とびはねた薬師様
火中の命びろい

 今から500年ほど前のことです。篠山(ささやま)は、細川氏の領地でした。
 ところが、但馬(たじま)の方から山名氏が大ぜいせめてきました。細川方は、じりじりとおわれて、とうとう村雲(むらくも)の筱見(ささみ)の谷においつめられてしまいました。
 細川方は、さいごの力をふりしぼって戦いましたが、どうすることもできず、うち死にしてしまいました。近くの徳雲寺(とくうんじ)や清大寺(せいだいじ)、三前寺(さんぜんじ)、多聞寺(たもんじ)や民家までも焼かれてしまいました。どす黒い煙(けむり)が、もうもうと空をおおってうす暗くなりました。

 人々は、わずかなにもつをもって、山の中へにげこみました。火は大芋(おくも)の豊林寺(ぶりんじ)の方までもえ広がっていきました。
 村人たちは、どうすることもできず、あれよあれよと見るまに、豊林寺の境内にあった十九のたてものが、つぎつぎともえてしまいました。本堂で大切にされてきた観音さんや、阿弥陀さんもみんな灰になってしまいました。
 ところが、お薬師さんをおまつりする常住坊(じょうじゅうぼう)の方から、
「うっ、うっ、ううっ」
と、苦しそうなうめき声が聞こえてきます。だんだん火が近づいてきたのです。

 お薬師さんは、火が近づくと、
「あちっ、あちっ、ちっちっちっ」
と大声をたてられながら、きゅうにぱっととびはねて、お堂の前の池へざぶうんと、おはいりになりました。水しぶきがとびちりました。

 お薬師さんは、何事もなかったような顔で、
「ああ、あつかった。あつかった」
と、何べんもおっしゃいました。

 いく日かたったある日、村人たちは、やけこげて灰になったお寺をながめていましたが、あとかたづけをする気にならず、立ちつくしていました。
 と、そのとき、村人の一人が大声で
「あっ、お薬師さんが、お薬師さんがごぶじでおられる」
と、さけびました。
 その声におどろいた村人たちが、池の中に見たものは、あの常住坊におまつりしてあったお薬師さんだったのです。
 「ああ、よかったよかった、ありがたいことや」
と、お薬師さんのかわらないお姿を見て、みんな心からよろこび合いました。
 そのお薬師さんは今も、何事もなかったようなお顔で、豊林寺の薬師堂におまつりされています。そして、私たちを見まもっておられるのです。

<引用元>
『丹波(篠山市・丹波市)のむかしばなし 第六集』より
「とびはねた 薬師さん」
著者:中野卓郎
編集:丹波(篠山市・丹波市)のむかしばなし編集委員会
発行:(財)兵庫丹波の森協会 2006年