追手の神と鐘ヶ坂
鐘の行方と、鶏とシイの実

 ずーっと昔のことです。
 
 丹波(たんば)の大山(おおやま)あたりを、鐘(かね)をかかえて走ってゆく神様と、それを追いかけて走ってゆく神様がありました。先に走っている神様は、鐘をぬすんでにげてゆくところで、後の神様は、鐘を取り返そうと追いかけているところでした。

 二人の神様はすごい勢いで走っていましたが、そのうちにすっかり日が暮れて、あたりは真っ暗になってしまいました。もう足元も見えないほど真っ暗で、走ることもできません。
 追いかけていた神様は、仕方なく、村はずれにすわりこんでしまいました。ところがあまりに走りすぎてつかれていたのか、そのままうとうととねむりこんでしまったのです。
 鐘をぬすんだ神様の方は、山をこえて走っていましたが、坂道を下りかけたとちゅうでやっぱり日が暮れてしまい、仕方なくそこでひと休みすることにしました。

 鐘をそばに置いて、神様はごろんと横になり、そのままぐうぐうとねむりこんでしまいました。やがて東の山に大きな月が上って、あたりが明るくなると、鐘をぬすんだ神様は目を覚ましました。
 「やあ、大きな月がでたなあ」
 そう言って見上げたとたん、運悪く、そばにあったシイの木からひとつぶの実が落ちてきて、神様の目にあたったのです。痛くて痛くて、とても目を開けていられません。神様はせっかくぬすんだ鐘を置いたまま、坂を下ってにげてゆきました。そんなわけで、今もこの坂を「鐘ヶ坂」と呼んでいます。

 一方、追いかけていた神様は、にわとりの声におどろいて目を覚ましました。あたりを見回してみると、もうすっかり夜が明けて、太陽がさんさんと照っています。
 「しまった。これではもう遠くまでにげられてしまっただろう」
 追っ手の神様は、鐘を取り返すのをあきらめて、その場所に留まることにしました。それが今の、久保谷にある追手神社(おうてじんじゃ)だということです。

 一方、鐘を置いたままにげていった神様は、氷上郡の小倉(おぐら)へ降りて、苅野神社(かりのじんじゃ)にお祭りされています。
 
 
 こんなことがあったので、追手神社の村では、にわとりを飼ってはいけないといわれ、一方の苅野神社のある村では、にわとりを食べてはいけないということになったそうです。
 そうそう、それから、神様の目に実を落っことしたシイの木には、それからずっと一つぶの実もならないということです。