪塔は、これを一個の石材に刻んだもの。

金剛城寺(こんごうじょうじ)

 神崎郡福崎町に所在する真言宗の寺院。七種山(なぐささん)と号する。元の名称は作門寺。7世紀前半、高麗の僧恵灌(えかん)の創建と伝えられ、また法道仙人を導師としたという。8世紀に焼失後再建され、勅命により金剛城寺と称して行基を迎えたという。後に廃寺となったが、17世紀に復興されて作門寺と称した。本来は七種山山中にあったが、明治初年に現在地へ移った。縁起によれば、滋岡(滋丘とも書く)川人(しげおかのかわひと)が、当地の干ばつに際して、人々に鉢から七種の種を分け与えて救ったが、その種は尽きることがなかったといい(「七種の川人」伝説)、これが山号の由来となっている。